ビリー・ウォーカーの終わりなき挑戦【第2回/全3回】
シングルモルトのブームに先駆けて蒸溜所を再生した後、大切な3つのブランドを70代で喪失。第2部はウイスキー界を驚かせたグレンアラヒー復活の物語。
聞き手:ステファン・ヴァン・エイケン
写真:高北謙一郎
ベンリアック、グレンドロナック、グレングラッサという3つの蒸溜所をブラウン・フォーマンに売却。翌2017年にシーバス・ブラザーズからグレンアラヒー蒸溜所(貯蔵庫16軒分の原酒すべても含む)を購入してグレンアラヒー・ディスティラーズを設立しました。この買収劇の経緯を教えてください。
ペルノ・リカールとは非常に良い関係を築いており、英国側の最高経営責任者(MD)も信頼できる業界人だと知っていました。そんな背景もあったのですが、突然グレンアラヒーを買わないかという電話をいただいたときは驚きました。もちろん嬉しい驚きで、話はスムーズに進みました。
グレンアラヒーにはどんな魅力があったのでしょうか?
グレンアラヒーに惹かれた理由も、その前に所有していた3つの蒸溜所と似たような理由です。ウイスキー市場での知名度も高くなく、多くの消費者には知られざる存在として操業してきた蒸溜所であること。良くも悪くも、歴史がないという特徴がよかったのです。だからこそ、私たちにはグレンアラヒーの個性をこれから創り出せる自由がありました。もちろん、大変な作業にはなるのですが。
熟成中の原酒が、かなり豊富にあったこともポイントでした。おかげで比較的早期から市場に商品を投入でき、キャッシュフローの問題が軽減されました。もちろん2004年から2016年までに、ベンリアックをはじめとするさまざまなスタイルの蒸溜所で学んだことも活かされます。スピリッツ製造や樽熟成で、実際に役立てられる知識をたくさん蓄えていたのです。理想の状態にするまで、7年ほどかかるだろうと見込んでいました。実際に予想は正しく、ちょうど7年で現在の状態にたどり着きました。
グレンアラヒーの原酒ストックに不足はありましたか?
ありがたいことに、原酒の不足は特にありませんでした。でも別の問題がありました。生産規模が大きい割りに、残されている原酒の個性が希望通りではなかったのです。
私たちはシェリー樽熟成の原酒をたっぷりと使ったスタイルを志向しており、それにふさわしい原酒構成を目指していました。幸いにも状態の良いシェリー樽原酒はかなりの量を引き継げたのですが、これから目指すべきグレンアラヒーの個性を実現するためには、ストックの一部を別の樽に詰め直す計画も立てなければなりませんでした。
そんな原酒の再構成には、かなりの時間がかかりました。今ようやく形が見えてきたところです。理想とするウイスキーをつくれる体制になったことで、ひとまずは満足しています。
グレンアラヒー蒸溜所を引き継いだ後に、新しく蒸溜されたウイスキーについてうかがいます。熟成を経て理想の原酒とするため、スピリッツの特徴を変える必要があったのでは?
ご指摘の通り、スピリッツの特性は調整しました。ニューメイクのフレーバーをより力強く、口当たりをよりフルボディにしました。かなり香りが豊かな樽で熟成させる予定だったので、樽香に圧倒されない香味をスピリッツに授けなければなりませんでした。
具体的には、発酵を変えたということですか?
おっしゃる通りです。ここは大規模な蒸溜所で、年間400万リットルのスピリッツが生産できます。生産能力の25%程度で操業しながら、発酵時間を長めに変えていこうと計画を立てました。以前は56時間から62時間程度だった発酵時間を、120時間から160時間くらいに延ばしています。一次発酵は56時間から62時間で終了し、糖分からアルコールへの変換が完了します。その後、私たちはもろみを少し酸化させることで二次的な風味の向上を求めました。時間を延ばした分、空気と酸素が化学反応を引き起こし、樽詰めの後でも好ましい効果につながることを期待しています。
しっかりとした風味のニューメイクをつくるため、カットポイントも調整したのでしょうか?
その通りです。カットポイントを低くすることで、ニューメイクスピリッツのアルコール度数を上げようという意図でした。
買収後に蒸溜したスピリッツを使用したオフィシャル商品は、ピート香の効いた「ミークルトール」のみですね。「大いなる追求」を意味するそうですが、このピート香で何を追い求めているのでしょうか?
