日本、米国、英国のクラフト蒸溜所に技法を学び、独自のスタイル確立を目指すヴェ・デ・ディ蒸溜所。ベトナム初のシングルモルトづくりは、もう始まっている。

文:ミリー・ミリケン

 

ヴェ・デ・ディ蒸溜所の設備は、1997年にマルクス・マデハが設立したソンティン蒸溜所の設備を引き継いだ。そのためウィスキー以外にも、数々の受賞歴がある各種蒸溜酒を製造できる。静かな裏通りの美しい緑に囲まれ、ハノイの風物詩といえるオートバイの喧騒からも逃れられる隠れ家的な雰囲気だ。

ウイスキー事業を立ち上げる前に、ローゼンは現実的な準備を始めた。まず目を向けたのは、日本のウイスキーづくりだったのだという。

「巡礼者になったような気持ちで、秩父蒸溜所を訪問しました。設備の大きさや品質へのこだわりに目を見張り、フレーバーや樽熟成についてここまで深く考えているのかと驚きました」

生産設備は中国の温州大宇科技社製。設計前には日本の秩父蒸溜所や静岡蒸溜所を訪ねてアドバイスを得た。

ローゼンは静岡蒸溜所にも足を運び、テキサスではバルコネス蒸溜所を創業したチップ・テイトにアドバイスを求めた。そのテイトからから紹介してもらったのが、ホワイトピーク蒸溜所の共同創業者マックス・ヴォーンだ。今でもヴォーンはたびたびチームの相談相手として頼りにされている。

もともとあった設備を受け継いだだけでなく、ローゼンは中国の温州大宇科技に新品のスチル2基を発注した。バーボン樽、アルマニャック樽、シェリーバットなどの多彩な樽も購入している。発酵槽は木製にしようかどうか検討したが、結局はステンレス製を選択した。高温多湿なベトナムの気候で、木製の容器はカビが発生しやすくなるためだ。

さらに興味深いのは、彼らが高額なマッシュフィルターを導入したことだ。これは糖化の際に使用され、ラウタータンのような働きをする濾過装置なのだとローゼンが解説する。

「マッシュフィルターを欲しがっていたのはチアです。導入を強く推していた理由はたくさんありますが、そのほとんどがビール醸造の経験から学んだものでした」

マッシュフィルターにこだわったチア自身が、当時を振り返って語る。

「醸造所で1年ほど働いた後、生産工程の効率化を真剣に考える機会がありました。マッシュフィルターを使用すると、100%に近い効率で穀物が糖化でき、しかもスピードアップできるのです。実際にいろいろ実験してみると、その効果ははっきりとわかりました。大麦以外の穀物からウイスキーをつくる際にも、マッシュフィルターは活躍します。例えばコーンは麦のようなハスク(殻)がないので通常の糖化装置では濾過しにくく、大麦も追加しなければいけません。でもマッシュフィルターを使えば、100%コーンウイスキーがつくれるんです」
 

ベトナムらしいウイスキーのスタイルを模索

 
ならばヴェ・デ・ディはどんなウイスキーを生み出そうとしているのだろうか。新しいスチルは、すぐにでも稼働できるように準備を進めているようだ。これから生産したいウイスキーのスタイルについて、チアは明確なビジョンを持っている。

「つくりたいのは、個性的なウイスキー。軽くて飲みやすいだけのウイスキーにはしたくありません。スピリッツの個性を強調して、ハノイの気候を感じさせるように、じっくりと熟成の期間を費やして反応を見たいと思っています」

このような理想を実現するため、チームは2回蒸溜、3段仕込み(発酵)、サワーマッシュなどの工程でウイスキーをつくる予定だ。

ベトナムでは大麦が栽培できないので輸入するしかない。だがコーンなら600種以上の在来種がベトナムにある。このコーン原料は、蒸溜所チームにとって重要なポイントになるだろう。ローゼンは次のように説明する。

「テロワールという考え方を重視しています。地元産のトウモロコシや酵母を使って、ユニークなスピリッツを製品できるのは強みになってくるでしょう」

コーンの他に、米やソバなどの穀物にも目を向ける可能性があるとローゼンはいう。特にソバはベトナム全土で栽培されている作物だ。

ベトナムでのウイスキーづくりには、もちろん課題もある。チアは現在その解決策に取り組んでいることろだ。

「暖かい気候は、発酵、熟成、樽出しまで工程をスピードアップしてくれます。発酵の3段仕込みとは、まずイングランド産のエール酵母をベースにして発酵工程を始め、ウイスキー酵母で未発酵の糖分を取り除き、最後に蒸溜所周辺から野生酵母を採取してくる手法です。私の研究室が設立されたら、植物に綿棒を差し込んだりして野生酵母を入手し、他では再現できない酵母株を分離する予定です」
 

先駆者としての展望

 
今年末にスピリッツの蒸溜が始まったら、次は蒸溜所ツアーや販促イベントのために蒸溜所を整備する予定も組まれている。エンジニアのブレンカーは、バーテンダー仲間のネットワークを駆使して人々を呼び寄せ、高速道路4号沿いの蒸溜所を盛り上げてくれることだろう。観光客たちの目的地となる未来もそう遠くはない。ブレンカーが語る。

「この蒸溜所が、ベトナムの素晴らしい名物であることを認識してもらいたいのです。ハノイを訪れるたびに、私たちの蒸溜所を訪れてほしい。ここは地元の観光客とつながるための素晴らしい場所。私たちがベトナムで素晴らしい製品を生産している事実を示すものです」

真新しい設備がパイプで結ばれ、いよいよスピリッツの生産が始まる。伝統の蒸溜技法に、最先端の知見も取り入れたベトナミーズウイスキーの完成が待ち遠しい。

ここでつくるウイスキーやジンは、伝統的なスタイルを厳格に踏襲するのではなく、もっと肩の力が抜けた親しみやすいものにしたい。それがブレンカーの願いでもある。

「これからジンとウイスキーの商品化について話し合います。どうすれば楽しくて面白い商品を発売できるのか、細部のアイデアを考えているこころです。ただ座って飲むだけのウイスキーのなら、わざわざ私たちがつくる必要もありませんから」

このような考えは、ヴェ・デ・ディのブランディングにも反映させるべきだとグエンは考えている。ウイスキーの名称はまだ決まっていない。だが地元の人々にも、これまでにない観点から地元産の飲料に注目してもらうのが目的のひとつだという。

「私たちのブランドは、他のブランドにはないベトナムの都会的な側面を反映しているはず。ベトナム産ウイスキーを有名にするのは簡単な道のりではありませんが、ウイスキー市場は成長しているし、かつてないほど多くの人々がウィスキーを楽しむようになりました。ベトナム産の製品について、ベトナム人自身がある種の偏見を持っています。私たちはそんな偏見を乗り越えて、良質なブランディングとストーリーテリングを展開するつもり。人々の共感を勝ち取って、購入したりプレゼントしたりすることが誇りに思えるような親近感と創造性を両立させたいですね」

現状では、2022年の秋に樽を用意してテストを開始する予定だ。当面は生産の調整や初期問題への対応で忙しくなるだろう。話題作りのためにニューメイクスピリッツをバーで販売したり、樽原酒の先行販売プログラムで早期からファンを獲得する案も検討されているようだ。早ければ3年後には最初のボトルが登場することになるだろう。

蒸溜所の操業は始まったばかりだ。チームの人々と同じくらい個性的なウイスキーができることを大いに期待しよう。