小規模だからこそ、細かなニーズに応えられる。クラフト精神旺盛な製麦業社が、新しいウイスキーメーカーの革新を後押ししている。

文:ガヴィン・スミス

 

クラフティ・モルトスターズ社の製麦は、1回のバッチが大麦3.5トン分だ。これが高い品質を得るのに最適な量であり、製麦は急いではいけない。ほとんどの製麦工場では7日以内に作業を完了させるが、クラフティ・モルトスターズ社では1回通常8~9日のサイクルだ。一部の伝統品種を扱う場合は、さらに時間をかけることもある。

最大で年間130トンの麦芽を生産できるが、実際の総量はそれよりも少ない。ダンが一人ですべての製麦を手がけるため、物理的な制約があるのだ。播種と収穫の時期にはダンが畑仕事を優先するので、製麦工場は休業状態になる。

クラフティ・モルトスターズ社を経営するダン・ミルンとアリソン・ミルン夫妻。農家と製麦業者を兼ねるかつてない形態で、スコッチに新風を吹き込んでいる。メイン写真もアリソン・ミルン。©︎Lisa Ferguson Scotsman

敷地内で栽培から加工までがなされるウイスキー用麦芽は、大半が「デンパーストン・ディスティリング・モルト」の名で販売されているローリエト種だ。それだけではなく、クラフティ・モルトスターズ社は伝統品種も取り扱っている。ミルン家とジェームズ・ハットン研究所(アバディーンにある科学研究機関)は、クラフティ・モルトスターズ黎明期から重要な関係が築かれたのだとアリソンは言う。

「原産地と風味へのこだわりは、私たちにとって大きな原動力です。だからこそ、品種の選択が風味の鍵になります」

ジェームズ・ハットン研究所は、7つの伝統品種の選抜にも協力した。 その中から、オークニー産のベア種、スコットランド産のアナット種、スコットランド産のコモン種など、最も優れた品種を絞り込んだ。アリソンは説明する。

「でもここ12ヶ月ほどは、伝統品種の栽培をいったん止めています。伝統品種は効果的な混植が難しく、製麦も難しいのです。うまく育っても、製麦工程に難題があります。いくつかの品種を交配して、どうなるか試してみるつもりです」

早くから伝統品種の支援者だった蒸溜所に、トンプソン兄弟が経営するサザーランドのドーノック蒸溜所がある。アリソンは、革新的なウイスキーメーカーとの取引を楽しんでいる。

「ドーノックのような人たちと一緒に仕事をしていきたいと思っていました。単なる商売上の取引関係ではなく、蒸溜所がやっているプロジェクトのワクワクを感じたいと思っていますから」

大麦のほとんどは自分たちの農地で栽培したものだが、それ以外に持ち込みの大麦も製麦しているという。ここファイフにあるリンドーズアビー蒸溜所が、有機栽培の大麦10トンを製麦して欲しいと持ち込んできたこともあったとアリソンが明かす。

「近くのフォークランド有機農園で栽培された大麦でしたが、私たちが製麦してトラクターで届けました。他にもヘブリディーズ諸島のラッセイ蒸溜所と共同で、ボーダーズ産の大麦(サロメ種)を使ったプロジェクトにも参画しました。持ち込みの大麦からビールを造るプロジェクトも経験があります」

ドーノック蒸溜所とアードナムルッカン蒸溜所は、2021年に興味深いコラボレーションを実施した。クラフティ・モルトスターズ社が畑1面分の大麦(ローレイト種)を収穫し、製麦した後で半分に分ける。 麦芽は2つの蒸溜所に半分ずつ送られ、双方でニューメイクスピリッツが蒸溜された。それぞれスピリッツを取り出したところで2つのスピリッツをブレンドし、さまざまなタイプの樽に充填した。半分はアードナムルッカン、残りの半分はドーノックに戻され、ブリテン島の西岸と東岸で熟成がおこなわれたのだ。
 

製麦事業でファイフの名士に

 
アリソン・ミルンは、農業事業の経営パートナーやクラフティ・モルトスターズ社のディレクターとして多忙な日々を送っている。それだけでなく、飲食料品業界のサプライチェーンにおけるコンサルタントとしても活躍してきた。

さらにアリソンは「スコットランドの飲食料品業界の人々を育成し、支援し、支持する」ために設立された団体「スコットランド・フード・アンド・ドリンク」の理事を務めている。 さらに空き時間でスコットランド・ラグビー・ユニオンのカストディアンディレクターも務め、2020年にはスコットランド農村部と農業への貢献が認められてMBE勲章を受けた。

テロワールにこだわるウイスキーファンが増える中で、農場から大麦モルトの品質を管理できるクラフティ・モルトスター社は注目すべきオプションだ。©︎Lisa Ferguson Scotsman

ここまでの忙しい日々を振り返って、アリソンは言う。

「クラフティ・モルツスターズ社を設立しようと話し始めたとき、みんながそんなのは無理だと言いました。 大手の製麦業者と肩を並べることなどできないと言われたけれど、私たちはそもそも大手と競争したくなかったんです」

もちろんウイスキー業界には、大量の大麦モルトが必要だ。だがクラフティ・モルツスターズ社には製麦の全行程を観察する時間的な余裕があったのだとアリソンは言う。

「水分や窒素レベルなど、気候の観点からもモルトを理解しています。 土壌の健康は穀物に大きな影響を与えるのでとても重要。 私たちは小規模だからこそ機敏です。実績、風味、先進性の3要素は他にないものだと自負しています」

ファイフ郡は、ウイスキー蒸溜と製麦の長い歴史がある。その両方に携わってきた一族のひとつがボンスローン家だ。アレクサンダー・ボンスローンは1829年にオーチタームフティでストラスエデン蒸溜所を設立し、1924年まで操業を続けた。蒸溜所は1926年に閉鎖されたが、製麦設備は1970年代まで稼働していた。

アレクサンダー・ボンスローンの弟であるジョン・ボンスローンは、スコットランドで最初期の専門製麦業者とされている。オーチタームフティから東に約13kmのピットレッシーにプリーストフィールド・モルティングズ社を設立し、地元のビールメーカーとウイスキーメーカーに麦芽を供給した。 最終的にはディスティラーズ・カンパニーに買収され、その子会社スコティッシュ・モルト・ディスティラーズが1968年まで運営していた。

アリソン・ミルンとダン・ミルンは、クラフティ・モルトスターズ社の創設と発展によって、かつての製麦王国に事業を再興したことにもなる。スコットランド内外の目の肥えたビールメーカーやウイスキーメーカーにとって、産地にこだわった貴重な麦芽の新しい供給源となっているのだ。