以前に所有していた施設で、果たせなかった夢を追い求めているのだと思います。ベンリアックでは、ピート香の効いたウイスキーをごく少量だけ発売しました。グレンドロナックではそれよりも多くピーティーなウイスキーを発売しましたが、ウイスキー市場で大々的に紹介できるほどの時間がなかったのです。最初の発想から、ボトリングに耐える十分な品質にまで達せられていませんでした。
ピート香のあるグレンアラヒーをつくりたいと思っていましたが、「グレンアラヒー ピーテッド」などと名付けたら人々を混乱させてしまいます。そこで「ミークルトール」と別のブランド名を付けることにしました。ピーテッドモルトの蒸溜は2018年から始めましたが、グレンアラヒー蒸溜所の歴史では初めてのことです。ピーテッドモルトのスピリッツは1年に2か月ほど生産されており、最大で全体の生産量の20%程度を占めます。
同じピートでも、アイラスタイルのピート香にはしたくありませんでした。アイラ島のピートには、ヨードのような独特の薬っぽさがあります。樹木がないアイラ島のピートは、ハーブや草や海藻が堆積して分解されたもの。それに対して、本土のピートは木が堆積したもので、より甘味が強く薬っぽさもありません。
ともあれグレンアラヒーで始めた新しい試みの成果が、「ミークルトール」に現れています。フェノール値もちょうどよく調整できました。ピートが泥炭地から製麦所へ運ばれる際には、ピートを十分に湿らせておきます。そうすることで、湿ったピートの匂いがたっぷりと大麦に吸収されるのです。
製麦業者には「大麦モルトのフェノール値を40~60ppm程度にしてほしい」と伝えています。蒸溜液中のフェノール値は、35ppm程度に抑えたいと考えています。ただし例外もあり、私たちが「ターボ」と呼んでいるピーテッド原酒のフェノール値は70ppm程度にまで上げています。そんな細かい計画を立てて、すべて予定通りに実行しているところです。
グレンアラヒーの樽熟成では、やはりシェリー樽が重要な役割を果たしているようですね。
もちろんです。ウイスキーの熟成において、原酒はかなりの期間にわたってシェリー樽で熟成されます。実際の工程としては、フレッシュなアメリカンバレルに約5年間熟成された後でシェリー樽に移します。このプロセスの有効性は、科学的に裏付けられています。
アメリカンバレルは、トーストとチャーで活性化されています。この樽から得られる風味は、ハチミツ、バニラ、バタースコッチなど。チャーを施すことで、シナモン、ナツメグ、クローブなどのスパイスの香味が加わります。まずはこの風味を再現したいのです。
シェリー樽は、トーストだけでチャーはしません。そのためアメリカンバレルよりもゆっくりと、異なった種類の風味を抽き出します。あらゆる可能性を検討し、可能な限り最も複雑な香味成分をウイスキーに取り入れたいと考えています。
シェリー樽に個人的な好みはありますか?
シェリー樽を使い始めた頃は、ペドロヒメネスが最大の効果を生み出してくれると信じていました。プルーン、チェリー、スパイスなど、英国風のクリスマスケーキのような香味を授けてくれるからです。
オロロソはダークチョコレート、モカコーヒー、イチジク、デーツ、レーズンなどの香りを抽き出してくれます。自分のウイスキーに求めるフレーバーの種類は理解しているつもりです。以前はややペドロヒメネスの方が好みでしたが、今はオロロソに非常に惚れ込んでいます。
ノンエイジ商品が一般的に発売されるようになってきたウイスキー市場で、グレンアラヒーは全商品で熟成年数を明記していますね。
年数表示は、ウイスキーのストーリーを語ってくれる重要な情報です。熟成年数を表示することによって、その時点での個性が正直に表現できると思っています。それぞれの熟成年数は、それまでウイスキーに起こった経緯を物語ってくれますから。
着色料やチルフィルターを使用しない方針にも、グレンアラヒーの明確な主張が現れていますね。
天然の色を表現し、香味を間引かないことで、より良い結果につながります。すべてを自然の状態にしておきたいのです。自然な色がいいし、冷却濾過もしたくありません。個性に表れた強みをしっかりと伝えるため、すべての商品をアルコール度数46%以上でボトリングしています。
この度数なら、ウイスキーの品質がしっかりと安定するのです。かなりの低温環境に晒されても、濁ったり沈殿物が発生したりすることはありません。そもそも濁りや沈殿物は香味に影響を与えません。外観上の問題を指摘されるかもしれませんが、とにかく冷却濾過はやりたくなかったのです。
ボトリング前にウイスキーの度数を下げる工程も、グレンアラヒーは少し変わっていますね。
ボトリング用の度数に近づける際に、直接スピリッツに水を加えません。あらかじめ必要な水の量を計算しておき、その水にスピリッツを加えるというやり方です。
水にスピリッツを加えると、スピリッツに衝撃が加わって、初めのうちは沈殿物や濁りが生じることがありますが、加えるスピリッツの量が増えていくと再び溶解し、すぐに安定します。ボトルに充填する際に、この方がより安定した状態にできるのです。
(つづく)
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