スペイサイドを象徴するバルヴェニー蒸溜所で、次期モルトマスターに任命されたのは20代の女性だった。見習い中のケルシー・マッケニーは、師匠デービッド・スチュワートからスコッチの未来を託されている。

文:ミリー・ミリケン

 

アプレンティス(弟子)という言葉は、最近あまり聞かなくなった。英国では企業家のアラン・シュガーが、その名も「アプレンティス」というリアリティ番組で自分の弟子を公募していたのを思い出す。またウォルト・ディズニーの『ファンタジア』(1940年)では、「魔法使いの弟子」という設定もあった。どちらの物語も、弟子(起業家志望者もミッキーマウスも)は過剰なプレッシャーに屈して、最終的に主人を失望させてしまう。

スコッチ王国のスペイサイドを代表するザ・バルヴェニーが、時期モルトマスターに指名したのは当時26歳の女性だった。だが首脳陣にとって、その決断は難しいものではなかったという。

そんなイメージとはかけ離れた現代の弟子が、ウイスキーの世界には実在する。ウィリアム・グラント&サンズがスペイサイドに所有するバルヴェニー蒸溜所で、見習いモルトマスターとして将来を担っているケルシー・マッケニーのことだ。

今から5年前の2018年、マッケニーは公式にデービッド・スチュワートの弟子となった。スチュワートは当時すでにスコッチウイスキー業界で最長のキャリアを誇るモルトマスターであり、一方のマッケニーはわずか26歳だった。ウイスキーづくりを担う重要な職責に、世界最年少の女性の一人として就任したことが話題となった。

たとえ確かな才能があっても、若者の肩には重い負担がかかる。しかしマッケニーは60年以上にわたるスチュワートの業界経験や、グレンフィディックのモルトマスターを務めるブライアン・キンズマンからのサポートにも恵まれているようだ。マッケニーの才能は、静かで謙虚な自信の中に垣間見られる。言葉を交わしているだけで、この歴史あるスペイサイドの蒸溜所から生み出される未来のウイスキーが安泰だと確信できるのだ。

エディンバラの有名なヘリオットワット大学で学び、ウイスキーの世界に入った当時のことをマッケニーは振り返る。

「ウィリアム・グラント&サンズに入社したのは2014年です。技術研究所に配属されて、研究所の環境と分析の仕事が大好きになりました」

そこでマッケニーは大学院に通いながらニューメイクの分析を続け、ウイスキーの製造に伴う複雑ながら素晴らしい現象について学びを深めていく。

「ノージングやテイスティングの機会がどんどん増えていって、その結果、ブライアンとデービッドにも出会ったんです」

スコッチが誇る2人のモルトマスターは、すぐ若きマッケニーの才能に気づいたに違いない。

「デービッドとは、最初からとても気が合いました。よくデービッドと意見の違いがあるか聞かれるのですが、そんなことは今まで一度もありません。考え方がとても良く似ているからだと思います」

スコッチで最長のキャリアを誇るモルトマスター。デービッド・スチュワートは、60年以上にわたるウイスキーづくりの知見を弟子に継承している最中だ。

マッケニーの日々は、研究所を中心に回っている。だが仕事の内容は多岐にわたり、退屈とは無縁のようだ。ニューメイクや熟成中の原酒をサンプリングし、理想的な状態の「パーフェクトな原酒」を特定する。社内で定められたシステムを使いながら、原酒の一貫性や透明性を常にチェックしている。

ザ・バルベニーの現行製品にも、マッケニーが香味の調整に関わったウイスキーはある。そのひとつが、スチュワートが監修しつつもマッケニーがみずから手がけた「スウィート・トースト・オブ・アメリカン・オーク」だ。このウイスキーはバーボン樽で12年間熟成させた原酒を、ケンタッキー州のケルビン・クーパレッジに特注したアメリカンオークの新樽で3カ月間後熟したもの。マッケニーにとっては、ニューメイクを分析する能力と、革新的な樽熟成の効果を発見する能力が同時に発揮できるチャンスだった。

「このような商品開発は、大好きな仕事です。ニューメイクのフレーバーにもバラエティはあるし、樽熟成されたフレーバーも本当に多彩。そんな中でも、真新しい樽や予想外の効果に出会うと嬉しくなります」
 

先人たちの努力を成就させ、次世代への種を蒔く

 
マッケニーは、2022年から未来のバルヴェニーを形作るプロジェクトにどっぷりと浸かっている。

「現在もたくさんの革新的な技術に取り組んでいて、興味が尽きることはありません。詳細は秘密なのでお知らせできませんが、いろんな実験を楽しんでいます。ニューメイクだけでも、さまざまな新しいフレーバーが生み出せます。モルト原酒の中にさまざまな香味要素を生じさせるため、どんな条件が必要なのかを確認できるのも素晴らしいことですね」

この仕事に就いたのは、ごく自然な流れだったとマッケニーは数年前の見習いモルトマスター任命を振り返る。

ウイスキーづくりの楽しさを伝えるのも自分の役割。そう語るケルシー・マッケニーは、偉大なモルトマスターへの階段を着実に上っている。

「当時の自分には、これが進むべき道だという確信がありませんでした。でも毎日のようにノージングを繰り返すことで、その感覚がどんどん成熟するのを実感できています。その一方で、弟子としての歩みはまだまだ序の口。デービッドの見習い期間は、11年間もあったそうですから」

ウイスキー業界には、さまざまなキャリアで活躍できる懐の深さがある。この多彩な可能性は、マッケニーにとって驚きだった。そしてこのような可能性をもっと人々に伝えなければならないという責任も自覚している。

スコッチウイスキーづくりの面白さは、マッケニーにとって「スコットランドのとっておきの秘密」だ。その魅力を発信するのも、自分や仲間たちを含むウイスキー業界全体の仕事だと思っている。

ケルシー・マッケニーにとって、ウイスキーについて学ぶことは新しい学国語を習得するような体験なのだという。流暢に話せるようになるまで、とことん練習を繰り返すのだ。訓練によって、ノージングは熟練できる。だが自分の潜在能力に気づいていない人は多いのだとマッケニーは言う。

「訓練も大事ですが、最近は現実的な課題にも取り組んでいます。ザ・ストーリーズのシリーズで発売する新作について、いくつかの検討を重ねているところ。今のところ動きの少ないシリーズですが、準備は着々と進んでいます」

マッケニーが手掛けている仕事のいくつかは、自分の後に続くさらに若い世代の人たちへの橋渡しだ。高品質のニューメイクは、未来のウイスキーづくりの始まりにもなる。

「この仕事でいちばん好きな部分が、前の世代から受け継いだスピリッツや樽熟成の香味をブレンドしていくこと。そして自分が今つくっているスピリッツも、次世代のブレンダーの手に渡る日を想像できることです」

まだまだ道のりは長い。それでもザ・バルヴェニーの徒弟制度には、きっとディズニー映画のように感動的なエンディングが待っている。