昨年11月に急逝したデイヴ・ ピッカレルは、アメリカンウイスキー界が誇る本物のマスターだった。音楽とウイスキーの関係を掘り下げ、メタリカとコラボした遺作「ブラッケンド」を味わいながら偉業を振り返る。

文:ジム・レゲット

 

人生と音楽を愛し、そのエッセンスをユニークなウイスキーづくりにも活かしたデイヴ・ピッカレル。最後の話題作が、メタリカとコラボしたウイスキー「ブラッケンド」だった。

デイヴによると、ラーズ・ウルリッヒはじめメタリカのメンバーは「ファンの心に残るもの」「メタリカの精神を示す高品質なもの」「真に特別なもの」をつくりたがっていたのだという。

その当時から、メタリカは音響のプロフェッショナルであるメイヤーサウンドと提携していた。コンサートで使用するメイヤーサウンドのサウンドシステムは、巨大なサブウーファーから超低音を送り出す。デイヴが熟成中のバレルに聞かせたメタリカのプレイリストにも、そんな音がふんだんに入っていた。

「バレルを喜ばせるためだけに音楽をかけている訳じゃない(笑)。歯切れのいいくっきりとしたメタリカのリズムも熟成を助けてくれるんだ。バレルに低周波の音を浴びせているだけで、それなりの効果はあると思う。でも分子レベルで振動を与えながらウイスキーの熟成を促すには、短時間にさまざまな音色を流すのが効果的なんだ。だからメタリカのサウンドトラックにも科学的な意味があるんだよ」

デイヴは以前におこなわれた実験のビデオを思い出していた。液体の入ったビーカーに音波を浴びせ、液体が振動し、かき混ぜられ、鏡のように静まるまでを観察した実験だ。魔術師の異名をとるデイヴは、このような実験をいつも好んでいた。音楽がウイスキーに及ぼす影響に注目したのは自然な流れだった。

このような試行錯誤から生まれたウイスキーが「ブラッケンド」なのである。バーボンやライウイスキーに加え、北米全土から調達したさまざまなウイスキーを厳選した。

「ひとつにマリイングして、黒いブランデーバレルに入れてフィニッシュするんだ」

出来上がったウイスキーのブラインドテイスティングを繰り返すうち、ブラッケンドのバッチ81とバッチ82を比較したテイスターの1人が味わいの違いに気付いたのだとデイヴは振り返る。

「まったく同じ原酒だったのに、一方はメタリカの別のプレイリストを聞かせたバッチだったんだ。プレイリストを変えるだけで、最終的な味に違いが出たんだよ」

「ブラッケンド」のバッチあたりの数量はわずか5,000本。それぞれのバッチに、メタリカの別々のプレイリストを聞かせながら熟成している。このプレイリストによる振動を「ブラックソニック」と呼び、プレイリストの詳細はメタリカの公式ウェブサイトに掲載されている。

 

クラシック音楽とスウィングジャズ

 

You Tubeビデオのウォッチャーとして知られるファン・ホルトンが、サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」のフィナーレを聴いて絶賛していた。通常はフルオーケストラで演奏されるクラシック音楽の傑作を、ジョナサン・スコット自身がアレンジしてオルガンソロで演奏したバージョンである。

「あまりの素晴らしさに打ちのめされ、自然に涙が溢れてきました。オーケストラ無しでこの曲を聴いたのは生まれて初めてですが、1本足のリバーダンサーよりも曲芸的です。これはヘビーメタルが生まれる以前のヘビーメタル。ぜひフルボリュームで聴いてください」

だが実際のところ、このような音楽がいったいウイスキーとどんな関係があるのだろうか?

