ブレンディングにおけるグレーンウイスキーの役割
文・聞き手:ロブ・アランソン
回答者:リチャード・パターソン(ホワイト&マッカイ)、サム・シモンズ(アトム・ブランズ)、ビリー・ライトン(アイリッシュ・ディスティラーズ)、ブライアン・キンズマン(ウィリアム・グラント&サンズ)
ウイスキーライターになって長い年月が経つ。駆け出しの頃は、ブレンデッドウイスキーやグレーンウイスキーに対する理解のない低評価にしばしば出くわしたものだ。「ブレンデッドウイスキーなんて飲まないよ。風味に劣る安物のアルコール飲料だから」「グレーンウイスキーなんて大量生産用の埋め草だろう?」といったコメントもよく聞こえてきた。
残念ながら、このような考え方が完全になくなった訳ではない。最近のウイスキーライブのマスタークラスで、自分が飲んでいたウイスキーが「ジョニーウォーカーゴールド」だと知った人々の当惑ぶりにも読み取ることができた。ウイスキー業界では最大のカテゴリーでありながら、ブレンデッドウイスキーが好きだと公言すれば変わり者のマニアみたいに扱われかねない。人気が定着する以前のシングルモルトにも、こんな偏見があったことを思い出す。
だがそろそろ古い考えは捨てて、グレーンウイスキーとブレンディングの世界を探求すべき時期が来ている。グレーンがまっさらのキャンバスで、そこにシングルモルトの色彩で絵を描くという例えは古すぎる。グレーンはブレンド構築で豊かな表現力を発揮できる素材であり、そのクリエイティブな役割について著名なブレンダーも解説してくれる機会が増えてきた。
そこで業界を代表するブレンダーの面々に、グレーンウイスキーの役割について訊ねてみることにした。クリエイター自身の言葉に、さまざまなヒントが隠されているはずだ。
グレーンウイスキーはなぜ必要なのですか?
リチャード・パターソン:グレーンウイスキーは、モルトウイスキーの素晴らしい風味をうまく引き出してくれる存在です。それだけでなく、口当たりのやわらかさ、果肉の多いフルーツ(リンゴ、洋ナシ、ブドウ)の風味、シナモン、ハチミツ、オーブンで焼いたパンなどの香味要素をもたらしてくれます。このようなグレーン本来の特性は、もちろんブレンデッドウイスキーごとに表現が異なってきます。ともあれ念頭に置くべき事実は、一般的なブレンデッドウイスキーが70〜80%のグレーンウイスキーと20〜30%のモルトウイスキーから出来ていること。プレミアムなブレンデッドウイスキーや熟成年の長いブレンデッドウイスキーは、約40%とモルト比率が高くなります。
サム・シモンズ:グレーンウイスキーはまっさらな白いキャンバスなどではありません。これは白が決してニュートラルな色ではないのと同じ意味ですね。モルトウイスキーを低品質のウイスキーで薄めるような古いイメージは間違っています。絵画に例えるなら、光の描き方をイメージしてもらえばいいでしょう。ブレンデッドウイスキーの原酒は、お互いの特性を高めあって、相互に補い合うように作用させています。もしグレーンウイスキーがなければ、原酒同士がぶつかり合ってせわしない風味になるでしょう。影を描くスペースがまったくない絵画のようなイメージです。それぞれの原酒の風味を引き出す余裕や広がりを、グレーンウイスキーは生み出してくれるのです。
ビリー・ライトン:グレーンウイスキーは、数あるウイスキーのなかでも万能なスタイルが表現できる要素です。かなりニュートラルな風味からスタートするため、樽熟成の影響をより明確に表現できます。このような特性から、グレーンスピリッツはモルトウイスキーやポットスチルウイスキーよりも短期間で熟成の効果が得られます。だからといって、グレーンウイスキーを若いうちから使用すべきだという訳ではありません。長い年月の熟成を経たグレーンウイスキーは素晴らしく複雑な風味を獲得し、スーパープレミアムなブレンデッドウイスキーのブレンド構成に貢献したり、シングルカスクの商品として楽しまれることさえあります。
若いグレーンウイスキーと、熟成年が長いグレーンウイスキーの違いは?
