ビールやチョコレートで有名な美食の国ベルギーで、新しいウイスキーづくりが始まっている。伝統に根ざした先進的な試みを追う2回シリーズ。

文:ジョセフ・フェラン

 

ベルギーは、疑いなく美食の国だ。カカオたっぷりのチョコレートは世界的に有名だし、修道士たちが醸造してきたベルギービールの品質も比類がない。ワッフルとポテトフライの美味しさは、訪ねたすべての人が称賛するだろう。小さな国土ながら、近隣諸国が羨むようなグルメの名声を確立している。

そんなベルギーも、ウイスキーの世界ではまだ伝統国を追いかける立場だ。それでもブルージュからアルロンまで、ベルギー各地で静かな革命が起こりつつある。小規模なベルギーのウイスキー蒸溜所は、みな「量より質」のアプローチを追求してきた。これはチョコレートやビールの分野にも共通するベルギー人ならではの気質といってもいいだろう。

ベルギーの小規模なウイスキー蒸溜所は、いずれも卓越した職人技と細部へのこだわりでニッチな市場を切り拓いている。一貫した標準的な品質よりも、バッチごとの最高品質を追求するのもベルギー人らしい生真面目さのあらわれだ。

ベルギーのウイスキー市場は、長きにわたってスコッチやアイリッシュなどの伝統国に席巻されてきた。だが国内の生産者が勢いを増すにつれ、独自のベルギーウイスキーもユニークな存在感を高めている。

ベルギーにはビールとスピリッツを製造してきた豊かな歴史がある。ラダーマッハー蒸溜所は1836年に設立され、新しいベルギーウイスキーの潮流を牽引する存在だ。メイン写真もラダーマッハー蒸溜所の外観。

この国のウイスキー産業を支えているのは、伝統に敬意を払いながらも率先して革新を取り入れる独自のバランス感覚だ。ビール醸造などの伝統を活用するだけでなく、新しい技術やアプローチで風味の可能性を開拓する。だからベルギーウイスキーには、既存の生産地にはない多くの特徴がある。

ラダーマッハー蒸溜所は、ベルギー最古の蒸溜所として知られている。ドイツ語圏のレーレン村で、農家のペーター・ラダーマッハーが1836年に設立した。その長い歴史から、ベルギーを代表するスピリッツ蒸溜所として名高い。もともとジンを中心に製造していたが、過去2世紀の間にリモンチェッロ、ウォッカ、ベルモット、チョコレート入りラム酒などのさまざまな蒸溜酒を製造するようになった。

そんなラダーマッハー蒸溜所は、プレミアムウイスキー「ランベルトゥス」シリーズの発売によってウイスキー愛好家たちの注目を集めた。ラダーマッハーのウイスキーづくりは、ベルギーで培われた200年に及ぶアルコール飲料の製造技術を駆使している。伝統のレシピに忠実でありながら、近代的な技術によって最高級の蒸溜酒を生み出しているのだ。

たとえばバーボン樽で熟成された「ランベルトゥス ピュアシングルモルト」は、まろやかなモルト香にフルーツと花のような香りが調和している。また後熟シリーズのひとつである「ランベルトゥス シェリーカスクフィニッシュ」は、香味のさらなる洗練を目指して樽熟成を重ねたシングルモルトだ。ファーストフィルのバーボン樽で4年間貯蔵した後、シェリー樽に移してさらに15ヶ月間の追熟を加える。滑らかでデリケートな仕上がりの中には、マルメロ、砂糖漬けのレーズン、フランベしたバナナ、トフィーなどのアロマがあり、キャラメル、モカ、ココアなどの風味も感じられる。

この「ランベルトゥス」シリーズは、過去の失われた時代にも想いを馳せている。「ランベルトゥス10年 シングルグレーンウイスキー」は、蒸溜所の創設者の一人であるランバート・ラダーマッハーへのオマージュ。フランスのリムーザン産オーク樽で、10年間熟成させた。スピリッツは小麦、ライ麦、麦芽のバランスが際立った香味が特徴である。さらにはスモーキーでシルキーな「ランベルトゥス ピーテッド シングルモルト」には、ウイスキーの歴史そのものへの追慕も込められている。

