スコッチウイスキー蒸溜所のなかでも、見学可能な製麦施設を備えた数少ない蒸溜所のひとつ。グレンオードのビジター体験は学びの宝庫だ。

文:クリスティアン・シェリー

 

観光ルートの途中にあるグレンオード蒸溜所には、多彩なタイプのビジターがやってくる。ウイスキー初心者から愛好家まで、その期待や興味もまちまちだ。日曜日に開催している「サンデーセッションズ」というイベントは、パブのような雰囲気で盛り上がる。地元のミュージシャンやクリエーターにスポットを当て、ハイランドの文化を盛り上げるような出し物も多い。

モダンでありながらパブのように居心地がいい。グレンオードのビジター向け施設は、新しい世代のウイスキーファンのニーズにも合致している。

ビジターセンターの奥には、試飲スペースとプライベートエリアがある。見学者の希望に応じて、さまざまなツアーも用意されている。所要90分の蒸溜所ツアーで、フードペアリング体験を楽しむ人たち。さらには40分のガイド付きテイスティングが目的の人たち。あらゆるビジター向けのオプションが用意されている。

そしてグレンオードならではの目玉イベントが「シングルモルト・トゥ・カスク・エクスペリエンスだ。カスクドローとテイスティングの前に、モルティング(製麦)を見学できる蒸溜所は極めて珍しい。 オペレーション責任者のエイリー・ニールソンが説明する。

「グレンオードは、原料の大麦モルトを100%自社で製麦している数少ない蒸溜所のひとつです」

他のスコッチウイスキー蒸溜所は、大半が製麦業者から大麦モルトを購入している。グレンオードは、そんな蒸溜所に大麦モルトを販売もしている。ここではピーテッドモルトとノンピーテッドモルトの両方を製麦できるため、ブローラ、クライヌリッシュ、タリスカーなどスコットランド北部にあるディアジオ傘下の蒸溜所はみなグレンオードから原料の大麦モルトを取り寄せているのだとニールセンは言う。

「タリスカーの特徴であるスモーキーな風味の一部も、元々はここグレンオードで生み出されているんです」
 

グレンオードのモルティングを体験

 
大麦から大麦モルトを作る製麦工程は、まず大麦の穀粒に発芽を促すことから始まる。発芽が始まって「グリーンモルト」になると、芽の部分に含まれる酵素が利用できるようになる。これらの酵素が、糖化工程で穀物のデンプンを糖に変えるのに不可欠なのだ。そうやって引き出した糖分がなければ、発酵でアルコールを生成することは不可能だ。

シングルモルトスコッチウイスキーの生産で、製麦の工程は極めて重要である。なぜならここで生成される酵素は、後から追加したりできない成分だからだ。

ウイスキー蒸溜の歴史を遡ると、もともとは多くの蒸溜所が自前のフロアモルティングによる製麦を実践してきた。大麦を床一面に敷き詰め、手で水を撒き、時折シャベルで撹拌しながら発芽を促す。

グレンオードを訪れる理由のひとつは、蒸溜所内のモルティング施設と稼働状況を見学できることだ。ウイスキーが農業製品であることを印象付けてくれる貴重な体験だ。

だが現在では、自前でフロアモルティングができる蒸溜所は極めて少なく、みな大手の麦芽製造会社から購入する。グレンオードの製麦所は、ポートエレンの製麦所よりも若干規模が大きい。それでも業界全体から見れば決して大きいとは言えないのだとニールセンは言う。

モルトウイスキー愛好家なら、フロアモルティングを現場で体験してみたいと考える人も多いだろう。その光景、匂い、音は滅多に体験できないが、ウイスキー製造のロマンを感じさせる工程だ。ウイスキーは蒸溜所でつくられるが、その原料はモルティングや大麦農家にまで出自を遡っていける。

防護服とヘルメットを着用したグレンオードのツアー参加者は、大麦の穀粒(供給状況によって品種はまちまち)の配達からキルンでの製麦まで、製麦の全工程を見学できる。製麦施設の規模は巨大に感じられるが、大手のモルトスター(製麦業者)はこれよりもはるかに大規模な設備で大麦モルトを作っている。

製麦工程は、浸水タンクから始まる。ここで乾燥した大麦が水に浸され、穀物を再び目覚めさせるのだ。バッチごとに浸水の条件は変えているが、おおむね最長で48時間くらい大麦を水に浸す。伝統的な製麦では3回の浸水と乾燥を繰り返していたが、グレンオードではサステナビリティの観点から浸水を2回に減らしている。

ひとたび大麦が目覚めると、巨大なドラムに移されて4日間の発芽期間に入る。これは大麦が濡れた大地の上にあるという錯覚を起こし、発芽を促す期間である。ただ発芽すればいい訳でもなく、酵素がちょうどよいレベルまで得られた時点で植物の成長を止める。成長しすぎると、大麦に酵素を使い果たされてしまうからだ。製麦業者は新芽が穀粒の殻よりも長くなることを望まない。ドラムが24時間でゆっくり2回転し、成長した新芽同士が絡み合うのを防ぐ。新芽が発する熱を管理する役割もある。

適切に発芽した大麦は、加熱によって植物としての成長を止められる。その熱源がキルン(窯)なのだが、重要なのは燃料である。泥炭を燃やせば、スモーキーなフェノール風味が大麦モルトに備わる。クリーンな燃料を使えば、スモーキーな風味は付かない。丸一日かけて大麦の水分を約5%まで乾燥させたら、ウイスキーづくりの準備は完了だ。

ニールソンも承知しているように、この工程は膨大なエネルギーを消費する。そのためうまく熱エネルギーを交換して、サステナブルな生産工程を実践しなければならない。

「蒸溜工程で冷却水とした使用された水は温水となり、製麦設備に送られて麦芽を乾燥させる窯を温めます。そうやって熱を放出した水は再び蒸溜設備に戻されて、また蒸溜工程の液化を助けるのです。水を節約して二酸化炭素の放出も減らすため、さらなる製造工程の変更も計画中です」

グレンオードの製麦工程は、他の蒸溜所にない蒸溜所体験だ。ほとんどの蒸溜所では、ツアーが粉砕機から始まる。だがグレンオードはそのさらに前段階である製麦についても深く学べるのだ。ウイスキーファンなら、一度は訪ねてみる価値がある。