何度でも訪ねたい京都のトップバー
究極のホスピタリティ。世界一のカクテル。世界遺産を凌ぐ人気スポット。この店を訪ねるためだけに、はるばる旅する価値がある。古都が誇るワールドクラスのバー3軒をご紹介。
文:WMJ
一見さんお断り。京都ではごく当たり前のポリシーだ。二条大橋の近くにあるBar Kellerも例外ではない。入店の条件は、同店の会員であること。入会希望者は現在100人待ちだが、大幅に門戸を広げる予定はない。完全予約制なので、訪問前の電話も必須である。
ウイスキー樽の中をイメージしたシンプルな店内では、ゆっくりと刻まれた時間だけが装飾になる。カウンターに立つのは西田稔さん。京都の夜を代表する名バーテンダーだ。
「ウイスキーの味と香りは、時間をかけて形成される人間関係によく似ています。店のインテリアも、10年後や20年後に味が出るようにとデザイナーに依頼しました」
ウイスキーは西田さんが収集した希少なボトルが中心で、専用デキャンタに移し替えてキープされる。銘柄は飲んでいる人だけがわかっていればいい。整然と並んだ琥珀色のデキャンタはアート作品のようだ。ひとつひとつのウイスキーは、親から子へ、上司から部下へと受け継がれることもある。
バーテンダーになって34年。東京時代は、通りすがりの一見客だけでも商売が成り立った。でも京都は違う。最初のバー「K6」を開店するときに助言を受けた。
「10年間は頑張れ。それ以降は、この街が君の店を守ってくれるだろう。そうアドバイスされました。京都では世代交代で客筋も受け継がれるので、10年を超えた店が健康状態などの要因以外で閉まることはほとんどないんです」
紹介した者が、紹介された者の責任を取る。これが一見さんお断りの根拠となる京の伝統であり、店の歴史を作る。バーもそのような信頼関係で成立しているのだと西田さんは考える。
このBar Kellerのカウンターで至福の時間を過ごすには、ボトル会員になることが必須条件だ。だが前述の通り、新規入会の門戸は現在閉ざされている状態である。
「京都中のバーが満席の日でも、『ひょっとしたら』と電話してくれる会員の方のためにできるだけ席をご用意したい。だから申し訳ないのですが、会員は300人以上に増やさないことに決めているんです」
だがビジターの方も絶望しないでほしい。ザ・スコッチ・モルト・ウイスキー・ソサエティの会員になれば、自動的にBar Kellerのボトル会員にもなれる。ソサエティの入会金が、この隠れ家への扉を開けてくれると考えればお得かもしれない。
店と一緒に年をとる喜びを、このカウンターでじっくりと味わってみたい。
Bar Keller京都市中京区木屋町二条東入481 |
世界一のカクテル
町家を改装した店内。落ち着いた木造りの店からは坪庭も見える。居心地の良いBar Rocking Chairには、最近になって新しい名物が加わった。世界一のバーテンダーが作る、世界一のカクテルである。
2015年6月の「全国バーテンダー技能競技大会」で日本一になった坪倉健児さんが、世界64ヵ国の代表選手で競う「ワールド カクテル チャンピオンシップス東京2016」に出場したのは2016年10月のこと。ショートドリンク・サワー部門で優勝し、各部門の優勝者6人で競うスーパーファイナルを制して「ワールド・バーテンダー・オブ・ザ・イヤー」に輝いた。
誰もが憧れる世界一のカクテルを味わってみよう。一期一会の気持ちを表現したという「The Best Scene」。シェイカーからグラスに注がれたカクテルは、花々の香りを漂わせる。ゼラニウム、エルダーフラワー、柚子、カルダモン。一口飲むと、カウンターに爽やかな高原の風が吹き抜ける。
「ベース、酸味、甘味、苦味が一体となったカクテルは、今までにないチャレンジでした。世界に通用する風味を作りたいけど、日本人のテイストに合わなければ意味がない。繊細なだけでなく、華やかなアロマを表現するために試行錯誤を重ねました」
世界一に至るエピソードは、努力と工夫の連続である。苦手の英語も1年間の特訓で克服。デコレーションも日本料理の調理長から飾り切りの指南書をもらい、それをヒントに見事な椿の花を創り上げた。
