ベンベキュラ蒸溜所と離島の夢【前半/全2回】
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文:ガヴィン・スミス
アイラ島をはじめとするスコットランド島嶼部のウイスキーは、シングルモルトの世界でも独自の魅力で世界的な注目を集めてきた。その中心地ともいえるヘブリディーズ諸島では、近年になって蒸溜所の開業が相次いでいる。その中でも、ひときわ魅力的な建築を完成させたのがベンベキュラ蒸溜所である。
蒸溜所なのに灯台を模した外観は型破りで、「蒸溜器のある灯台」というコンセプトも面白い。だが海や船と共に生きてきた小さな島の伝統を考えると、これ以上ないくらいに最適な建築デザインのような気もしてくる。かつて夜の海を照らした場所に、今は銅製のポットスチルが備え付けられているのだ。
ベンベキュラ蒸溜所は、アウター・ヘブリディーズ諸島のベンベキュラ島にある。具体的には島の北部に位置するグラムズデール町で、ベンベキュラ島とノースウイスト島を結ぶノースフォード・コーズウェイから入ってすぐのA865沿いに建っている。
ここから南に11kmほど行けば、サウスウイスト島に至るコーズウェイがある。コーズウェイとは、浅瀬の海にかかった陸橋のような道路のことだ。ベンベキュラ島はノースウイスト島とサウスウイスト島に挟まれており、これら3つの島は地図上でひとつの陸地のようにも見える。
ベンベキュラ島には空港があり、グラスゴーやインヴァネスから飛行機が往来している。またスカイ島のウイグとノースウイスト島のロッホマディの間には、カルマック社がフェリーを運航している。
ベンベキュラ蒸溜所の建築は、閉鎖されたサーモン加工工場を再利用したものだ。ガラス張りの増築部分が、近隣のモナーク諸島にある灯台を模したデザインになっている。この建築がモデルとした灯台は、スコットランドの著名な灯台建築家であるロバート・スティーブンソンによる設計だ。スティーブンソンの灯台は、多くがこの地域の印象的なランドマークでもある。
蒸溜所の建築プロジェクトを担当したオーガニック・アーキテクツの広報担当者は、建築デザインの意図を次のように説明してくれた。
「アウター・ヘブリディーズ諸島のベンベキュラ島で、島の突端に建つ蒸溜所です。この立地は、スピリッツを製造するのにも素晴らしい場所といえるでしょう。コーズウェイを車で走っていると、平らな島の風景の中に美しい灯台が立ち上がって見えます。灯台の中にポットスチルがあるというアイデアも印象的です。新しいブランドに、最初から強いイメージを授けてくれるような建築デザインでした」
この美しい風景は、ウイスキーファンたちの口コミで広がった。やがてウイスキーファンなら誰もが一度は訪れてみたい場所として語られるようになったのだという。
島のコミュニティと共に歩む
ベンベキュラ蒸溜所の建設を主導したのは、地元の小作農であり実業家でもあるアンガス・マクミラン。島の脆弱な経済を支援するため、人生の大半を費やしてきたような人物だ。ウェストミンチという名のサーモン養殖場を28年間にわたって経営し、その養殖場の主要な建物が蒸溜所の主要な設備に改装された。
マクミランは、これまで国際的にビジネスを展開するさまざまな民間企業でも要職を歴任している。そして2006年にはサウスウイスト島、エリスケイ島、ベンベキュラ島における画期的な土地買収を手掛け、買収を主導したストラス・ウイビスト社の取締役を務めてきた。同社の土地買収と事業創出によって地域の経済は安定し、雇用機会の増加にもつながっている。
スコットランドのハイランド地方と同様に、ヘブリディーズ諸島は18世紀から19世紀にかけて暗黒の歴史を経験してきた。何の落ち度もない借家人たちが、地主によって追い出される「クリアランス」が多くの場所で起こった。
ベンベキュラ島もクリアランスの記憶が残っている。そのためストラス・ウイビスト社が3万8040ヘクタールもの土地を買収し、地域社会で所有していくというアイデアは島民たちにも広く歓迎された。
ベンベキュラ蒸溜所のウイスキーづくりで重要な役割を果たすのが、アンガス・マクミランの保有する農地や周辺地域の畑だ。ここで栽培されるのはベア大麦だ。かなり古くから栽培されてきた六条大麦の品種で、ハイランド地方や島嶼部の痩せた土地で特に頼りにされてきた収穫量の少ない大麦として知られている。
この地の土壌は、海岸の海藻による栄養も含んでいる。そのため蒸溜されるスピリッツには、ミネラルと塩分が加わるのだとアンガス・マクミランは説明する。
「家族経営の農場とウイスキー蒸溜所の間には、農業をベースにしたつながりがあります。このような関係は、現代のスコッチウイスキー製造において極めて珍しいものになってしまいました」
(つづく)