機は熟しつつある

December 22, 2012

100年以上もの時を経て、イングランドで最初のウイスキーが、ボトリングされる。2年9ヵ月のウイスキーをテイスティングした(2009年春号掲載)

「すばらしいことをしたか、または、とてもばかげたことをした。ゴードン・ラムゼイ(スコットランド出身のフレンチシェフ)のテレビ番組「F Word」が、クリスマス前の放送でテイスティングをしたいので、イングランドのウイスキーを提供してほしいと連絡を取ってきた。誰がテイスティングするのか、ウイスキーを使って何をしようとしているのか、さっぱり見当がつかない」

「好みに合わないからと、吐き出したってかまわない! 番組がかなり上手くいって、我々にとってすばらしいことになるかもしれないし、失敗かもしれない。我々にはまったくわからない」

セントジョージズ蒸溜所の最高経営責任者、アンドリュー・ネルストロップの言葉は、蒸溜所の雰囲気をよく表現している。

100年以上もの間、イングランドでは、合法的なウイスキーが販売されることはなかった。しかし、熟成するためにきわめて重要な3年の目標に近づき、それが2009年12月の初旬に達成されたので、明らかな感情の高まりとある程度の自信、そして多少の心配が生じていたのだ。

自分たちのウイスキーをそのような不敬なテレビ番組に提供することに対して、番組を信頼できるのかどうか、という多くの意見が寄せられた事は確かだ。
その懸念は、ウイスキー界、特に北の地方が、静観しているという事実からもわかる。

ネルストロップのジレンマに対する答えがある。ウイスキーを番組内で吐き出しては欲しくない。しかし、もし彼らがウイスキーを吐き出したとしたら、ネルストロップは、スコッチウイスキーに対するえこひいきを非難し、民衆に他の意見などに惑わされず、自分自身で判断するように勧めるべきだ。

真実を述べると、このウイスキーは、味の面ではまったく心配ない。むしろ極めて良い。最初に瓶詰めされた第一弾がたった3年しかたっていないという状況では、驚くべきことだ。

創業者のジェームズ・ネルスロトップは、このプロジェクトにアンドリューを据え、完璧を目指した。蒸溜所の建設許可を取り付けてから、ウイスキーの瓶詰めまで、4年かからなかった。ここに至るまで、超最高級の設備と使用済みの上質のオーク樽を購入してきた。最初のディスティラーに、伝説のイアン・ヘンダーソンを招き、現在の蒸溜所所長に、優れた醸造技術とウイスキーに対してすぐれた嗅覚を持つデービット・フリンを据えた。

そして気候の存在がある。イングランドの東部は、スコットランドと比べかなり温かく、急激なペースの熟成には驚かされる

セントジョージズ蒸溜所は、さらに年数を経たウイスキーの貯蔵に関して語り、ネルストロップは2054年までのスプレッドシートを作成するつもりだと言っている。しかし、おそらく年代モノのウイスキーは上手くいきそうにないだろう。

「クォーターカスクに入れたウイスキーが、2〜3ヵ月後には完成しないことがわかった。というのは、あまりにもウッドの成分が出過ぎてしまい、別の樽に入れ直さなければならないからだ」とネルストロップは語る。

「将来的には、12年、18年、25年モノを製造したいと思っている。しかし、15年モノでさえ、ウッドの成分が出過ぎていないとも限らない」

成熟したウイスキーについて特に印象的なことは、様々に異なるカスクからのウイスキーには、計り知れない多様性が潜んでいるということ。また他方では、様々な特異な蒸溜所の特徴が、相互に関連しているということ。

初回発売分として使われるうちのふたつの樽をテイスティングした。ひとつは、フィジーフルーツを混ぜ合わせたようであり、レモン、オレンジ、ラズベリー風味のシャーベットを混ぜ合わせてそれにアルコールを加えたようでもある。
もうひとつは、同じ方法で同じ週に蒸溜したもので、さらにクリーミーで、バニラとトフィーの香りが伴う。

どちらのウイスキーも、まったくピートで燻されていない大麦を使って製造されており、魅力的なペッパーのフィニッシュを感じる。これらは印象的だが、イングランドのウイスキーのほんの氷山の一角に過ぎない。初回はたった2、3百本しか発売されないので、すでに完売となっている。


セントジョージズ蒸溜所は、本格的に火入れを始める。当然のことだがイアン・ヘンダーソンが関与し、ピートで燻されたバージョンを発売。18ヵ月のサンプルは、興味深いことに軽やかさと重厚さを両方兼ね備えたピートで燻されたバージョンで、明らかにスモーキーな味がするが、ピートを特徴付ける香りはまったくしない。

その中には特別なカスクもある。いくつかのウイスキーはすばらしいマディラの樽を使用している。煮込んだブラックカラントとクリスマスデーツ、甘い洋ナシとうっとりするようなチョコレートミントの風味を伴っている。

セントジョージズ蒸溜所は、ずいぶんと従来の常識にとらわれない考え方をする。純粋に進歩的で独特なことをしようとしているのだ。

それは賢明な策であり、他とは違った倉庫システムを採用するなどもしている。また、場所に関しても、いくつか風変わりな点がある。いまだにふたつ目の倉庫を建設せず、場所を使い果たしたので、熟成したカスクをプレハブの建物の中に貯蔵している。

蒸溜所を去る前にネルストロップは、樽詰めされるのを待つジム・ビームの樽がいっぱい詰め込まれた、貯蔵室として使っているプレハブのひとつに私を連れていってくれた。彼は私を招きいれ、樽の間に私を押し込め、ドアを閉めた。

ただちに、私の鼻孔はバニラとキャラメルが混ざった最高にすばらしい香りで満たされる。なんというジム・ビームの香りだ!!

セントジョージズ蒸溜所で2、3時間過ごしてみてほしい。そうすれば、なぜ彼らが自信を持っているかがわかるだろう。

「すべては順調に進み、計画は進行している。これまで驚くほどにすばらしいウイスキーを手に入れたことは周知の通りだ」と、ネルストロップは締めくくる。

全くもってその通り。セントジョージズ蒸溜所の行く手に立ちはだかるものなど何もない、と思わざるを得ない。ゴードン・ラムゼイの番組でも不可能だろう。

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