ボブ・ディランとヘブンズドアの歩み【前半/全2回】
文:文:ジョセフ・フェラン
大統領自由勲章、グラミー賞10回、ゴールデングローブ賞、アカデミー賞、ピュリッツァー賞、ノーベル文学賞。ボブ・ディランに与えられる次の名誉は、いったい何だろう。ひょっとしたら、それはウイスキー蒸溜所に対する高い評価かもしれない。
ボブ・ディランが1973年に発表した名曲『Knockin’ on Heaven’s Door(天国への扉)』にちなんで、ウイスキー「ヘブンズドア」が発売されたのは2018年のことだ。これはミュージシャンとしてのディランが、初めて本格的にウイスキーの世界に参入した記念すべき商品となった。
このコラボを実現させたのは、ウイスキーブランド「エンジェルズ・エンヴィー」の共同創設者マーク・ブシャラだ。長年ウイスキーを愛してきたボブ・ディランが、その音楽や詩の創造性を反映させるウイスキーづくりのパートナーとしてブシャラを選んだのである。
ディランとウイスキーは、そもそも相性がいい。ディランの音楽世界は、ダークウッドのカウンターを思い起こさせる。薄暗い照明が灯る田舎の酒場で、思慮深い男たちが静かに酒を飲んでいるようなイメージだ。
そしてディランの音楽は、多くの人々にとってアメリカそのものである。
牧歌的で、田園的で、日常を取り巻くあらゆる事物への賛辞。深遠ながら平易な歌詞は、哀愁を帯びながらも多くの人が共感する誠実さによって貫かれている。詩人だけが語れる真実への言及のよって、アメリカの美醜をありのままに表現しているのだ。
アメリカ最高のソングライターであるボブ・ディランにのめりこむほど、その音楽を創造する真摯な姿勢に心を打たれる。それはひたすらに至高の表現を追求するという欲求だ。中途半端な思いつきのために時間を費やしたりはしない。
ディランが新しいプロジェクトに参加するとき、そこには必ず新しい目的がある。ウイスキー「ヘブンズドア」も、そんな理念を証明する存在だ。ディランが音楽に注ぎ込むこだわりと芸術性が、同じレベルでウイスキーづくりにも生かされていなければならない。至高の芸術でなけば、ディランにとっては意味がないのだ。
ディランの知名度は利用しない
ディランと語り合いながら「ヘブンズドア」の仕事に取り掛かった時から、ブシャラはこのウイスキーが凡百のコラボ商品とは完全に異なるレベルのものになると悟っていた。そもそもディランが関与する以上、中途半端なものが許される訳もない。
もちろんディランの知名度を使えば、即時のPR効果でウイスキーは売れるだろう。膨大なファン層を利用できるのは明白なのに、その知名度に頼ってはいけない。ディランの知名度を抜きにしても、このウイスキーが自立できるくらいの高品質でなければならないとブシャラは自覚したのだ。
「そもそもディランは、『ヘブンズドア』がボブ・ディランのウイスキーだと認識されることを望んでいませんでした。ブランドの背後に隠された深いストーリーを消費者が自然に見いだせるように、できるかぎり控えめなアプローチを好んだのです。例えばボトルのデザインの要素には、農場やスクラップ置き場から集めたような金属細工があしらわれています。このようなデザインはテスト段階から重要な役割を果たし、視覚的に強い印象を放っていました」
ブランドを立ち上げた当初から、ブシャラのチームはボブ・ディラン自身が描いた絵画をブランドの前面に押し出してきた。
限定版のリリースに、ディランの絵画作品を採用したのは当然の流れだった。ヘブンズドアは、ウイスキーの製造工程、原産地、由来などに関連の高いディランの絵画を厳選し、陶器ボトルのデザインに採用している。
例えばボブ・ディランのレコードシリーズ「ヘブンズドア・ブートレッグ・シリーズ」は、ディランの名盤「ブートレッグ・シリーズ」にちなんで名付けられたもの。現在17回まで続いているシリーズだが、これにはミネソタ産のウィートバーボンウイスキーも含まれている。これはディランの故郷であるミネソタ州ダルースへのオマージュだ。
ボトルの美しさや個性的なデザインだけで、ウイスキーブランドの人気を広げるのには限界がある。ヘブンズドアは受賞歴を重ね、ウイスキー自体のファンベースを世界的に急成長させてきた。有名人が、宣伝と金儲けのために売り出したウイスキーではない。ディランが本物の品質を求め、ブシャラがそれに応えている何よりの証拠である。
(つづく)