ベルベットの手袋に隠された鉄拳 ビル・ラムズデン博士インタビュー【後半/全2回】
際どい質問にも、歯に衣を着せぬ言葉で答えるビル・ラムズデン博士。稀代のマスターブレンダーが、モルトウイスキーづくりの最前線を語る。
聞き手:ステファン・ヴァン・エイケン
取材協力:MHDディアジオモエヘネシー
歴史を振り返ると、グレンモーレンジィはスコットランドでバーボン樽を最初期から使用しているブランドのひとつです。しかし他のほとんどのメーカーのように、ただバーボンメーカーからトラック数台分のバレルをまとめ買いしている訳ではありません。独自のバーボンバレルを用意するための方法を詳しく教えていただけますか? そのバレルには種類があって、グレンモーレンジィ用とアードベッグ用に分けられていたりするのですか?
グレンモーレンジィ用の樽を用意することと、一般的なバーボンバレルの調達には大きな違いがあります。僕が入社する以前から、この峻別はおこなわれていました。かつての役員たちは、みなウイスキーへの情熱に満ちあふれて品質の重要性を理解していたんです。ここは言葉を慎重に選ばないとね……。僕がグレンモーレンジィで働こうと思ったのは、新しい試みに積極的な会社だったから。実験的な挑戦を許してくれるし、サポートも得られるだろうと考えました。理想の樽材を求めて、始まったばかりの実験がいくつもありました。ペントランズのスコッチウイスキー研究所とも協働していて、当時は伝説的なハリー・リフキンとジム・スワンと仕事ができたのです。彼らは当時スコットランドに輸入されてくるバーボンバレルの品質が低下していることに気づいていました。これは需要に合わせて供給力を上げるため、製樽のプロセスを自動化した措置の影響です。スペイサイドクーパレッジのウィリー・テイラーが、米国で現在もおこなわれている恐ろしい裏話を聞かせてくれました。伐採してわずか8週間しか経っていない木材を、スピリッツの貯蔵に使用することもあるというのです。8週間というのは、あまりにも短すぎる。十分に寝かせていない木材は、風味が荒々しくて未熟なのです。
そんなこともあって、樽の品質が以前よりも低下したという問題に対処すべく、会社はかなり野心的なプロジェクトに乗り出したわけです。当時はもうひとつの目的がありました。それは樽の品質向上だけでなく、サードフィリングにちょうどいい樽を確保したいというものです。この目的はもう重要ではないので、今は意識していません。
会社にもいろいろ変化がありました。デービッド・マクドナルドは引退というよりも追い出されたような感じで、社長が連れてきた「プロフェッショナル」な役員たちは、ウイスキーへの愛着なんかこれっぽっちもない連中でした。興味があるのはコストのことばかりで、僕もだいぶ戦いましたよ。偶然ですが、午前中に自分のキャリアについて聞かれて詳細に話したばかりです。このあたりが僕の「暗黒時代」ですね。とにかくどんな相手でもやっつけて生き延びてやろうと思い、実際に戦いの連続でした。そして結局、当時の製造部門が僕を黙らせようとお金をくれたんです。休止状態に陥っていたデザイナーカスクのプログラムが再開できるように予算をつけてくれました。僕は最初のプログラムからすべての記録をとって学習し、自分で計画を実行しました。
パートナーであるブラウン・フォーマンと一緒に、木目が細かく成長の遅いアメリカンオーク材を探していました。1インチあたりの年輪が10~16本の木材は、熟成に望ましい一貫性があると研究でわかっていたのです。製材所に持ち込んで4分の1に製材し、樽板を外気に晒しながら自然乾燥させます。その期間は最低でも2年間。24〜36カ月の間に、未熟で樹脂が多すぎるという欠点が払拭できます。タンニンが分解されて、木が内包していたフレーバーが豊かに開き、フレーバーが力強くなるのです。そして木材は樽工房に運ばれます。ケンタッキー州ルイビルにあるブラウン・フォーマンの樽工房で、以前は「ブルーグラス・クーパレッジ」の名で知られていました。そこで容量200Lのバレルに組み上げられ、炎で焦がすチャーではなく、じっくりと熱を通すヘビートーストが施されます。我々がつくるウイスキーの一部が、通常より淡く見える理由のひとつがここにあります。先日、あるプロジェクトでお世話になっているキリンの田中城太さんに、研究目的でサンプルを送りました。グレンモーレンジィのニューメイクスピリッツ、5年もの、10年ものを送りましたが、きっと田中さんは驚くでしょうね。10年熟成でもダークな色はついていませんから。まずヘビートーストを施して、軽く30秒ほどバーナーでチャーをします。樽のヘッドにもトーストした樽材を使ってアメリカンウイスキーを樽詰めします。そして暖房のない貯蔵庫で4年間ウイスキーを熟成した後で、スコットランドに送られます。
こめかみに銃口を突きつけられ、「それで本当にはっきりとした違いが生まれるのか?」と問い詰められたら、「違いがあると信じているけど、それは白黒はっきりとした違いじゃなくて、グレーの濃淡のような違いなのだ」と答えるでしょう。そしてやはり、まろやかでソフトなフレーバーになると思うのです。このようなバレルは「グレンモーレンジィ オリジナル」のレシピの根幹をなすもので、これからリリースする「グレンモーレンジィ アスター」にも使用しています。
バレルに最初に樽詰めするアメリカンウイスキーは、グレンモーレンジィなどへの影響を考えて、特定のものを選んでいるのですか?
