理想の大麦品種を求めて【前半/全2回】
文:イアン・ウィズニウスキ
大麦の品種には、いつも魅力的な名前が付けられているので感心する。たとえば「オプティック」は、あらゆる物事が見通せる先見の明という意味。また「ゴールデンプロミス」は、未来の素晴らしい成功を保証してくれそうなありがたいネーミングだ。
大麦品種の「ゴールデンプロミス」は、輝かしい歴史を持つ。かつて1960年代から1980年代にかけて、ウイスキー業界の頂点に君臨した定番品種だ。 そして2000年から2011年までは「オプティック」がトップに登り詰め、次いで「コンチェルト」と「ローリエト」が台頭して現在に至る。
その他の数多くの大麦品種は、登場してはいつしか姿を消し、やがて完全に忘れ去られるという運命を辿ってきた。先代品種を凌駕する新品種が、絶え間なく育種されている。大麦の品種改良は、永遠に変化し続ける競争の激しい分野なのである。
育種家たちは既存の大麦品種を交配させ、考え得る最高の品質を1つの新種にまとめたいと考えている。これにはもちろん多大な時間と資金が必要となる。農家、民間の製麦業者、スピリッツメーカーらの要求を満たすため、厳格な試験が繰り返される。このような試験プロセスが一通り完了するのには約10年もかかる。
「スコットグレイン・アグリカルチャー社(ベアーズモルト調達部門の子会社)で、大麦の新品種を担当するゲーリー・ミルズ(種子管理部長)は次のように語っている。
「新品種で重視するポイントのひとつは安定性です。交配しても突然変異を起こさないよう、遺伝的に安定している必要があるのです。有望な品種は、北半球でも南半球でも開発できます。ニュージーランドとチリにも、有名な育種家がいます。彼らと共同で年に2回収穫できると、試験のプロセスもスピードアップできるんです」
さまざまな条件下で試験を続け、適切な結果が得られたとしよう。その品種は国家品種リストに掲載され、最終的には英国農業園芸開発委員会の推奨品種リストに掲載される。そして新品種はようやく仮承認を受けるが、本承認の前にはさらなる試験が待っている。
農業園芸開発局のシニア作物生産システム科学者(穀物・油糧種子推奨リスト担当)を務めるポール・ゴスリングは説明する。
「推奨品種リストに登録されると、育種家は種子の販売を開始できます。登録は20年間有効なので、まだゴールデンプロミスもリストに掲載されていますよ」
この推奨品種リストを見れば、農家は1ヘクタール当たりの収量や、様々な病気に対する抵抗力などの重要なデータがわかる。そのような基本情報を把握した上で、自分が大麦を栽培する地域に最適な品種を選べるというわけだ。ゲーリー・ミルズが説明する。
「過去5年間のトップセラーはローリエトで、市場の約65~70%を占めています。それ以前は、コンチェルトがトップでした。栽培地によっても左右されますが、スコットランドにおけるローリエトの収量は、農家にとってコンチェルトより約10%増加しました」
コンチェルトは1ヘクタール当たり6トンだったが、ローリエトは良い年に6.5トン以上の収量が得られるとミルズは言う。
「これまでの収量を大幅に上回る数字で、みんながその成果に納得しました。ある品種から別の品種にステップアップする場合、普通ならこういう変化はもっと小さいものになるはずのです」
低身長化で荒天に対応
収穫量の最大化に向けた努力の成果は、様々な要因によって左右される。 たとえば病気に対する耐性も品種によって異なるし、 風に強くて倒れにくい性質も栽培地の気候によっては重要な特徴になる。
クリスプモルト社のセールス&マーケティング部長を務めるコリン・ジョンストンは説明する。
「シュヴァリエのような歴史ある品種は、肩の高さにまで育ったものです。でもそれに比べて、現代の品種は、腰の高さくらいまでしか成長しません。背の高い麦は風に飛ばされやすく、倒れたら立ち上がるのも難しくなります。だから麦穂が長すぎないほうが有利になるのです。コンチェルトやローリエトのような最近の品種は、背が短いので大麦を根本からしっかり安定させてくれます」
収量を増やすには、栽培期間を延ばす必要も出てくる。だがスコットランドでは、9月に入ると気候の影響で穀物の品質が悪化するリスクもあるのだとゲーリー・ミルズは語る。
「サッシーのような品種は収量が良く、ローリエトよりは少ないものの、収穫時期が早いのでスコットランド北部では非常に人気があります。 ローリエトの収穫時期はおおむね8月か9月で、場所によって異なっています」
スコットランドで、伝統的なフロアモルティングを実践している蒸溜所は非常に少なくなった(その一方で、一部の製麦業者がフロアモルティングで製麦した大麦モルトを提供しはじめている)。
業界全体としては、大麦の製麦といえば民間の製麦業者が中心だ。収穫された大麦の多くは、そのような製麦業者に持ち込まれて長い時間を過ごすことになる。コリン・ジョンストンが、製麦業者の視点から説明する。
「製麦業者にとって、発芽によって好ましい成果が得られるかどうかで大麦の品種に対する評価が変わります。発芽によって細胞構造を破壊しながら、デンプンを利用しやすいようにうまく変化させるのが製麦の本質です」
デンプンを糖に変換するため、糖化にちょうどいい量のαアミラーゼとβアミラーゼが欲しい。そのためには、それぞれの酵素をうまく発達させなければならない。
「ローリエトとサッシーは、同じような方法で発芽させると、同じような量の酵素を持つに至ります。このあたりの効率性はすでに高く洗練されています」
糖化工程(マッシング)は、糖分をアルコールに変換する工程だ。蒸溜酒の収量を最大化するため、発酵の準備を整える段階でもあるとジョンストンは説明する。
「20年前なら、大麦1トン当たり380リットルのアルコールを得られたら満足でした。でも今では、1トン当たり400リットル以上の収量が期待されています。現在のピークは415リットル前後でしょう」
(つづく)