カスクと2次熟成の科学
ウイスキーを熟成するカスク(樽)の種類は年ごとにバラエティを増し、2次熟成やフィニッシュに使用されることで多彩な原酒を用意することができる。モルトウイスキーの風味に、カスクが与える影響のメカニズムをおさらいしよう。
文:イアン・ウィズニウスキ
モルトウイスキーの特徴の40〜70%が熟成期間中につくられるといわれている。貯蔵に使用されるカスク(樽)のタイプが、それぞれの原酒に特有のフレーバーを付与してくれるからだ。一度バーボンやシェリーを熟成したカスクで貯蔵するのが一般的だが、他のさまざまなタイプのカスクを使用する例も増えている。結果として、モルトウイスキーには各カスクに特有のフレーバーが備わってバラエティが増すことになる。
カスクはオーク材でできている。そしてカスクは、ウイスキーづくりに長年使用されてきた「伝統的なカスク」の原則に従ったものでなければならない。かつてはさまざまなワインやスピリッツがカスクに入れられた状態でスコットランドまで運ばれ、現地で瓶詰めされていた時代があった。この伝統のおかげで、スコットランドには空のカスクが安定供給され、ウイスキーメーカーがこれを貯蔵に再利用できたのである。
スコッチウイスキーを定義する規則のなかに、こんな記述がある。
「スコッチウイスキーの熟成やフィニッシュに、オークカスクが伝統的な方法で使用されている確かな証拠があること。そのオークカスクとは、バーボンその他のウイスキー、ブドウのブランデー(ワインスピリッツのアルマニャックやコニャックを含む)、ラム、酒精強化ワイン(シェリー、マデイラ、ポート、マラガ)、無発泡性ワイン(種類や産地は不問)、ビール(エール)の貯蔵に使用されたカスクを意味する」
これらのカスクは、熟成の全工程に使用されることもあれば、2次熟成だけに使用されることもある。2次熟成とは、主にバーボンカスクやシェリーカスクで熟成済みのモルトウイスキーを別のタイプのカスクに移し替え、さらに一定の追加熟成期間を設けるというものだ。これは1次熟成で得られたバーボンカスクやシェリーカスク由来のフレーバー構成に、さらなるフレーバーを加えることを目的としておこなわれる。
バーボンバレルで熟成したモルト原酒には、一般的にバニラ、ハチミツ、フルーツ、軽いドライな甘味などが備わる。シェリーカスクはそれよりもリッチな甘味、バニラ、レーズンやプルーンなどを含むドライフルーツの香りをもたらす。このような違いの原因のひとつは、バーボンバレルにアメリカンオークが使用され、シェリーカスクにヨーロピアンオークが使用されている点にある(ただしアメリカンオークでできたシェリーカスクのような例外もあり)。この両タイプのカスクをレシピ化してブレンドされたモルトウイスキーは数多い。
複数のカスクで熟成させる理由
異なったカスクへと移し替える2次熟成で得られるフレーバーは、さまざまな要素によってその性質と強度が異なってくる。オークの種類、ウイスキー以前に入っていた内容物(ポートなど)、2次熟成のタイミングと期間。どれもが結果を大きく左右する要素になる。わりに短い期間(数年ほど)でおこなわれる2次熟成(これは「フィニッシュ」と定義されることもある)もあれば、それよりも長期の2次熟成もある。このような移し替えの成果について、ウィリアム・グラント&サンズのマスターブレンダー、ブライアン・キンズマン氏が説明する。
「正しいカスクを、正しい期間にわたって使用するということに尽きると思います。ポートカスクで短期間熟成した成果は、バルヴェニーポートウッド21年のような繊細な効果で確認できるでしょう。もともとリッチでフルーティーなバルヴェニーに、ポートカスクはフルーティーなベリー系の甘味をプラスしてくれます。つまりカスクの移し替えは、土台から変えてしまうような大変化を期待しておこなうのではなく、あくまで微調整のための工夫です」
同じタイプのカスクを異なった期間にわたって使用したり、異なった目的のために使用したりする場合もある。この影響の違いについて、ボウモアの蒸溜所マネージャー、デービッド・ターナー氏が教えてくれた。
「ボルドーの赤ワインカスクをフィニッシュに使用しながら、一方では同様のワインカスクで最初から最後までモルト原酒を熟成してみました。3カ月ごとにカスク内の原酒をモニタリングすると、約10カ月〜1年で赤いフルーツやベリーの風味が出てくる経過がわかります。この赤いフルーツの風味は、どんどん強まっていきます。ボルドーカスクでフィニッシュしたボウモアは、バニラ、フルーツ、ハチミツ、ココナッツに明確なピートのスモーク香を加えた、よりクラシックなボウモアの特徴を保持しています。一方、徹頭徹尾ボルドーカスクだけで熟成したボウモアは、赤いフルーツ、赤いブドウ、熟れた赤いベリーなどの特徴がより強く、舌の奥でかすかにピートのスモークが感じられるような仕上がりになりました」
幅広い種類のカスクが使用されている現代のウイスキーづくりで、2次熟成の技術はこれからも進化を続けるだろう。前述のブライアン・キンズマン氏が語る。
「私たちは毎年新しいカスクでの2次熟成を試しており、ビジネスにおけるもっとも活発な分野のひとつになっています。すでに経験済みのカスクもあれば、未経験のカスクでまったく新しい原酒をつくる試みもあります。新種のカスクを試すときは、多くの場合、10〜12年熟成されたモルト原酒を使用します。オークの影響が比較的少ない年数の原酒を使うことで、2つめのカスクの効果をよりはっきりと認識することができるのです」
<豆知識>カスク内の残留物について
スコットランドでは、使用前にカスクをすっかり空にすることが義務付けられている。もともと入っていた内容物が液体の状態で残っていたら、必ず排出する必要があるのだ。それでも樽板のなかに染みこんだ成分は依然として存在する。スコットランド到着時に、あまり乾燥されていない「フレッシュ」な状態であるほど、樽材に含まれる成分は多くなり、これをウイスキー業界では「インドリンク」と呼びならわしている。カスクのサイズにもよるが、このインドリンクの量は数リッターに及ぶこともある。
インドリンクが、もともと入っていた内容物(ポートなど)と同じ成分であると考えるのは適切でない。実際のところ、インドリンクは「木から排出された」 液体であり、もともと入っていたお酒の特徴に加えて、オーク由来のさまざまなフレーバー要素を含んでいるからだ。
ひとたびカスクが新しいスピリッツで満たされると、インドリンクは樽材の中からカスク内の液体へ浸出しはじめる。ここからさまざまな反応が引き起こされることになるのだが、もっとも大きな影響が見られるのは最初の数年間である。