ハイランドパーク オークニーの魂【全2回/前半】

April 20, 2013

ハイランド パークのオーナーたちは、蒸溜所の伝統を受け継ぎつつも、輝かしい未来への準備を怠らない。その内容を見聞する

Report:ドミニク・ロスクロウ

ウイスキー熱狂者にとっての魔法のモルト体験は、鳥類学者にとっての珍鳥発見の瞬間や、熱心な釣り人にとっての幻の鮭を釣り上げた瞬間に比すことのできる出来事だ。

そのような瞬間はごく稀に、そして何の前触れもなくやってくる。しかしひとたび起こるや、その思い出は生涯にわたり残るものとなり、その後何年もバーでの語り草となるのだ。

ウイスキー愛好家たちにとって、それは密輸業者たちがかつて辿った道の上で、黄昏時にスペイサイドモルトを味わったことであったり、アイラ島でピートの余韻を味わいながらイルカの群れに出会ったといったごく単純なできごとだったりするのだ。あるいはたまたま出会った蒸溜家との短い会話だったり、親しい友人達同士で長熟モルトを樽から直接テイスティングしたりというものかもしれない。

そのような瞬間を予め計画することはできないし、しばしば強運に恵まれただけのことも多い。しかし熟練のバードウォッチャーや練達の釣り師たちが、正しいときに巡り会わせることを祈りつつ正しい場所に赴きそして運をたぐり寄せるように、魔法のウイスキー体験にも同じことがあてはまる。そしてもし正しい場所があるとするならば、ハイランド パーク蒸溜所こそがその場所である。リング・オブ・ブロージャの暮れ行く陽と共に味わう18年モルト、蒸溜所から登った丘の上でその年最初のピートが切り出される早春の湿度、スキャパ・フロウから吹き上げる風を受けながら味わう1杯。全てが特別な思い出への可能性を秘めている。

魔法は蒸溜所のモルティング室の上方にある部屋の小さな窓からやってくるようだ。
その日は晴れていてしかも穏やかな気候で、これはオークニーとしてはきわめて珍しいことなのだ。私たちはその部屋に辿り着くために、楽しみながら外部の階段を上った。蒸溜所の一番の高みから、カークウォールの街からスキャパ・フロウに至る素晴らしい景色を眺めることができたのだ。さて、私たちが入ったその部屋は暗く埃っぽい場所だった。全ての表面が灰色の埃で覆われていた。忘れられた古い道具が床の上に散らばっている。

しかし部屋の暗さと、窓の輝きは完全なる対照を成していた。その窓の向こうには不気味なオレンジの輝きに照らされた部屋がある。その部屋の向こうの壁には外部へのふたつの四角い窓を見ることができる。窓は黄色い霧に翳っていて、煙はゆったりと室内を漂っている。しかし1ヵ所だけ排気口のある場所では、煙は目的があるように外へと急ぎ流れているのだ。

そして床の上には無数の金の粒が敷き詰められている。大麦たちがまるでエネルギーで脈動しているかのように光輝いているのだ。

ここが蒸溜所という蜂の巣の中心である。モルティングの肝を一望することができる。この過程を経て芳醇なハイランド パークのピートが麦芽へと炊き込まれることを、頭では理解しているものの、この黄色い輝きの中ではウイスキーの特徴的な蜂蜜香も加えられてしまうかのような妄想をつい抱いてしまう。これはウイスキーづくりならではの素晴らしい眺めであり、この産業が互いにどれほど異なっているかを思い出させてくれる(だって、こんなもの自動車工場の中にはないだろう?)。

光輝くモルティングルーム以外にも、ハイランド パークは良い見どころに恵まれている。オーナーであるエドリントン社はこの蒸溜所に多大な投資を重ねてきているからだ。新しいパゴダ屋根や広々として印象的なショップ、そして快適なテイスティングルーム。訪れた人はハイランド パークがこざっぱりと生まれ変わり、業界のリーディングヒッターとなった気がするだろう。

やっとこのときが来た。長い間ウイスキー愛好家やウイスキーライターたちから愛され、たくさんの受賞暦を数えてきたとしても、ハイランド パークは本当の意味でのプレミアム・ステータスをその安定したライバルたち(マッカランやグレンロセス)に比べて多く得てきたとは言えなかったのだ。しかし、製品のラインナップを横断する独自の個性がここには存在するのだ。もしグレンロセスとマッカランがウイスキーのロールスロイスなら、ハイランド パークは業界のトライアンフ・ボンネビルである。情熱とパワーを追求し、低く唸り堂々として、個性に溢れた獣。それでいて驚く程の滑らかな乗り心地をもつ。

ああ、それにエドリントン・ブランドを褒める際に忘れてはならないものに、タムデューがある。このウイスキーを味わう機会はあまりないと思うが2、3のインディペンデント・ボトラーが提供しているものは、本当に素晴らしいものだ。力強くシャーベットのようなフルーツの喜ばしい調和を楽しむことができる。

話が脱線した。

ハイランド パークは、キルンやモルティング・フロアそして機能的で特徴的なスティル・ルームを愛情を込めて運営している伝統的な蒸溜所である。新技術にも意欲的である。オフィス機器、食事の設備、訪問者向けの映像と音声のプレゼンテーションなどが、歴史的建物の中にうまいかたちで配置されていて、時を超えた佇まいの提供に妥協は見られない。おそらく最もモルトを愛する人たちの人気蒸溜所の10指に入る場所だろう。

後半に続く

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