おおまかにいえば、そういうことになりますね。
こんな質問をしたのは、バーボン樽はみんな同じだと感じている人がいる一方で、樽に入っていたバーボンの種類によって違いが感知できると考える人もいるからです。
他の人が信じている理論を切って捨てるつもりはありませんが、個人的には中身のバーボンが最終的なスコッチウイスキーの品質に影響を与えるとは思っていません。現実的に、スコッチウイスキーのブレンダーの前に7〜8種類のバーボンを並べてブラインドテイスティングをおこなっても、それぞれの区別がつかない人が大半です。だから中身のバーボンは重要だと思いません。
モエヘネシーが、ウッディンビルウイスキーを買収しました。これがあなたのウイスキーづくりに影響をおよぼすことはありますか? 相互協力の可能性は開かれるのでしょうか?
情報レベルで、相互協力の可能性は開かれるでしょうね。もうすぐアドバイザーのような立場でウッディンヒルを訪ねる予定があるので、とても楽しみです。彼らのバーボンは素晴らしい。でも商業的な観点からいえば、規模があまりに小さすぎて、僕が必要になりそうなものを実際に供給することはできないでしょう。同じグループ内の樽を使用できる状態は好ましいものだと思いますが、欲しい分量の1%しか供給できないようでは難しいので。
ウッドビルではライウイスキーもつくっています。ライウイスキーを熟成した樽を使用することについて考えたことはありますか?
その質問は来年にしてください。年明けすぐなら答えられると思いますよ。
「クラフト」という言葉がもてはやされています。多くの消費者は「クラフト=高品質」だと認識し、逆に「大企業=ビジネス」という図式を信じています。「小さいことはいいことだ」という思想です。ウイスキーづくりにおいて、このような事業の規模にもとづいた「クラフト」という言葉の濫用についてどうお考えですか?
そうですね。90%くらいが「言葉の濫用」にあてはまると思います。誤解を避けるために言っておくと、僕だって「小さいことはいいことだ」と心から感じる場合もあるんです。でも大企業の人間には鼻に付く言葉ですね。なぜなら、こっちはウイスキーづくりを何百年もやっているんだという思いがあるので。それに大企業がやっていることだって、細部に至るまで彼らのいう「クラフト」じゃないかという反論もありますね。
それから、もし彼らのやり方が真の「クラフト」なら、その多くが粗悪な味なのはどういった訳なんでしょう。物議を醸してしまうかもしれませんが、ただ小さいだけで「クラフトウイスキー」と呼ばれているひどい出来栄えの商品を味わったことがあります。でも誤解しないでください。素晴らしい仕事をしている小さな会社もいくつかはあります。ウッディンビル、ウエストランド、ハイウエスト……。このへんは僕の好みです。つまりとてもいい仕事をしているメーカーもありますが、クラフトという言葉はひどく濫用されて形骸化しているというのが僕の意見。そのような蒸溜所の多くが、変わり種のジンを大量生産しているという現状にもうんざりしています。いくつも味わったことがありますが、その度に「うん、とてもいいね。でもビーフィーターください」と心の中で思っています。
これまでにさまざまなワイン樽を試してこられました。そして美味しいクラフトビールにも目がないと聞いています。ビールを熟成した樽を試してみたいという考えはありますか? 日本と米国の蒸溜所では、ビール醸造所に貸し出した樽でフィニッシュしたり、最初からフル熟成したりといった試みも増えています。好奇心旺盛で進取の精神に富んだブレンダーとして、そのような方向性は検討されていますか?
グレンモーレンジィのフレーバー構成に合うものなら、何でも試してみようとオープンに考えています。でもウイスキーとビールが好きなのは確かですが、別々のグラスで楽しみたい。はっきりとした違いが感じられるようなビール樽熟成のウイスキーにはまだ出会っていません。IPA樽で熟成したウイスキーなら、特にお気に入りのIPAみたいな風味を期待してしまいます。ちょうど逆のケースもあって、ウイスキー樽で熟成したビールも飲んだことがありますが、僕にはちょっとしつこくて鼻に付く感じになりがちです。このタイプで好きな銘柄も1つ2つありますが、個人的にはあまり常飲に向いていないと感じますね。
ここ数カ月の間、あちこちでミズナラ樽のことを話していらっしゃいました。これはまだ絵に描いた餅のようなものですか? それともこのようなタイプの樽材をどこかで使用したいという考えがあるのでしょうか?
