隔たった世界―ブラドノック【後半/全2回】

December 19, 2013

スコットランド南西部に、他の蒸溜所とは離れた場所に位置するブラドノック蒸溜所。ディアジオが休眠を決めたこの蒸溜所に、手を差し伸べたのがレイモンド・アームストロングだった。

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さて、前半でお伝えした通り、アームストロングディアジオからブラドノック蒸溜所を買収しようとしたそもそもの意図は、その場所を転用することであって、ウイスキーづくりではなかった。実際ディアジオはモルトを蒸溜せず、売却に向けての準備を整えていた。しかしアームストロングはこの土地と住民達をとても愛していたため、彼の別荘地化計画に対する不安を感じ取った。そしてこの地域から活力を奪い去ってしまったことを後悔した。
近隣の住民の後押しを得て、アームストロングディアジオに対して、象徴的な意味合いの量のウイスキーを生産させて貰えるようにアピールを行った。わずか10万リットル。これをビジターに売るのだ。

この動きは、このスコットランドの貧しい地域に新しい刺激を与えた。観光産業が興り、様々な種類のアクティビティの集まる場所となったからだ。例えば結婚式や、ケイリーズ(スコットランドの歌と踊りの夕べ)などである。多くのイベントが蒸溜所で行われるように組まれたのだ。

またそれ以上に、世界中のウイスキー愛好家たちの注目を集めている。スコットランドのローランドはかつて蒸溜所が栄えた場所だったが、近年その数は片手で足りる程までに減り、ブラドノックの近隣からはなくなってしまっていたのである。小規模の操業、新しいモルトの誕生、そしてアームストロングの決定にもとづいて時折蒸溜所が開催するウイスキースクールはウイスキーファンたちの想像をかき立てた。

アームストロングは、新しい天職を情熱とともに引き受けているように見える。我々は取材で訪れたので通常のツアーとは内容が異なるものだったが、建物を見て回る間に、ウォッシュタブやスティルに関する技術的詳細を次々に説明してくれた。様々な樽からサンプルを取り出し色がどのように異なっているかを見せてくれたり、インディペンデントボトラーとしてのビジネスについて情熱と知性をもって議論もしたりした。彼は、視野の狭い貸借対照表だけに注目するような傍観的経営者ではない

しかし、おそらく最も驚くべき点はそこでつくられるウイスキーそのものである。つい最近までこの蒸溜所は、アームストロングが蒸溜所を買収した時点で手に入れた古いモルトストックに依存していた。新しい生産は2000年に始まったばかりである。このため新しいウイスキーは比較的品薄だった。しかしそれも変わりつつある。この数年では新しいモルトだけを含んだ6年熟成モノがショップに並ぶようになったのだ。

確かにアームストロングの国籍と蒸溜所の地理的な特性は目立つ点ではあるが、この新しいウイスキーは多くの人々からアイリッシュ・ウイスキーとスコッチの間をつなぐものだと言われるに相応しいものなのである。軽いピート香が伴うものと、伴わないものもある。そのスタイルは新鮮な青りんごと洋梨を混ぜ合わせたもの―おそらく読者がアイリッシュ・ウイスキーから期待する丸みを帯びたフルーティさと同じものである。

ブラドノックは優れたものとなり、ウイスキー世界の地図に真の復帰を果たした。アームストロングのおかげである。しかし彼はそこに留まる事をよしとしていない。ウイスキーに対する新しい興味は他のビジネスチャンスへと向けさせている。

例えばインディペンデント・ボトラーとしてのビジネスである。その対象には最も偉大なスコッチ・モルトの名前も含まれているそしてそれらは驚くべき低価格で売られているのである

「私にとってはとても単純な話なんですよ」とアームストロングは語る。「対象を眺めて、何にコストが掛かっているかを見極め、利益を出す為に必要なことに対して汗を流して、そして価格を決定するのです。これまで出荷したボトルの中には余りにも安すぎると言われたものもあります。しかしそうしたものからでも、私はまずまずの利益を得ているのです。私に十分な額をね」

アームストロングはウイスキー産業における一種の「謎」である。蒸溜所を救い、それを繁栄に導いているやり方は疑いなく尊敬を集めている。しかしその一方、彼は独自の考え方を持ち、スコッチ・ウイスキーからは遠く離れている人物なのである。地理的にも、心情的にも。彼には彼の計画があり、他の人たちがどう考えるかを気にしているとはとても思えない。

彼は現状に満足する人物ではない。前半の文頭に述べた土壌協会の推薦が必要な理由は、他の蒸溜所からのモルトをボトリングする契約を結ぶのだが、そのなかのひとつがオーガニック・ウイスキーとして出荷予定のものを含んでいるのだ。これを扱うためにはブラドノックがこれを扱えるようになる必要がある。

そして熟成庫。アームストロングブラドノック・ウイスキーが必要としている以上に多くの熟成庫を所有していることに気が付いた。そこで彼は他の蒸溜所に対してとても魅力的な価格の貸熟成庫として提供することにした。1樽あたり1週間で89ペンスという価格は北東部のスペイサイドの蒸溜家達にとっても十分安いのだ。たとえ樽をトラックに積んでウィグタウンに送り、ブラドノックの熟成庫に預けたとしても、それを近隣で熟成するよりも安いのである。

「1樽あたり年間およそ50ポンドの収入になり、熟成庫には6,000樽以上を保管できるので、私にとっては良いビジネスですね。しかしこれは彼等にとっても安上がりなのです。樽を送って来るのに数百ポンドかかりますが、大量の樽を長い期間保管するコストから考えれば安いものですから

アームストロングはかなりの額の資金をブラドノックに投資してきた。そしていまや美しく、よく整えられた蒸溜所になっている。良いショップがあり、暖かく開放的な雰囲気に満ちている。ビジネスに真剣に取り組んでいることは明らかで、彼自身も大いに楽しんでいるのである。

「ここに留まり、ウイスキーをつくり続けることは難しいことですが、ここはささやかながらも素晴らしい場所なのです」とアームストロング。「しかしまた言っておきたいのは、全てが全て素晴らしいというわけではないということです。設備のいくつかは不格好です。特にベルのものがね。皆がなんと言いたがっているか―最も南の蒸溜所だ、最小だ、最も高い場所にある、などなど。そしてまあここにあるいくつかのものはもっとも不格好なものですね」

そして、彼は愛おしそうに橋を、川を、そして美しい蒸溜所の建物を眺め、今言ったばかりの言葉がこの眺めの中では馬鹿げた響きであることに気が付いて、にっこりと微笑んだ。そして蒸溜所へと歩みの方向を変えた。

「さあ行きましょう」彼が誘う。「土壌野郎を片付けなくちゃならないのでね

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