「大会のカクテルに使える素材は6種類まで。でもフレッシュな柚子の香りを追加したかったので、飾りの花のガク部分に柚子の皮を使い、飾り付けながらギュッとグラスに押し付けたんです」
苦学生だった大学時代、時給のいい夜の仕事を探してバーの世界に出会った。どうせなら一流のバーテンダーを目指そうと、就職活動はスーツを着て東京のバーめぐり。酒向明浩さんの名店「ガスライト」で6年間修行した。故郷の京都市内に戻ってからは、西田稔さんの「K6」で膨大なウイスキーをテイスティングした。
世界一のバーテンダーになって、長年の努力が報われた。次の目標は、後進のバーテンダーを育成すること。自分の店のスタッフはもちろん、同じ京都や日本のバーテンダーの応援にも力を入れている。
「お客様に提供したいのは、最高の瞬間」と語る坪倉健児さん。偉業達成の原動力は、小さな進歩を信じ、日々の営みを何よりも大切にする自然体である。
Bar Rocking Chair京都市下京区御幸町通仏光寺下る橘町434-2 |
京都No.1の人気スポット
レスカモトゥール。魔法使いを意味するフランス語だ。店主のクリストフ・ロッシさんは南仏マルセイユ生まれ。京都に魅せられて16年になる。
「都会なのに自然が近く、都市のスケールもちょうどいい。歴史を感じさせる街並みもフランス人には重要なんだ」
店内に足を踏み入れた瞬間から、別世界へとトリップする。まるでハリー・ポッターの舞台となる魔法使いの館だ。レトロなインテリアはすべて手づくり。驚くべき仕掛けもあるが、来店時のお楽しみとしておこう。
「コンセプトは、100年前のヨーロッパにあったハーブの薬局。子供の気持ちで、夢の中から生まれた発想を表現したかった。アーティストは子供の生き残りっていう言葉を知ってる?」
マジシャンとして生計を立てていた時期もある。この店でも気まぐれで披露するが、いわゆるマジックバーではない。だが開店までの道のりではいくつもの魔法があった。
「開店準備に1年かかった。店舗が見つからず、諦めかけていた頃に紹介されたのが、気になって外からいつも眺めていた物件だった。大家さんにOKをもらった日は、子供みたいに泣いたよ」
資金調達で苦労したが、友人たちが助け舟を出してくれた。開店直前になのに冷蔵庫もなかったが、魔法のように手に入った。2015年2月14日のバレンタインデーに、L’escamoteur Barは開店する。
「開店の日、僕の全財産はたったの2,000円。でも初日から店は大繁盛だった。助けてくれた人が、一人欠けてもこの店はなかった」
カクテルのスタイルは、日本流とアメリカ流を学んだ。日本のカクテルは繊細で、所作も美しい。アメリカは効率的でクリエイティビティ重視。双方の良い部分を兼ね添え、なおかつヨーロッパらしい独創性とインパクトを重視している。
「日本で本当に美味しいカクテルが飲めるオーセンティックバーは、たいてい外国人にとって少し堅苦しい場所なんだ。ヨーロッパのカクテルバーは、おしゃれで元気。音楽も大きめでちょっとクレイジー。そしてもちろんお酒は美味しい」
1年目はオールドスクールのカクテルだけを丁寧に作った。2年目はそこにオリジナルカクテルを加え、3年目となる2017年からはオリジナルカクテルを主力にする。カクテルを創作するときに、他のバーテンダーと相談したりはしない。カクテルは自己表現であり、芸術作品なのだ。
世界的なレビューサイトのYELPで、京都No.1のおすすめスポットになった。世界遺産の観光地や、他の人気飲食店などを抑えての快挙だ。おかげで開店する午後8時には店の前に行列ができることも。立ち飲みで30人も入れば超満員という小さな店である。
「まだまだ上を目指しているよ。今度の2月14日にはサプライズもあるから期待してね」
京都No.1の人気スポットになった理由は明白だ。ここは人生の魔法が詰まった、世界にたったひとつの特別な場所なのである。
L’escamoteur Bar京都市下京区西石垣通四条下ル斎藤町138番地9 写真:Curtis Chen |