このような質問には、肯定も否定もできませんね。
そんな回答も予想していましたので、ちょっと回りくどい質問に変えましょう。この現実にパラレルワールドがあったとして、誰かがトラック数台分のミズナラ材を送ってくれるという話が舞い込んできたとします。この樽材を、アードベッグやグレンモーレンジィに使用したいと思われますか?
その点については、かなり慎重に考えなければならないでしょうね。僕の発言というのは、たぶんロンドンでおこなったセミナーのことでしょう。あれは戯言のようなものです。昨年、ロンドンで3人のマスターブレンダーが参加するセミナーがおこなわれました。グレンリベットのアラン・ウィンチェスター、僕自身、そしてサントリーの福與伸二という面々です。福與さんはミズナラ樽で熟成したサントリーのウイスキーを持ち込んできましたが、僕にとってはフレーバー構成が戸惑うくらいに風変わりで、これは要注意の素材だなと感じました。グレンモーレンジィのようにデリケートなスピリッツは、ミズナラにうまく反応できないかもしれないと。
通常、そのような実験用の樽が十分な量で手に入ったら、少しだけスピリッツを樽詰めしたいと思うでしょう。でも一般的には、グレンモーレンジィなら熟成済みの原酒を入れてフィニッシュに使用し、アードベッグならニューメイクスピリッツを入れると思います。回りくどい答えですが、もしミズナラ樽が手に入るなら、理想的な使い方としてはそんな具合になるのではないでしょうか。
ここ数年来、ウイスキーの世界では「透明性」が重要視されるようになりました。なかには驚くほど詳細なウイスキーづくりのデータを公開しているメーカーもあります。ブレンド比率、カスクの数、大麦の品種、工場長の朝食などなど……。ウイスキーを購入する消費者には、詳細な情報を知る権利があると考える人も増えているようです。このような傾向についてどうお考えですか?
100%賛成はできません。行き着く先には、ウイスキーづくりのあらゆる情報を公開させられる世界が待っているからです。もちろん喜んですべてを包み隠さずに教えられるものはあります。「グレンモーレンジィ オリジナル」はその一例だし、「グレンモーレンジィ ラサンタ」も同様に詳細を公開できます。でもいくつかのケースでは、真似されるのを防ぎたいという一点から内緒にしておきたいこともあるのです。そんなわけで「透明性ブーム」は応援していません。
ひどい例えかもしれませんが、下着姿の女性を撮った芸術的な写真と、全部がさらけ出されているポルノはまったく違いますよね。世の中には、少しだけ秘密を残しておいたほうがよいこともあるのです。社内の販売チームが「ねえビル、このウイスキーの中身について洗いざらい説明してくれないと売れないんだよ」と言ってくるのにもうんざりです。僕から聞き出そうという心掛けは殊勝ですが、全部は教えませんよ。商業上の守秘義務の点でも問題があるし、それにウイスキーの神秘的な側面が失われていくことを素直に喜べないんです。
一部の熱心なウイスキーファンが没頭する「シングルカスクのロマン」についてもうかがいます。日本のマスターブレンダーたちと話していると、彼らは本能的にこの話題を避けたがっているようです。なぜならすべてのシングルカスクを組み合わせて、その総和よりも優れたウイスキーをつくるのがブレンダーの仕事だから。アードベッグはオフィシャルなシングルカスクを販売したこともありますが、グレンモーレンジィではあまり聞きません。原酒をテイスティングしていて、あまりにも傑出した魅力があるのでシングルカスクでボトリングしたいと思うようなカスクに出会うことはありますか? それとも、どんなに素晴らしいカスクであっても、2つめ、3つめのカスクと組み合わせることでさらに良いものにできるとお考えですか?
いやいや、それは完全に前者ですよ。これはシングルカスクで出したいな、と思う瞬間はたくさんあります。先ほどもちらっと言いましたが、本当に特別なカスクがあれば、よくシングルカスクでボトリングしたりします。最近これをやっていないのは、僕の判断ではありません。どんな手を使ってでも、シングルカスクはいくつかリリースしたいと思っています。ビジターセンター限定品などの特別な商品になるのかもしれませんが、とにかくシングルカスクはまた発売したい。シングルカスクのボトルに需要があるのは承知しています。でもその反面、ちょっとがっかりするようなシングルカスク商品もたくさん味わってきました。単にシングルカスクだからいいだろうという理由でボトリングされたものも多いのです。この点にも要注意ですね。
最後の質問です。30年以上の経験と実績があり、自信を持ってウイスキーをつくっていらっしゃることと思います。それでもウイスキーづくりで壁にぶち当たり、途方に暮れるようなことはありますか?
自信について評価していただき、ありがとうございます。僕は年齢と経験を重ねながら自信も身につけてきましたが、若い頃はどうしようもなく臆病でしたから。行き詰まりやスランプは、一度も経験がありません。ずっとやりたいと思っていながら、チャンスがなくてできずにいることが山ほどあるので、アイデアが枯渇することはないと思います。もしそうなったら、きっと仕事も辞めどきなのでしょうね。