スコットランドの蒸溜所新設ブーム【前半/全2回】
世界的なウイスキーブームによる需要に応えるため、ウイスキーの本場スコットランドでも蒸溜所の新設や増設が相次いでいる。夢と野心にあふれた数々の計画を、ガヴィン・スミスがレポート。
文:ガヴィン・スミス
近年、スコットランドではたくさんの新しい蒸溜所が誕生してきた。ウイスキーづくりに乗り出そうという情熱にあふれた起業家たちも、この辺でそろそろ出尽くした頃なのではないか。いや、そう考えるのはまだ早い。現在この原稿を書いている時点で、少なくとも12軒以上の蒸溜所建設計画がスコットランド内で進行中だ。すでに着工している案件もあれば、設計段階のものもある。
エディンバラでは、デーヴィッド・ロバートソン氏が動き出している。マッカランの元マスターディスティラーで、ウイスキービジネスの仕掛け人として名高い人物だ。1920年代に閉鎖されたグレンサイエンス蒸溜所以来、スコットランドの首都ではモルトウイスキーづくりが途絶えていた。計画が実現されれば、およそ100年ぶりの伝統復活ということになる。
この計画の詳細は、ホリールードにも近いセントレナーズ通り沿いの鉄道機関庫跡周辺に、360万英ポンドの蒸溜所とビジター向けの設備を建設するというものである。ロバートソン氏は、来年にも年間約53,000Lのスピリッツを蒸溜できるようにしたいと抱負を語ってくれた。
「シングルモルトウイスキーづくりの歴史を、エディンバラに呼び戻します。計画の概要はもう役所に提出しました。美しい手づくりのスピリッツを生産するのが私たちの目標。旧鉄道機関庫は、そんな理想を実現させるのにうってつけの場所でした。1830年代からの長い歴史を受け継ぐ建物なので、小さいながらもワールドクラスの蒸溜所を建設し、エディンバラが誇れる新名所にちょうどよい条件が揃っていたのです」
グラスゴーでもまた、別の歴史的建造物が新しい蒸溜所の舞台になろうとしている。クライド川の岸辺にある通称「ポンプハウス」に、1,000万英ポンドを投じて蒸溜所、博物館、テイスティング用のバーを建設するという計画がある。このベンチャープロジェクトを率いるのは、独立系ボトラーとして知られるADラトレー社オーナーのティム・モリソン氏。すでに建設計画は認可されており、これまでのいきさつをモリソン氏が教えてくれた。
「このポンプハウスを1877年に建てたのは、私の祖父にあたるジョン・モリソン。建物が再活用できるチャンスをつかめたのは、本当に喜ばしいことです。かつての栄光をよみがえらせ、この建物や周囲の景観の素晴らしさを知ってもらうきっかけになるでしょう」
スコッチウイスキーの生産でいえば、ローランド地方は大きく低下の一途をたどってきた。それでもすでにアナンデール、エデンミル、キングスバーンズなどの新興蒸溜所が その状況を一変させようとしている。そしてエディンバラもグラスゴーも、地図上ではローランド地方に属する都市である。
ボーダーズとアイランズで進行中のプロジェクト
スコットランドのボーダーズ地方だけに限ってみても、それぞれ別個の蒸溜所建設計画が3件も進行中だ。ザ・スリー・スティルズ・カンパニーは、目標としていた1,000万英ドルの資金が集まったことを発表。蒸溜所とビジター施設のために、ホーイックで土地も確保済みである。このベンチャーを主導しているのは、ジョージ・テイト氏、ジョン・フォーダイス氏、ティム・カートン氏、トニー・ロバーツ氏という、ウィリアム・グラント&サンズの取締役経験者4人。1837年以来、ボーダーズ地方で初めてとなる蒸溜所の開設が待たれている。
ボーダーズ地方に予定されている2つめの蒸溜所の所在地は、ジェドバラのすぐ南だ。こちらの蒸溜所はかなり大規模で、ニール・マシーソン氏がチーフエグゼクティブを務めるモスバーン・ディスティラーズと、マルシアビバレッジを保有するスウェーデンの投資会社ハイドンホールディングが出資するプロジェクトである。 建設費用は3,500~4,000万英ポンドと見込まれれているが、高額なのは蒸溜所の規模のせいだ。敷地内には2棟の蒸溜棟を設け、ひとつの棟にはポットスチルとコラムスチルを設置し、もうひとつの棟にはハイブリッドスチルとやや小型のポットスチルが設置される。最初の蒸溜棟は来年に稼働する予定だとニール・マシーソン氏は明かす。
「まずは2つの蒸溜棟のうち小さな棟を完成させて、2018年には稼働している状態にしたいと思っています」
ボーダーズ地方の第3の蒸溜所は、アラスデア・デイ氏率いるR&Bディスティラーズと、投資家のビル・ドビー氏が提案中のものだ。蒸溜所の建設地についてオンライン投票をおこなった結果、ピーブルスの町がトップになったのだという。
しかし現在、デイ氏とドビー氏は別の蒸溜所建設計画にかかりきりだ。その蒸溜所とは、スカイ島の沖合にある小さなラッセイ島に建てられる予定のもの。R&Bディスティラーズでマーケティングエグゼクティブを務めるゾーイ・ホワイト氏が語る。
「2016年2月9日、ラッセイ島蒸溜所の建設計画に許可が出ました。現在は助成金申請の結果を待ってるところで、5月中には着工したいと思っています。すべてが予定通りに進めば、2017年の初頭までには蒸溜を開始して、2020年からスコッチウイスキーをボトリングします。1トンのマッシュタンを使って、年間94,000Lの生産量を目指しています。3年経ったところで半分をボトリングして、残りの半分を長期熟成に回す予定です。ウイスキーのスタイルは、おそらくライトピーテッドのようなタイプになるでしょう」
偶然にも、ニール・マシーソン氏とモスバーン・ディスティラーズは、このラッセイ島からさほど遠くない場所で新しい蒸溜所の建設を目論んでいる。場所はスカイ島南西部のスリート半島にあるトラベイグという村だ。
農家の建物を改築してつくるという、この蒸溜所の計画についてマシーソン氏が説明する。
「2016年10月の完成を目指しています。資材はすべて届いていて、配管やら建材やらを舞台下で整えているところ。文化財のような建物の改築は簡単にはいきません。おそらく最初の6ヶ月は、フレーバーのプロフィールやカスクの選択を最終的に決めるための実験に費やされます。ひとたび本番が始まれば年間約500,000Lの生産を見込んでいて、一般公開はおそらく2017年5月頃になると思います」
同じ島でも、シェトランド諸島の最北部にあるアンスト島で、シェトランド・ディスティラリー・カンパニーは、ついにシェトランド産のモルトウイスキーをつくるという長年の夢の実現に向けて動いている。