インド飲料界の帝王
急成長中のインド経済を代表する大富豪、ビジェイ・マリヤ。知られざるその野心に迫るインタビュー。(文:デイヴ・ブルーム)
「インドでビジネスをするなら私を通せ」。どんな席上でも、ビジェイ・マリヤは暗黙のうちにメッセージを発する。この男の申し出に、ノーと言える人物はほとんどいない。
今 回、彼はアーネスト・シャクルトンが南極に置き去った100年以上前のウイスキーを携えてスコットランドに舞い降りた。プライベートジェットでの配達は大げさに見えたが、それがお宝を持ち出す唯一の方法だったのだろう。南極遺産トラストは民間航空機に運搬を断らせて持ち出しを邪魔したかったようだが、相手は自家用機どころか航空会社まで保有する男である。その後、ウイスキーが保管されていたクライストチャーチのカンタベリー博物館が震災に遭ったので、マリヤは図らずも世界最古のウイスキーを救い出したことになる。
マリヤはビジネスチャンスを読んでいた。「エドワード王時代のスタイルでウイスキーを作りたい。世界はレトロブームだからヒット間違いなしだろう」。流行の兆しをとらえるのは得意とするところ。1983年、28歳でユナイテッド・ ブリュワリーズを父から継承したとき、マリヤを経験不足の若造だと考えていた者はすぐ舌を巻いた。キングフィッシャーを世界的ビールブランドに育て、キングフィッシャー航空を創業。そしてディアジオに次いで世界第2位の規模を誇るユナイテッドスピリッツ社を創立したのだ。
スコッチウイスキーに触手を伸ばしたのは2007年5月のこと。国内市場でも斜陽だったホワイト&マッカイ社を5億9500万ポンドで買収したマリヤに世間は驚いた。「インド産スピリッツの生産に必要なスコッチの供給を、ライバルが制限し始めたのが買収の動機。グレーンとモルトが生産できて、ストックも保有する会社を手に入れたんだよ」。
マリヤに買収され、ホワイト&マッカイの大衆向けビジネスは縮小された。ダルモアなどのモルトを上級カテゴリーに再配置するために力が集約されたのである。「以前の経営陣は大量生産に移行していた。ブランドがあるのに、大衆酒を売っていたんだ。現在、我々はブランドを育てている。ボトルの価値は、樽の10倍もあるよ」。
インドは世界最大のスコッチ市場になる
ディアジオにユナイテッドスピリッツ社の売却を検討しているという噂は本当なのか。「まさか。話をもちかけてきたのはディアジオの側だ。私はディアジオの助力など要らないが、彼らはインドで自社製品を流通させたがっている。でも今や株価は当時の約3倍だし、買収する気は失せたんじゃないかな。我が社のインド国内での売り上げは、ディアジオの全世界での売り上げをすぐに超えるよ」。
インド国内では無敵のユナイテッドスピリッツだが、ディアジオやペルノ・リカールと真っ向勝負はできるのか。「できると思う。東欧もアフリカも有望だが、インドの景気はバブルではない。世界経済が崩壊しかけた2008年でさえ、GDPは5%も成長したんだ。インドは世界最大のスコッチ市場になるよ」。
残された大問題のひとつが輸入関税。また糖蜜からつくったスピリッツを「ウイスキー」と呼ぶインドの慣習にもEUが異議を唱えている。「公平な条件が揃えば関税は引き下げられる。引き換えに、インドの酒造メーカーがEU市場に参入することを認めなければならない」。
この対立の調停役になるつもりはないのかと尋ねると、マリヤは驚いたふりをした。「調停? 戦争じゃないんだから、どんな協力でもするつもりだよ。私はスコッチウイスキー協会(SWA)のメンバーじゃないから好きなことを言える。しかしインドに参入したいのなら、それ相応の条件が必要だよ」。
肩をすくめて笑うマリヤ。しかし突然、声のトーンが硬く変わった。「インドはWTOのルールに違反しているというが、彼らに国内規約を変える権限はない。それにインドは28州それぞれがタバコとアルコールの関税を定める権利を憲法で認めているから、連邦政府はノータッチなんだ。だからWTOやSWAがいくらインド政府にわめいても意味がない。共存には歩み寄りが必要だよ」。
「28歳のときから、思うがままの人生を生きてきた」と悪びれることなく語ったビジェイ・マリヤ。彼はあの頃と何も変わってはいない。