ウイスキー蒸溜所のクリーニング

March 5, 2018


蒸溜所の設備を清潔に保つことは、品質管理においても重要な意味を持つ。各設備の洗浄について、イアン・ウィズニウスキが解説する。

文:イアン・ウィズニウスキ

 

蒸溜所の環境で、もっとも大切なのは清潔さだ。なぜなら設備をきれいに保つことは、ニューメイクスピリッツの特性を一貫して最善の状態に保ち、生産量、エネルギー、時間などの効率を最大化する上でも必要不可欠の条件だからである。

かつて蒸溜所設備の洗浄はすべてが手作業だった。マッシュタンでも、ウォッシュバックでも、ポットスチルでも、従業員は大きな装置の内側をよじ登りながら、ある程度の危険を冒しつつ掃除に精を出さなければならなかった。

そのような危険から従業員を守るべく、自動的に内部をクリーニングする「定置洗浄」(CIP=クリーニング・イン・プレイス)のシステムが開発された。マッシュタンも、ウォッシュバックも、ポットスチルも、今では機械が内部から洗ってくれる。蒸溜所設備の設計、製造、設置、保守を手がけるフォーサイス社会長のリチャード・フォーサイス氏が説明する。

「CIPが広く普及し始めたのは、1990年代前半から。今では蒸溜所の設備を新規に導入する際のスタンダードになりましたが、古い設備にも後から付加的に導入できます。新規に製造する際のCIPの値段は、設備のサイズにもよりますが、だいたい設備全体の3〜5%程度です」

マッシュタンには2種類のクリーニングシステムが必要になる。ひとつは容器の上部で、もうひとつは底にある排水プレートの下だ。アードベッグ蒸溜所で蒸溜所長を務めるミッキー・ヘッズ氏が語る。

「マッシュタンの内壁は、内部に設置されたノズルからスプレー状に吹き出す熱湯で週1回洗浄されます。1回につき45分のサイクルで、レイクアームも洗浄します」

排水プレートは、ワート(糖化液)がマッシュタンから排出される際に「ざる」のような働きをする。そのためワート内の麦芽原料(特にハスク)で目詰まりしがちなのだとミッキー・ヘッズ氏が説明する。

「マッシュのたびに、排水プレートの下にあるたくさんのノズルから85℃のお湯が噴き出して、排水溝を流れながらハスクや細かい残余物を取り除きます。こうすることで排水がいつも正常におこなわれるようになりますが、洗浄を怠ると排水のスピードや効率が損なわれます。洗浄は1回3〜4分で、その後5~6分にわたってお湯が廃液タンクに排出されます」

マッシュタンを洗浄しないで空のまま長期間放置すると、別の大きなリスクが生まれることもあるという。ダルモア蒸溜所の蒸溜所長を務めるスチュアート・ロバートソン氏が説明する。

「大麦のハスクには虫が湧くこともあり、マッシュタンの表面に付着した脂肪酸などの残骸はバクテリアの温床になります。これが原料に混ざることで酪酸が発生する可能性もあり、赤ん坊みたいなにおいの原因になるのです。この風味が一度ワートに入ってしまうと、蒸溜しても取り除けません」

 

ウォッシュバックとスチルの洗浄

 

ウォッシュバックもまた、適切に洗浄しないとバクテリアの発生によって発酵状態に問題を生じさせてしまう。バクテリアが酵母と競うようにワート内の糖分を変質させ、他の異変も引き起こすからだ。ミッキー・ヘッズ氏が語る。

「バクテリアは酵母細胞にも悪影響を及ぼす可能性があり、そのようなストレスを受けた酵母は通常の発酵行程を完遂できなくなります。そうなると出来上がるウォッシュがいつもどおりの構成ではなくなるため、蒸溜した後の一貫性も損ねることになります」

ウォッシュバックには、ステンレス製と木製がある。ステンレス製のほうが洗浄が楽だという定評があるものの、掃除自体のアプローチが大きく異なっている訳でもない。インバーハウスディスティラーズで蒸溜所のゼネラルマネージャーを務めるデレク・シンクレア氏が説明する。

「スペイバーン蒸溜所には木製とステンレス製のウォッシュバックがありますが、クリーニングの仕組みは同じです。容器のなかのスプレーボールが高水圧のお湯を噴射し、回転しながら360度くまなく洗浄しながら約80℃のお湯で雑菌を死滅させます。10〜15分間お湯をかけると、蓋をしたウォッシュバックの底から湯気がさらに10~15分ほど発生し続けます。この洗浄は発酵が終わるたびにおこなわれ、バクテリアによる汚染リスクを防ぎます」

加熱装置であるポットスチルでは、コイル状に巻かれた銅製パイプなどの湯気を通す箇所が主な洗浄箇所になる。ウォッシュスチル(初溜釜)の加熱装置は、スピリットスチル(再溜釜)よりも頻繁な洗浄が必要だ。ウォッシュが糖分、酵母細胞、大麦原料の破片、油脂などの残余物を多く含んでいるからである。このような物質が加熱装置の上で焼け焦げた状態になると、蒸溜中の熱伝導を常に妨げることになる。スチュアート・ロバートソン氏が語る。

「このような物質が設備内にあっても、通常の風味構成や品質が損なわれる訳ではありません。でも蒸溜のプロセスが遅くなってエネルギーを浪費し、コストや時間が無駄になることもあります」

もちろんCIPはこの問題も解決してくれる。ミッキー・ヘッズ氏が語る。

「ウォッシュスチルでの蒸溜が終わる度に、内部に設置されたノズルが薄めた苛性溶液(化学洗浄剤)をスプレーして加熱装置を洗浄します。次に同じノズルから水が吹き出して洗剤ごとすすぎます。スプレー時間は各10分ほど。仕上げにもう一度、勢いよく水を流して洗浄サイクルは終了です」

 

自動洗浄によって省けるコスト

 

CIPシステムの使用方法には2種類ある。ザ・グレンリベットのマスターディスティラーを務めるアラン・ウィンチェスター氏が説明する。

「CIPを使用した洗浄サイクルは、生産プロセスのなかで自動的におこなわれるようにプログラムしておくこともできます。こうすることで一定時間内に効率的な洗浄をおこなうことができ、洗浄やすすぎに必要以上の水を使用せずに済みます。もうひとつの方法は、技術者が制御スクリーンから毎回の洗浄プロセスを実行するスタイル。私たちの蒸溜所では、両方のやり方を併用しています」

結局のところ、CIPを導入することで、手作業よりもどれくらい時間が節約できるのだろうか。スチュアート・ロバートソン氏が答える。

「洗浄作業には、従業員あたり1日5〜6時間くらいかかっています。私の蒸溜所では4人の従業員が24時間体制のシフトを組んでいるので、合計でかなりの時間を費やしていることになります。現在、手洗いしているウォッシュバックにCIPを設置する検討を進めているところ。これは蒸溜所にとっても大型の設備投資になりますが、省ける工数を考えると十分に価値のある投資となるでしょう」

 

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