ビリー・ウォーカーの終わりなき挑戦【第3回/全3回】
グレンアラヒー蒸溜所のマスターディスティラー兼マスターブレンダーを務める現在のビリー・ウォーカー。第3部では、日本のウイスキーファンが今すぐ楽しめるウイスキーに焦点を当てる。
聞き手:ステファン・ヴァン・エイケン
写真:高北謙一郎
グレンアラヒーのコアレンジには、どんな商品がありますか?
まずはカスクストレングスの「グレンアラヒー 10年」があります。定番の10年熟成は、カスクストレングスで常備しておきたいというこだわりがありました。高いアルコール度数でありながら、バランスが取れて口当たりが良く、水を加えなくても楽しめるウイスキー。そのような品質を創り出すのは、ブレンダーにとって真の挑戦です。カスクストレングスの10年熟成を用意した理由は、そのような考えが背後にあります。
「グレンアラヒー 12年」は、熟成年数として一般的なマイルストーンです。さらに15年、18年、21年などのラインナップもありますが、やはり熟成年数が大切な要素であるという私たちの考えを前提にした商品構成です。熟成年数が重要な理由は、熟成の過程で多くのことが起こっているから。ウイスキーが樽から受け取る香味だけでなく、液体自体にも変化が起こっているのです。
熟成の過程でウイスキーの度数は下がり、スピリッツの特性も変化します。原酒が樽に対して「アルコール度数が下がったから、ここに新しい風味成分が溶け込めるよ」と誘っているのです。すると樽のほうは、「水が多すぎるから、分子量の大きな香味成分は出したくないんだ。でもこんな風味はどうかな」と応答します。熟成では、このような相互作用が時間をかけて起こります。アルコール度が毎年0.4%ずつ低下するたび、樽の中で異なる味わいが生まれるのです。
コアレンジの製品群では、一貫性を保とうと心がけていますか? それとも多少の違いや風味の変化も歓迎しますか?
一貫性にはとらわれてはいません。目指しているのは完璧であること。もっと高い品質を目指して、どんどん進化していくことです。
樽材の話に戻ると、私たちはオーク新樽も使用します。これはフレッシュなアメリカ産のバレルから得られる効果を補完する要素です。ワイン樽も少量ながら使用しています。ワイン樽熟成で得られるタンニンが、かなりしっかりとしたフルボディの口当たりをもたらすからです。
私たちが試みている実験には、すべて裏付けとなる科学的な根拠があります。でもそこに制約はありません。すべてのバッチに対して、前回のバッチよりも高い品質に到達しようという意欲があります。
オーク新樽についてお話いただきましたが、「グレンアラヒー17年ミズナラ&オロロソカスクフィニッシュ」でミズナラ樽を使用した感想はいかがですか?
ミズナラ樽にはもちろん魅了されました。同様に、ミズナラに匹敵しうる他の種類のオーク材にも魅了されています。日本から直接入手したミズナラ樽もいくつかあります。またヨーロッパとスコットランドの樽職人たちにミズナラの原木を届け、乾燥工程から自分たちで管理した樽もあります。ミズナラ材は48ヶ月間乾燥させるのが良いと考えています。その理由は、乾燥プロセスで実に多くの化学的な変化が起こっているから。単に水分を飛ばす(水分の含有率を下げて、余分なタンニンなどの成分を除去する)だけでなく、そこにはバクテリアによる酵素作用もあります。乾燥の過程で、抽出したいベースフレーバー成分に変換される物質もあるのです。
ミズナラは白檀やお香のような匂いがあり、独特の旨味さえもたらす面白い樽材です。他の種類のオークからは得られない極めて興味深い風味があるのです。そのような香味成分のすべてを理解した訳ではありませんが、ずっと分析を続けています。ミズナラ樽は非常に高価であることが問題ですね。アメリカンオークの新樽なら1本200~300ポンドで購入できますが、ミズナラは3,500ポンドもするので大きな投資になります。それだけ期待も大きいということなのですが。
新しい限定ボトルは、ミズナラとオロロソシェリーのフィニッシュを組み合わせています。このコンセプトの背景を教えてください。
ミズナラ樽熟成100%のウイスキーをリリースするのは、樽の特性から考えると非常に神経質にならなければなりません。そのため、オロロソやペドロヒメネスなどのシェリー樽熟成原酒にある程度のミズナラ樽熟成原酒を混ぜ込むアプローチを採用しました。この新しい17年熟成の商品は、まずオロロソシェリー樽で追熟を始め、その後さらにミズナラ樽で約4年間熟成させました。途中の経過をチェックしながら、ちょうど飲み頃だと感じた時点でボトリングしています。これ以上の時間をかけると、ミズナラ樽の効果が強く出すぎてしまう懸念がありました。
他のオーク樹種の新樽も使用したことがありますか?