ラダーマッハー蒸溜所では、5代目当主のベルナール・ツァハリアスが6代目にあたる娘のリーネ・ツァハリアスを後継指名したばかりだ。

リーネはウイスキーづくりへの深い情熱を父から受け継ぎ、一族が長年培ってきた価値観を維持しようと努めている。当代での目標は、ベルギーを高品質なウイスキーの産地として世界に認めさせることだとリーネは語っている。

「ランベルトゥスのシリーズは、長年にわたる研究開発の成果であり、5世代にわたって受け継がれてきたノウハウの集大成。じっくりと時間をかけた香味の獲得を重要視しており、アロマ豊かなスピリッツと樽香のバランスに注力しています。時間の魔法によって得られたしなやかな熟成感を保つのが狙いです」

リーネいわく、ラダーマッハー蒸溜所ではスコッチウイスキーの模倣品をつくろうと考えたことはない。

「ベルギー版のスコッチウイスキーみたいなコピー品なら必要ありません。だからこそ大麦モルトだけでなく、有名なベルギービールの製造に使われる他の穀物も使用しているのです」
 

ビールとジュネヴァの製造をウイスキーに活用

 
ラダーマッハーと同様に、長い歴史のあるブレックマン蒸溜所を紹介しよう。百年以上も前の1918年からスピリッツを蒸溜し続け、伝統に寄り添いながら進取の気風でさまざまな革新技術も取り入れてきた。ベルギーにおける酒造の伝統を常に意識しながら、その誇りで未来を切り拓いている。

ベルギー国内におけるブレックマンの評価は、祖国のスピリッツを代表するような有名ブランドだ。当代のセバスチャン・ブレックマンは語る。

ジンの原型ともいわれるジュネヴァは、オランダやベルギーで17世紀から生産されてきたボタニカルフレーバーのスピリッツ。ブレックマン蒸溜所は、ビールとジュネヴァの伝統を独自の高品質なウイスキーづくりに活かしている。

「ベルギービールの伝統に加え、16世紀にまで遡るジュネヴァの蒸溜技術があります。このような伝統が、他にはないベルギーウイスキーの個性を際立たせてくれました。スピリッツの製造工程にはすでに膨大な知識があったので、独特の風味と特徴を備えたウイスキーが生まれたのです」

地元産のさまざまな穀物の使用し、ベルギーの気候条件に適応した製造技術を駆使する。ベルギーの蒸溜所のウイスキーづくりは、細部にまでベルギーらしさが宿っているのだとセバスチャン・ブレックマンは言う。

「ブレックマンのウイスキー製造には、連続式のカラムスチルと単式のポットスチルを併用しています。この生産体制によって、シングルモルトウイスキーとシングルグレーンウイスキーの両方を製造できるのがブレックマンの特徴。厳選された地元産の穀物、温度を管理した長時間の発酵、時間をかけて深い風味を生み出す蒸溜工程、高品質の樽熟成などを経て、望ましいアロマと風味を生み出しています」

ウイスキーづくりにおいては、未来に目を向けることが重要だとブレックマンは語る。常に数年先のことを考え、場合によっては何十年も先の計画を立てる。前向きな思考と実験精神を失わないように、蒸溜所が将来にわたって成功し続けられるようにするのがブレックマンの信条なのだ。

「将来的には、さまざまな新しい熟成樽や穀物原料の組み合わせで実験を進めていく予定です。熟成中の原酒も増え、樽内での年数も重ねてきました。これからもっと複雑な香味のウイスキーを味わっていただけることになるでしょう」

熟成やフィニッシュでの革新的な実験は、限定ボトルのリリースにつながるかもしれない。ビジターセンターの改装も終えたばかりで、製品とストーリーを消費者にわかりやすく紹介できるようになった。

「まずは地元ベルギーの人たちに私たちのウイスキーを知ってもらい、そこからウイスキーのストーリーを世界に広めていこうと考えています」
(つづく)