ブランドアンバサダーは辛いよ【後半/全2回】
ウイスキー愛飲家が羨むブランドアンバサダーは、果たして最高の職業なのか? 彼らの奇怪な体験談をほんの少しだけ、ご紹介する。
→ブランドアンバサダーは辛いよ【前半/全2回】
前半でご紹介したように、アンバサダー達は時折、予測も対応も不可能な出来事に見舞われる事がある。もちろん人生には遥かに悲惨なことがあることは誰も否定しないし、多くのアンバサダーは自らの幸運に感謝していることだろう。しかしまた多くの者たちは飛行機の遅延や乗り遅れ、そして預けた荷物の紛失などに恐ろしい経験を重ねている。実際長時間の労働はたとえ「魅力的」なツアーであっても、結局タクシーや空港やバーでの時間や、スタイリッシュだが居心地の悪いホテルでの浅い眠りなどへと矮小化させて行く。優雅な人生を夢見ながら、酷い現実に目覚めるという次第。
「最初の数年は、ただタクシー、ホテル、レストランそして空港を巡っているだけでした」と語るのは、ハイランド パークのアンバサダーであるジェリー・トッシュだ。「誰でも、すぐに想像していたような、夢の職業ではないことに気が付くでしょう。最初のころ、パリに行ったときに、上司と一緒に列車を降りたら、ちょうどフランス労働者たちのデモのど真ん中だったことがあるのです。私たちが登場すると警官はそれを見とがめ、催涙ガスを撃ち始めました。非常線を迂回する為に6マイルも余分に移動しなければなりませんでしたね」
「その後の旅のひとつでは、ゴーテンブルグからストックホルムへ移動する列車が、ヘラジカを轢いてしまいその後始末のために3時間程足止めを食らったことがありました。それが、この仕事を続ける限りなにも予想することはできないと思い始めたきっかけでした。そして、それは正しいままです」
身の危険という意味での嬉しくない経験も含まれている。ジェリー・トッシュはマイアミのホテルからわずか1ブロック離れた場所で若いチンピラ集団に追いかけられたことがある。ロニー・コックスは銃を突きつけられたことが2度ある。
「国も人も大好きなところですが、コロンビアでは、ある麻薬王がウイスキーを4万ケース欲しいと言ってきたことがありますね」とロニーは思い出す。
「その男にあった瞬間から、どのようにこの場を逃れるかが大切だと思いました。男はまずウイスキーを寄越せ、そうしたら支払うからと言いました。その場を逃れるために、私は英国の上司とまず相談しなければならないと言い、そして残念ながら今は出張中なのでテレックスを送ることができないと説明しました。ここを出てなるべく早く連絡するからと、その場を去ったわけです」
スコッチウイスキーの旗を持ち歩くことは、ときに法的な混乱と衝突を招くことがある。しかもまったく馬鹿げた理由で。
台北の飛行場でジョージ・グラントは持っていたピートを見咎められた。係員はそれが大麻だと思ったのである。
「ピートとはなにか、また、なぜこれをバゲージに詰め込んでいるのかを、うまく説明しようとしてみてくださいよ」とジョージ。
「まあ、もっと注意深くあるべきでした。以前にも白い粉の入った透明な袋を見咎められたことがあったのですからね。『グリスト』(穀物の粉)という言葉をうまく翻訳するのは難しかったですよ」
しかし、こうした全ての問題や不規則なタイムゾーンの移動などに苦しんだとしても、充分に素晴らしく想像を越えた経験が苦しみを補って余りあるものにしてしまうのだ。アナベル・マイクルはサンクトペテルブルグに夜中に到着したときに出逢った魔法を思い出した。
「夜中の1時くらいに着いたのですが、あたりは暗くなくて明かりが残っていました。そんな時間にも関わらず人で混雑していて、飛行機に荷物を運び込むブリッジを皆で見つめているのです。凄かったですよ。そしてひとりの女性がネオンピンクの胴と尻尾をもった白馬にまたがって現れたのです。信じられないできごとでした」
しかし仕事は次々と変化球を投げつけてくる。優れたアンバサダーはそれらとバットで戯れる術を学ぶのである。
数年前、デイヴ・ブルームが彼のコラム中に書いていたことだが、あるドイツ人愛好家によってフィニッシュがどれくらい続くのか秒の単位まで訊ねられたことがあるそうだ。彼が正確な数字は挙げられないというと、その愛好家はウイスキーライターがそのような基本的な情報も知らないということに心底驚いたそうだ。
その数週間後に、私はホワイト&マッカイのリチャード・パターソンと一緒にトークショーを行った。ドイツ人が質問してきたとき(同一人物であったかどうかは不明である)、私はどう対処してよいかわからなかった。「ミスター・パターソン。ロング・フィニッシュとは何秒続くのですか?」と、彼は質問したのだ。
パターソンは一呼吸もおかずに答えた。「慣習的にはロング・フィニッシュは7秒ですが、8秒が良いと考える人もいますね」とパターソン。「4から7秒がミディアム・フィニッシュで、それ以下はショート・フィニッシュということになります」
ドイツ人が礼を述べると、パターソンは私の方を向いてウィンクした。ああウイスキーの世界はなんて奇妙で素晴らしいのだろう。