ウイスキーと料理や、ウイスキーとシガーの組み合わせはわかりやすい。だがウイスキーと音楽の理想的な組み合わせとなると、いつも考え込んでしまう。こんな話をデイヴに向けると、音と味覚には関係があるのだと断言してくれた。

「目隠しをした人たちが料理を味わいながら、いろんな音を聴くというセミナーを開催したことがあるんだ。結果はとても面白いものになったよ。シガーとウイスキーのペアリングより、また違う次元の話だけど」

厳選したウイスキーを味わうときに音楽を聴くと、確かにはっきりと味覚の喜びを増してくれることがある。そのときの気分によっても左右されるが、瞑想的な時間を過ごしたいときにはリベラ(英国の少年合唱団バンド)が歌った「サンクトゥス」。感覚を総動員して一緒に味わってみたいたいのは、オリー・マリガン率いるグレートワゴンロード蒸溜所(ノースカロライナ州シャーロット)でつくっているソウルフルなアメリカンシングルモルトウイスキー「RUA」だ。

またメンデルスゾーンの「フィンガルの洞窟」なら、力強い15年熟成の「バルマハ」がいい。希少な270本限定の商品で、数年前にロッホローモンド蒸溜所で手に入れたものだ。

アイルランドの歌姫エンヤが歌う「オリノコ・フロウ」や、リベラのコーラス監督も務めるロバート・プライズマンの音楽もウイスキータイムに向いている。このような音楽には、H・クラーク蒸溜所の「テネシーライ」が気持ちを落ち着かせてくれそうだ。

 

最後の傑作「ブラッケンド」を味わう

 

メタリカがデイヴ・ピッカレルと共同でつくったウイスキー「ブラッケンド」をテイスティングしてみよう。ボトルはフェデックスで届いたが、ここノースカロライナ州に「ブラッケンド」のボトルが配達されるのは初めてのことだろう。コルクを抜き、グラスに注ぎ、ハニーゴールド色の液体をしばし眺める。

香りはどんなウイスキーにも似ていない。口に含むと、目が覚めるような風味。ゆっくりと味わいながら、「デイヴ、これはすごいよ」とウイスキーに語りかけていた。

まさしく巨大なモラー社のパイプオルガンを聴いているような感覚である。メタリカの「ウイスキー・イン・ザ・ジャー」を大音量で聴くような感覚にも近い。

メタリカとの共作は、アーティスト同士のこだわりから生まれた唯一無二の味わい。デイヴ・ピッカレルの功績は、今後もアメリカンウイスキーの品質の中に受け継がれていくだろう。

だが悲しいことに、この感想を聞いたデイヴ自身は何も答えてくれない。ふいにデイヴが大好きだったバイクの話を思い出した。爆音を轟かせて走りまくっていた若い日々を、笑いながら回想していたものだ。

「スピードを出すのが大好きだったんだ。田舎道を飛ぶように走っていた。時速220kmくらいで、風景が完全にぼやけていた。道路に落ちている小石をひとつ踏んだだけでお陀仏だと思いながら。あれをずっと続けていたら、今頃とっくに死んでいるだろうね」

デイヴは大好きな音楽についてもたくさん語ってくれた。

「どんなジャンルの音楽でも楽しめる。クラシック音楽、60年代のヒット曲、そしてロックまで。ただし演奏がしっかりしていることが条件だ」

目隠しをしたテイスティングで、アルコールが音楽鑑賞に及ぼす影響も研究していたデイヴ。音楽とウイスキーの関係は、私もずっと気にかけているテーマだ。最後にデイヴのファンを代表して、ラーズ・ウルリッヒ(メタリカ)の言葉を紹介しよう。

「デイヴは人生をとことん愛した男でした。私たちがデイヴにぞっこん惚れ込んだのは、彼が人生を本気で楽しんでいたからです。1年前、ウイスキーづくりに興味を持ってパートナーを探し始めました。知人から紹介されてデイヴに会った瞬間から、この人で間違いないと感じました。デイヴには、私たちと同じ精神が宿っていました。情熱、好奇心、独立心。メタリカが理想とするウイスキーづくりにぴったりのパートナーだとわかったのです。大好きなことに時間とエネルギーをたっぷり注ぎ込む度量があり、その熱意で周囲に大きな影響を与えてくれました。共に過ごせた時間は本当に短かいものでしたが、この感謝の気持ちを決して忘れることはないでしょう」