世界中の樹種を使用してきました。特にスコットランド産オーク材には関心を寄せているのですが、取り扱いが難しい。とにかく加工が難しい木材なので、樽職人たちはスコットランド産オーク材で樽を作りたがりません。木材の密度が高く、節だらけなのです。でも取り扱いが難しい反面、ウイスキーの仕上がりは見事です。実際に100%スコットランド産オーク樽を用いた商品をいくつかリリースしました。今後も取り扱いは続けていきますが、樽はとても高価ですね。
アメリカ原産の樹種にも面白いものがあり、チンカピン、オザーク、アパラチアンなどのオーク材を使用しています。チンカピンは独特の風味が素晴らしく、甘草とフェンネルの香りが際立っています。ウイスキー業界はまだチンカピン材の使用に慎重ですが、私たちは素晴らしい樽材だと考えています。チンカピン材を熟成に使用した蒸溜所は、グレンアラヒーが先駆けだと思います。
繰り返しになりますが、樽の影響がスピリッツを圧倒しないように熟成を管理することが最大の課題です。貯蔵に適切な熟成期間を越えてしまった場合は、樽を変えてさらに3年、4年、5年と熟成を続けます。
西海岸北部からは、ギャリアナと呼ばれる素晴らしい樽材も入手しています。まだ何もリリースしていませんが、見事な品質の樽を確保しました。コロンビアのオーク材や、アンデスのオーク材で組んだ樽もありますが、どちらも非常に素晴らしい品質です。
モンゴル産のオーク樽は、ミズナラに最も近い樽だと考えています。シベリア産のオークも似ているのではないかと期待しましたが、日本産やモンゴル産とは程遠いものでした。
蒸溜所を買収して以来、最も熟成年数の長い「グレンアラヒー35年」にはどんな原酒が使われていますか?
このウイスキーの原酒は、もちろん蒸溜所の買収時に引き継いだストックです。長期熟成の道のりは非常に複雑なので、受け継がれてきた原酒は常に魅力的です。しかも高品質な樽で貯蔵されていたのが幸運でした。やはりシェリー樽の個性を強く出したいと考えていたので、ペドロヒメネス樽、オロロソ樽、そしてオーク新樽で熟成された原酒を組み合わせています。ペドロヒメネス樽熟成の原酒は英国風のクリスマスケーキを思わせる香味で、プラムの砂糖煮やドライフルーツ様の味わいをもたらします。オロロソ樽熟成の原酒はエスプレッソ、ダークチョコレート、レーズン、イチジクのような風味。そしてオーク新樽はハチミツ、バタースコッチ、バニラ、シナモン、カルダモン、オレンジの皮のような風味をもたらします。
ウイスキーの熟成度を示す確かな指標は、面白いことにパイナップルのような香りです。熟成の過程で、オクタン酸エチルと呼ばれる特有のエステルが生成されるのです。このパイナップルフレーバーは、本当に熟成を極めたウイスキーである証拠。原酒の希少な価値をリトマス試験紙のように証明してくれるんです。
このウイスキーはグレンアラヒーの素晴らしいフラッグシップでもあり、ファンの期待を裏切ることはありません。35年という長期熟成なのにフルボディで、力強いコクと風味が見事です。
これは常時入手可能な商品ということですか?
