スモーキーを科学する
ウイスキーの魅力が、そのスモーキーなフレーバーにあると感じている人は多いはず。意外に知られていないスモーク香とピートの関係を、スコッチウイスキー界きっての理論派イアン・ウイズニウスキが解説。
文:イアン・ウイズニウスキ
今日はピーテッドモルトに注目して、熟成中にスモーキーな風味が生み出されるメカニズムについて考察しよう。
ピーテッドモルトの評価法は大きく2つある。ひとつは主観的なアプローチで、アロマや味覚に現れるスモーキーな特性をその種類や強さのレベルで評価する方法。もうひとつは、より技術的なアプローチでピートのレベルを判定する方法だ。後者は通常「ppm」(parts per millionの略)という単位で表示されるが、これは例えば1ppmなら1リットルに1ミリグラムのピート成分が含まれているという意味である。約10ppmのピートレベルなら、やわらかなピート香が感じられるモルトウイスキーである。約25ppm程度がミディアムレベルとされ、さらに40〜50ppm以上になるヘビーピート(ヘビーリーピート)のウイスキーでは、明確な主張を持った強いスモーク香が表現される。
ここで数値化されるピートレベルは、ピートの煙で製麦されたモルト(大麦麦芽)を対象として計測されている。ピートで燻す過程で、大麦は燃えたピートから生じる煙を吸収する。この煙には多様なフェノール性成分が含まれており、いわゆるスモーキーでピーティーな特性をもたらすのである。ピートレベルの調整方法は、いたってシンプルだ。ピートを燃やして煙を出させる時間が長ければ長いほど、ピートのレベルも上がってくる。
フェノール性成分には、主に8種類があるといわれる。代表的なものは、フェノール、グアヤコール、クレソール。それよりもはるかに多彩な副次的フェノール性成分は、正確な総数などについてもまだ研究段階だ。
それぞれのフェノール性成分には、軽やかなものからふくよかなものまで幅広い風味があり、また風味同士の重複もかなりある。典型的なフェノール性成分は、スモーキーさや薬っぽい風味を生じさせることで知られている。
フェノール性成分は、ppmの他にもppb(parts per billion)やppt(parts per trillion)で計測されることもあり、わずか1ppmでも風味に影響を与えることができる。ただし成分の数値だけが重要なわけではなく、ppm値の濃度が低いモルトでも、ppm値で濃度が高いモルトより大きなインパクトを与える場合もある。
フェノールもいろいろ
フェノールは他のフェノール性成分よりも濃度の高い成分であるが、特に影響が顕著であるというわけでもなく、活発な働きもしない。薬っぽいアロマなどの特徴に関与する度合いは、むしろ少ないと考えられている。
その一方で、クレソールはフェノールよりも活発な影響力を発揮するため、タールやアスファルトを思わせるアロマを生じさせる主因になる。クレソールよりもさらに複雑なのはグアヤコールで、土っぽさ、スモーク香、薬っぽさなどを表現しながら低い濃度でも顕著な影響力がある。
ピートが含有するフェノール性成分の種類やバランスは多岐にわたり、採掘地などのさまざまな要因によって変化する。例えば島や海岸近くのピートには海藻が含まれ、内陸のピートより砂の含有率も高い。またスコットランド北部のピートには、スコットランド南部のピートよりも多くのヒースが含まれている。しかしながら、どの成分がどのフェノール性成分をもたらしているかについてはまだ研究の途上である。
数値上のピートレベルが提示できるのは全体の総計のみであり、各々のフェノール性成分の内訳は示されていない。特定の成分同士の相乗効果は存在するのか、あるとしたらどの程度なのか、それが最終的にどのような効果を及ぼすのかについては依然として明らかになっていない。
興味深い研究途上のテーマは他にもある。フェノール性成分が、熟成によってどのように変化するのかという問題だ。エドリントン・グループでマスターウイスキーメーカーを務めるゴードン・モーション氏は語る。
「熟成によって、フェノール性成分のレベルはわずかに減少します。揮発性の成分であるため、樽内でスピリッツが蒸発する際に消散してしまうのではないかと考えられます。同時に、樽内では他の風味要素が育っていくため、ピートのレベルが軽ければ軽いほど、新しく生まれた風味要素によって覆い隠され、スモーキーな香りが突出しにくい状態になるようです」
もうひとつの要因は、樽のタイプであろう。バーボン樽とシェリー樽では、フェノール性成分への効果も異なってくる。アードベッグ蒸溜所長であるミッキー・ヘッズ氏は説明する。
「ウイスキーづくりの目的は、スピリッツの特性と樽の特性が互いに補い合うような状態へ持っていくこと。例えばシェリー樽はドライフルーツやレーズンなどのリッチな風味を授けますが、それがアードベッグのリッチなスモーク香と非常に相性がよく、本当に複雑な特徴をもたらしてくれるのです」
さらにいうと、樽のタイプはフィルの回数や使用年数も念頭において考慮されなければならない。ウイスキーを貯蔵する回数ごとに樽の影響力は減退するので、フィルの回数やモルトウイスキーの熟成に使用した年数も重要になる。前述のゴードン・モーション氏がこう指摘する。
「ファーストフィルのバーボンバレルは、はっきりとわかるバニラ風味をもたらします。このバニラ風味の成分は、ピート香の特徴をとてもよく補い、スパイス香とピート香のバランスをとってくれるのです。セカンドフィルやサードフィルの樽だと、バニラなどの風味成分がファーストフィルほど多くは得られないため、フェノール性の風味がより顕著になります。ひとつのボトルに集約する際には、このような固有の特性を持つ異なったフィルの原酒同士を、バランスよく配合することが重要になります」
スピリッツのカットも重要
ポットスチルでの蒸溜において、初溜からできるニューメイクスピリッツの特性はかなり多様なものになる。それをうまく調整して均一なものにするのが再溜だ。ローワイン(初溜液)のアルコール度数は20〜25%で、これが再溜によって75~80%ほどになり、蒸溜を続けるに従って徐々に度数は低下していく。ディスティラーがニューメイクスピリッツを取り出し始めるのは75%程度の場合が多く、ニューメイクスピリッツの度数が60〜65%まで低下したあたりで蒸溜を終了する。この開始と終了のタイミングで決まる平均の度数が、スピリッツの「カット」と呼ばれるものである。
例えば70%のカットで取り出されたスピリッツは軽やかでフルーティーな酒質を持ち、それよりも低い度数のカットになるに従って比較的リッチな酒質になる。前述のミッキー・ヘッズ氏は説明する。
「同じフェノール性成分でも、より軽いフェノール性成分は最初の段階から取り出されて徐々に風味が構築されていきます。一方で、よりリッチなフェノール性成分は、アルコール度数が減少しはじめた蒸溜の途中から現れます。つまりニューメイクスピリッツにおけるフェノール性成分の特性は、カットの決め方によっても大きく左右されるということがいえるでしょう」