バーボン樽と世界のウイスキー【前半/全2回】
文:スザンナ・スカイバー・バートン
ケンタッキーやスコットランドの蒸溜所を訪ねてビジター用のツアーに参加すると、ガイドが好んで話してくれるバーボン樽の基礎知識がある。それはバーボンの熟成に、アメリカンオークの新樽が一度だけ使用できるという規制についての話だ。
つまりアメリカ国内で一度だけ使用された樽は、多くがバーボンの熟成用としては用済みになってしまう。その後はスコットランド、アイルランド、カナダ、日本などのウイスキーメーカーに売却されるのが一般的だ。
バーボンを生産する蒸溜所は、こうやって新樽を購入した資金の一部が回収できるし、他国のウイスキーメーカーはまだまだ豊かな香味を授けてくれるアメリカンオークの樽がリーズナブルな価格で安定的に手に入る。売り手と買い手の双方にとって、理想的な仕組みになっているのだ。
スコットランドの貯蔵庫にずらりと並んでいるファーストフィルのバーボン樽は、バニラ、キャラメル、ハチミツなどの香味をしっかりとスピリッツに付与してくれる。スコッチウイスキーの約90%が、バーボン樽で熟成されているのはご存じだろうか。酒屋の棚に並ぶほぼすべてのスコッチウイスキー銘柄は、紛れもなくバーボン樽から重要な恩恵を受けている。だがこの依存関係は、大きな問題に進展する危険も孕んでいる。
この約10年間にわたって、アメリカのウイスキー業界ではコスト削減を目的とした新しい技術が採用され始めている。それはウイスキーの熟成が済んで空になった樽に、数ガロンの水を入れて余分なスピリッツを洗い流すという手法だ。洗い流された液体にはアルコールが含まれており、これをボトリング前の加水に使用するとアルコールを無駄にしないという利点がある。
もちろんバーボンの蒸溜所にとっては合理的な手法であるが、再利用するスコッチウイスキーの蒸溜所には見過ごせない変化だ。水洗いしたバーボン樽は、これまで使用してきた通常のバーボン樽とは熟成効果が大きく異なってくる。このような予期せぬ違いが、スコッチウイスキーの香味戦略に大きな打撃を与える可能性もあるのだ。
使用後の洗浄で樽の熟成効果が激減
コンパスボックスの創業者兼ウィスキーメーカーを務めるジョン・グレイザーが、この異変に気づいたのは2013年のことだったという。
「期待していたファーストフィルのバーボン樽らしい効果が得られず、訝しく感じたんです。樽材から得られるはずの香味が、ほとんど感じられないほどでした。リフィルのホグスヘッドと似たりよったりの印象というか」
ほぼ同時期に同様の経験をしたのが、マッカランでも経験を積んだダヴァル・ガンディー(レイクス蒸溜所マスターブレンダー)だ。仲買人を通して調達したバーボン樽の一部から、シングルモルトの熟成に期待される香味プロフィールが得られていないことに気づいたのである。
その香味とは、ガンディーが「ハードキャンディーのような香味」と表現する要素だ。そこでガンディーは、通常のファーストフィルのバーボン樽と、水洗いしたファーストフィルのバーボン樽の2種類を用意して実験を開始した。
樽入れ後、1年半以上にわたって熟成の成果を記録すると、その違いは明確だったとガンディーは語る。
「甘さに違いがあり、バニリン(バニラ香)の獲得に違いがあり、着色にも違いがありました」
バーボンメーカーが編み出したウォーターソーキングと呼ばれる水洗いの工程は、買い手にとって不透明な部分が多い。樽を仲買人に販売する際、バーボン蒸溜所の多くは水洗いをしたかどうか明かしていない。そのため英国のウイスキーメーカーは、樽の素性をはっきりと把握しないままに熟成をおこなっていることも多いのだ。
それでもガンディーは、バーボンの蒸溜所に悪意があるとは考えていないという。
「バーボンメーカーの人たちは、単にその影響を理解していないのかもしれません。水洗いの工程が、その後のスコッチウイスキーの熟成を左右しているなんて思いも寄らないのでしょう」
バーボンの蒸溜所が重視しているのは、自分たちのウイスキーづくりに必要な条件のあれこれだ。用済みになった樽のことなど、深く考えていないのは当然のことでもある。樽の洗浄をおこなわないヘブンヒルでマスターディスティラーを務めるコナー・オドリスコルは次のように語る。
「水洗いによって、通常1樽あたり2プルーフガロンのウイスキーが得られます。樽に残存しているウイスキーをみすみす手放さずに済むので、これは効率的な方法なんです」
(つづく)