リチャード・パターソン:グレーンウイスキーが、ブレンドのなかでどのように位置づけられるかによって大きく答えが違ってきます。法定で最低基準の3年間を過ぎたグレーンウイスキーは、多くが軽いタイプのブレンデッドウイスキーに使用されます。プレミアムなブレンデッドウイスキーを除けば、このようなタイプのグレーンウイスキーは3〜6年熟成した後で多彩な使われ方をしています。望ましいスタイルを構築するため、各原酒の比率を慎重に検討して決める原則は変わりません。
ブライアン・キンズマン:短期熟成のグレーンウイスキーと長期熟成のグレーンウイスキーは、まったくの別物だと考えています。ブレンディングにおいてグレーンウイスキーの重要性は見過ごされがちですが、グレーンウイスキーなしではスコッチウイスキーがまったく異なったカテゴリーになってしまうでしょう。
サム・シモンズ:熟成年数の長いグレーンウイスキーは、テクスチャーが命です。ブレンデッドウイスキーに使用するとき、長期熟成のグレーンウイスキーは多彩なモルトウイスキー(フローラル、ミーティー、スモーキーなど)を結びつけて一体化させる役割を果たします。モルトウイスキーも、グレーンウイスキーも、ひとつひとつの原酒に特有の個性があるので、モルトウイスキーとグレーンウイスキーを別々にヴァッティングするブレンダーが多いのも納得できます。 個人的には、長期熟成のグレーンウイスキーに多数のモルトウイスキーをブレンドすると表現がせわしなく散漫になりがちです。そういった意味では、若いグレーンウイスキーのほうが使い勝手のよい場合もたびたびあります。
ビリー・ライトン:ここ5年間で、ウイスキーの年数表示に関するさまざまな議論がなされてきました。熟成年の若いウイスキーに、コスト上のメリットがあることは間違いありません。でも同時に、コストと引き換えに品質を犠牲にして、自分の評判をリスクに晒したいブレンダーは一人もいません。私が考える優れたブレンダーの条件は、一貫性のある風味のプロフィールを創り出せること。もちろん熟成年数は重要ですが、長ければいいという単純な話でもありません。それよりも適切なタイミングで適切なウイスキーを選び、望ましい風味のプロフィールを創造できる能力が重要です。
結局のところ、グレーンウイスキーの役割とは?
サム・シモンズ:カナダ産のコーンや南ア産のメイズを原料としたグレーンウイスキーは、少量をブレンドに加えると繊細かつ複雑なモルトウイスキーの特徴を輝かせてくれます。また小麦原料のグレーンウイスキーをバーボン樽で8〜12年熟成すると、例えば長期熟成のアイラモルトのようなウイスキーの風味を引き出し、舌全体に広げてくれる作用があります。どちらもモルトウイスキー同士をブレンドするだけでは得られない効果です。「モルト比率」を重視する昔ながらの定説は疑わしいですね。モルトウイスキーの量を増やすことが、ブレンデッドウイスキーの品質を向上させる訳ではありません。ブレンドを向上させるにはモルトウイスキーの量ではなく質を上げる必要があり、モルトウイスキーの好ましい特性を引き出せるグレーンウイスキーを慎重に選ぶことで、理想的な飲み心地のブレンデッドウイスキーを創り出せるのではないかと感じています。
ビリー・ライトン:グレーンウイスキーは、ブレンダーにとって非常に価値の高い要素です。ミドルトン蒸溜所ではさまざまなスタイルのグレーンウイスキーを生産できますが、酒質に重みがあって風味も豊かなポットスチルのスピリッツと比べて、グレーンスピリッツは軽やかでニュートラルな特性を持っています。このようなことから、グレーンウイスキーにはいくつもの強みがあります。ブレンデッドウイスキーにグレーンウイスキーを混合することで、ウイスキーをより親しみやすい味わいにすることができるでしょう。とりわけウイスキーを何かで割って飲まれる方は、このような飲みやすさを重視しています。グレーンスピリッツには比較的ニュートラルな特性があるため、熟成過程で樽の影響を受けやすい傾向もあります。より軽やかなスタイルなので、風味の領域を広げて新しいウイスキーを開発する際にも役立ちます。
リチャード・パターソン:マスターブレンダーとして働きながら、素晴らしいブレンデッドスコッチウイスキーづくりに貢献してくれるグレーンウイスキーを大切にしています。インバーゴードン蒸溜所であっても、キャメロンブリッジ蒸溜所であっても、それぞれのグレーンウイスキーには固有のスタイルがあります。現在スコットランドにあるグレーンウイスキー蒸溜所は7軒。最新の注意を払いながらブレンドすることで、最終的なブレンデッドウイスキーの品質に格別な魅力をもたらすことができます。
ブライアン・キンズマン:グレーンウイスキーをまっさらなキャンバスだとは考えていません。それでも風味を組み立てていく美しい土台であることに間違いはないでしょう。ガーヴァン蒸溜所のグレーンウイスキーを例にとっても、自然な甘さ、軽やかなフルーツ風味、まろやかさを兼ね添えたウイスキーであることから、風味のニュアンスをあらゆる方向に構築していける万能な基礎となってくれるのです。グレーンウイスキーはブレンデッドウイスキーの総体的な風味にたくさんの要素を加え、さまざまな意味においてブレンドの特性を定義します。グレーンウイスキーは、最終的なブレンデッドウイスキーの品質に必要不可欠な存在です。