家族経営の力学 その4【全4回】
「家族経営」第4回目となる今回は、デイヴ・ブルームがサントリーに迫る。
国産ウイスキーの発展をもたらした着想は、19世紀末に大阪の薬種問屋小西儀助商店で働いていた若き鳥井信治郎の頭の中で生まれた。まだ外国製蒸溜酒が輸入され始めて間もない頃であったが需要はすでに非常に高く、小西商店のようなところではワインのほかウイスキー、ブランデー、ビールなどを販売していた。鳥井信治郎はここで洋酒の知識やつくり方、微妙な味と香りを嗅ぎ分ける舌と鼻を養った。
彼は1899年に大阪で自身の店、鳥井商店を開き、ワインを輸入するようになる。この会社が現在のサントリーで、ウイスキーという範囲をはるかに超える大企業に成長した。
1907年には彼にとって初めてとなる「赤玉」という甘味葡萄酒のブランドを立ち上げ、当時としては斬新なその広告やポスターも話題になった。しかし、信治郎の頭にはまだ蒸溜酒がひっかかっていた。彼は1923年に、山崎に日本初のウイスキー専用蒸溜所を建設する。
ウイスキー分野ではモリソンボウモア社を所有し、マッカランの日本代理店を務めるとともに、日本の国内市場をリードしている。いまだにオーナーシップ経営を続けており、信治郎の孫にあたる鳥井信吾氏が副社長でマスターブレンダーである。彼のオフィスは大阪にある同社の本社にあり、その優美に羽目板が貼られた静かな区域には専用のブレンディング室がある。
「86年間、常にスコッチ、アイリッシュ、アメリカン、カナディアンという先達のウイスキーに教えられ、導かれ、繊細な日本人の味覚に合う『日本のウイスキー』という独自のものづくりを追求してきました」
考え抜かれた上で慎重に選ばれた彼の言葉は、「ファミリー」という概念が単に血筋を表すのではなくひとつの価値になる領域にそっと関心を向けるように発せられた。創立者の理念の重要性を考えた場合、伝統はどれくらい大切なのか? 遺産というものについて、より大きな、あるいは異なる解釈を持っているのか?
「『良き伝統・文化』をつくり、発展させることがファミリー企業のファミリーたるゆえんです。『遺産とも呼ぶべき伝統』は、誰にでも理解されなければなりません。それをうまく伝えることが重要ですが、必ずや理解していただけるものと信じています」
では、「ファミリー」という認識は企業活動において重要なのか?
「今現在のサントリーにおいて、ファミリー経営という形態は、サントリーという企業の根幹にあります。しかし、実際にアイデアを出し、仕事を進め、企業活動をしているのは従業員の力(パワー)であり、お客様と社会のサポートのおかげです」
それは、ファミリー企業の指針が上場会社とは若干異なるという見本なのか? そのために、オーナーシップ経営の場合はビジネスに対する見方が異なるのだろうか?
「会社の経営は人の顔が違うように、それぞれの会社の歴史・文化によっていろいろなバラエティーが存在します。ファミリー企業も、単にそのバラエティーの一形態に過ぎません。しかし、ファミリー企業では夢と理想を長期間追求することが可能です。また、道徳倫理を最上位の価値に置くことができます。創業者は『やってみなはれ』とビジネスの積極性を説き、同時に『隠徳つめば、陽報あり』 、『利益三分主義』などといった、倫理と道徳を企業の目的に掲げました」
これは過剰報酬を得ているコンサルタント会社が考え出した上辺だけの任務表明などではなく、ほとんどの会社の役員会ではあまり見られない意図の深さと豊かさを示しているように思われる。つまり、ビジネスにおいてファミリー企業にしかできないことがあるという意味なのか?
「そうです。ものごとに対する思い入れ持つことです。加えて、50年、100年の大計を持ち、謙虚さを保ち続けることです」
しかし、今は変化の時代だ。現代のグローパル経済の中で、ファミリー経営の役割は何だろう?
「グローバル化とファミリー企業とは直接関係ありません。しかし、相手先と長い信頼関係を作ったり、変わらない企業の理念・方針を諸外国に示し、長くパートナーシップを続けることができると考えています」
それでは、ファミリー経営のアルコールメーカーには希望がある?
「はい。ファミリー経営の企業が、なくなることはありません。これからも続くと思いますし、また新たなファミリー企業が生まれてくると思います。ただ、次の世代は育成しなければ現れてきません」
鳥井氏にとって、サントリーはファミリー企業であるために良いのではなく、そのために違いが生じているということであり、その違いは3代にわたり創業からの志を守ってきたやり方にあるようだ。