ある程度の原酒も確保しているので、しばらく入手可能な商品となります。でも次は50年熟成というビッグなリリースも予定されています。原酒の在庫は限られていますが、私たち自身も大きな期待を寄せているところです。グレンアラヒーにとって、またひとつ大きなマイルストーンとなるでしょう。
その他にも日本限定品がリリースされるそうですね。
その通りです。このウイスキーも、ペドロヒメネスとオロロソの組み合わせになります。オロロソがメインで、最高のバランスを達成した12年熟成のウイスキーです。この12年という熟成年数は、狙った高いレベルの品質にしっかりと到達できる本当に魅力的な領域です。ブレンダーの視点から見ると、そんな魅力を本当に実感できるんです。すべての樽の熟成状態を詳細に追跡していますが、12年ものが特に期待値の高い熟成年数であると理解しています。
日本向け限定品のリリースに向けて、限られたロットの樽を厳選しました。日本の代理店であるウィスク・イーは、チャレンジ精神が旺盛で要求もかなり高い。その水準に見合った品質のウイスキーを仕上げました。
近い将来に取り組みたい課題は?
まずは現時点の自己評価について説明したほうがいいでしょう。買収時に立てた目標の90%は達成したと思っています。残りの10%はさらに大きな挑戦となり、しかも面白いものになるはず。これからできることが、たくさんあるからです。貯蔵庫には興味深い原酒がたくさんあり、コアレンジの枠を超えたワクワクするような組み合わせを生み出せるかもしれません。つまり定番の商品をしっかり維持しながら、みなさんの関心を集めるような面白い商品もいくつか登場するということです。
個人所有の蒸溜所が、継続的に存在することの意義は強調しておきたいと思います。大きな会社に属していると、自由にできることは限られてきます。大企業傘下のブランドは、品質の一貫性を何よりも重視し、その一貫性をビジネスの推進力としているからです。その一方で、私たちのような個人経営の蒸溜所は、やりたいことを自由にできます。そのような個人経営の蒸溜所は増えてきたので、いずれ大手企業も私たちのアイデアを真似ることになるでしょう。
設備投資で生産量を増やさないのは、個人経営らしいビジネスを維持するためですか?
生産力については、現時点で満足しています。グレンアラヒーの特徴を理解し、受け入れてもらえる市場規模を理解しているからです。だからこそ世界中で、私たちと同じように信頼感で結びついた企業とだけ取引をしています。日本のウィスク・イーもそんな会社です。ヨーロッパや英国を例にとっても、スーパーマーケットで取り扱ってほしいとは思いません。グレンアラヒーにとって、それは死刑宣告のようなもの。知識が豊富で、好奇心と探究心に満ち溢れ、チャレンジ精神に富んだウイスキーファンのつながりを持つのが目標です。そのために独立系の輸入業者、流通業者、小売業者との取引を望んでいます。
スコッチウイスキーの販売量と消費量は、最近になって減少を始めているようです。スコッチウイスキー業界全体にとって、今後どのような課題があるとお考えですか?
そのような数字は、もっと大きな文脈の中で捉える必要があります。ウイスキーだけでなく、他のあらゆる贅沢品について同じような退潮傾向が見られるはず。私見ですが、金利の上昇が世界中のあらゆる分野に影響を与えたのだと思います。日本の状況はわかりませんが、英国やヨーロッパでは金利がずっと1.5%で推移していました。輸入業者や小売業者は、この低金利によって比較的安価に在庫を確保できたのです。それが突然5.5%、9.4%、10%と急上昇したのは衝撃でした。将来の完全な予測はできませんが、四半期を何期か重ねて、来年あたりに状況が改善するのではないかと思っています。
ウイスキー人気が減退した1980年代のような「ウイスキー・ロッホ」は起こらないという予想ですね?
そもそもウイスキー不況という概念自体に誤解があります。いわゆる「ウイスキー・ロッホ」などというものは存在しません。ウイスキーは熟成して年を重ねるだけの存在であり、そのウイスキーを貯蔵し、維持するのに十分な資金が企業にあるかどうかだけが重要なのです。この歳になるまで、いろんな時代の状況を見て、背後にある原則を理解しようとしてきました。古いタイプの人間ですが、いつも将来には楽観的です。
会場協力
カスクストレングス CASK strength
- 【住所】東京都港区六本木3-9-11 メインステージ六本木B1F
- 【電話番号】03-6432-9772
- 【営業時間】18時~goodtime
- 【休日】日曜日
- 【Web】 http://cask-s.com