輪作による有機農業に徹し、19世紀の大麦品種を復活。制約の多さを逆手に取り、チューウイスキーは香味のバリエーションを広げている。

文:ティス・クラバースティン

チューウイスキー蒸溜所の生産能力は、オーガニックのニューメイクスピリッツが年間5万リットル。すべての原料は地所内で栽培した穀物であり、製麦もここでおこなっている。使用する穀物には、もう一般的には廃れてしまった伝統品種も含まれる。

ギュルップ村のエステートでも、そしてチューウイスキーでも、農業はかなり前から効率重視の事業ではなくなっている。それよりも輪作と土壌の健全性がはるかに重視されているのだ。有機農法を謳う以上は、人工的な肥料、殺虫剤、殺菌剤、化学薬品が使えない。

徹底した有機農法で、極めて希少な伝統品種まで育てる。効率重視のウイスキーづくりに背を向け、ひたすらテロワールの表現を追求するのがチューウイスキーの信条だ。

今ではほとんど廃れてしまった伝統品種の穀物を育てることも、すでに農場のDNAとして浸透している。そのひとつが大麦のインペリアル種だ。インペリアル種は1800年代に開発された品種だが、20世紀初頭には高収率の新しい品種に取って代わられた。

共同創業者ヤコブ・ステルンホルムの岳父にあたるニコライは、生前に自分の畑でインペリアル種の栽培を復活させた。それに先立って、植物育種家たちが小規模な品種改良を加えてインペリアルを使えるようにしてくれたのだという。

ギュルップ村のエステートで定期的に栽培されている伝統品種といえば、100年以上の冬眠を経て復活したランゲランド種もある。畑を歩きながら、ヤコブは現代の品種との明確な違いを指摘する。

「現代の農家の人たちは、こんな大麦畑の風景を見たことがないでしょう。ランゲランド種は、ローリエト種よりもずっと藁や葉の量が多いんです」

言われてみれば、確かに通常よりもふさふさと生い茂った感じの麦畑だ。今はちょうど生育期に当たるが、宣伝動画などにありがちな「風にそよぐ大麦」の風景ではない。むしろびっしりと生い茂った芝生に似ている。

大麦の間には、小さなアガセンネップ(英語でフィールドマスタード)の黄色い花が見える。麦畑にとっては有害な植物とされているので、従来の農家なら「すぐに除草剤を撒かなければ」と思うかもしれない。

だが有機農家であるヤコブ・ステルンホルムは、そんな畑の風景にも心から満足しているのだという。

「黄色い花は咲いていますが、その量はほんのわずか。これは大麦の自然な遺伝子が雑草と競合している証拠です。現代の大麦品種ならもっと背が低くて畑に隙間も多いので、太陽光を浴びたアガセンネップがもっとたくさん育っているはず。畑全体が黄色になるかもしれませんよ」

ボーグ(ブナの木)を燃やして製麦することで、デンマークらしい唯一無二のスモーク香が得られる。シングルモルト「ボーグ」は、樽香と一体化した独特なフレーバーが魅力だ。

伝統品種の復活に成功したヤコブだが、ギュルップ村に現代的な大麦品種の居場所が失われたわけではない。実際には現代の大麦品種を中心に栽培しているという。

チューウイスキーにおけるもうひとつの重要な差別化要素は、製麦の方法だ。ピート(泥炭)を使う代わりに、大麦の一部のバッチはボーグ(ブナの木)を燃やして燻製される。

ヤコブによれば、ボーグの香りはデンマーク人にとって国民的な懐かしさがある。このブナ材の香りを生かしたデンマークの料理はたくさんあるが、ウイスキーに使ったのはチューウイスキーが初めてだったという。

「ウイスキーづくりに取り入れたボーグの香りは、通常のピート香とニュアンスが違います。なぜならボーグの香りは、樽熟成で得られるフレーバーとかなり一体化しているからです」

チューで製造している「ボーグウイスキー」は、あくまでブナ材によるスモークの効果を紹介するための製品なので、希少な古い大麦品種はあえて使わない。その独特の薫香が、品種の繊細な違いと混じったら混乱するからだ。

「ダークローストのモルトを製麦するときも、古い品種は使いたくありません。いわゆるカラメル麦芽を作るために、収量の少ない古い穀物を育てるのは無駄だからです。ユニークな風味は、その特徴だけを意識してもらえるようにしています」
 

初めてのコアレンジで次の時代へ

 
チューウイスキー蒸溜所への訪問は、ビジターセンターでフィナーレを迎える。ビジターセンターは、元々エステートにあった古い建物のひとつだ。

今年になって、このビジターセンターでの写真がチューのSNSアカウントに投稿された。その写真の中で、ヤコブは貯蔵庫から持ち出した何十種類もの原酒サンプルに囲まれている。

実験を続けながら、5年目でついに3種類のコアレンジを発表。ひとつひとつのウイスキーに、この土地の物語が詰まっている。

当時のヤコブは、自分で「新たな始まり」と呼ぶプロジェクトに取り組んでいるところだった。最近まで、チューウイスキーのウイスキーといえばスモールバッチかシングルカスクに限られていた。そのどれもが、ほとんど実験的な商品である。そもそも1年あたり樽換算で数本分という少量生産だったし、少量の限定品でスタートするのは身の丈にあった選択でもあった。

それでも蒸溜所は2019年から稼働してきたので、今年で5年が経つことになる。熟成中の原酒は、ついにコアレンジを発表できるくらいまで増えてきたのだとヤコブは言う。

「コアレンジができたからといって、実験をやめるつもりはありません。デンマークの伝統と私たちの農場らしいスタイルについては原則があり、その原則がようやくコアレンジに結実したということです」

この新しいコアレンジのシリーズは3種類からなる。ひとつはシンプルに「チュー」と名付けたシングルモルトウイスキーで、オーガニックのペールモルトと少量のブナ材でスモークしたモルトを使用している。まさに蒸溜所のエッセンスを体現した商品だ。

もうひとつの「ボーグ」も同じくシングルモルトウイスキーだが、デンマーク特有のブナ材のスモークを全面的に取り入れている。ウイスキーにおけるスモーク香について、まったく新しい考え方を提示した温かみのある味わいだ。

最後の「スペルトライ」は、オーガニックのスペルト小麦、ライ麦、大麦を使用し、アメリカンオークの新樽で熟成させたウイスキーである。ヨーロッパのウイスキーシーンで、今やチューウイスキー蒸溜所のアプローチは力強く異彩を放っている。ヤコブは次のように語った。

「製法と穀物がすべてです。これらのウイスキーの味わいは、私たち自身の考え方をそのまま表現しており、穀物の品種や製造工程での工夫の成果がしっかりと現れています」