スペイサイドの1年を振り返る【第1回/全3回】

文:マーク・ジェニングス
スコットランドの有名蒸溜所が密集するスペイサイドは、ウイスキー業界全体の成功と課題を映し出す鏡でもある。そしてこの業界にとって、過去1年は見通しの効かない変化の時期が続いた。
世界各国の市場は目まぐるしく変化し、グローバル経済での逆風も強まりつつある。スペイサイドを代表する蒸溜所たちは、新しい状況を前にさまざまな対策をとることとなった。生産規模の縮小や人員配置の変更などは、メーカーへの重圧を物語る変化だ。何世紀もの歴史を持つ蒸溜所でさえ、前例のない事態に対応を余儀なくされている。
ブラウンフォーマンは、グレングラッサ蒸溜所とベンリアック蒸溜所で「共有生産モデル」の導入を決めた。これもまた経営上の慎重な判断から生じたものであろう。リソースを最適化するための戦略的な措置だったが、それでも売上は予想を下回り、原酒の余剰も生じているようだ。業界全体が直面する厳しい現実を浮き彫りにする事例である。
このような混乱の時期でも、スペイサイドの蒸溜所たちは不変の強さを示してきた。スコットランドのシングルモルト蒸溜所がひしめきあう地域では、品質、革新、野心のあり方をあらためて提示する新しい動きが見られる。超長期熟成の限定品を発売した老舗ブランドもあれば、珍しい樽で追熟を始めたブランドもある。どれもがウイスキーの一大産地で個性的な立ち位置を確保するための施策だ。
スペイサイドは、未来に向かって歩み続けている。数々の著名な蒸溜所は、今でもスコットランドの卓越した職人技を象徴する存在だ。各社の慎重な姿勢が目立った年ではあったが、その適応力、革新性、伝統への敬意などは依然として際立っている。スペイサイドのウイスキーづくりは、苦難の中でも前に進んでいける底力を見せてくれた。
オルトモア
オルトモア蒸溜所は、数百万ポンドを投じた改修工事が一段落した。これは生産効率とサステナビリティの向上を目的とした2年がかりのプロジェクトである。蒸溜中の蒸気を回収して再利用することにより、エネルギーと水の消費量を削減する「サーマル・ベイパー・リコンプレッション」(TVR)の技術が導入された。将来的に水素燃料への乗り換えを見込んだ新設計のボイラーも導入し、排出される温室効果ガスの削減を目指している。この設備投資には、糖化室、蒸溜棟、ボイラー棟、循環式冷却塔などの刷新も織り込まれた。
こうした設備投資と並行して、オルトモアがリリースするウイスキーは業界内で引き続き高く評価された。バカルディのブレンディングディレクターであるステファニー・マクラウドは、このたびウイスキーマガジンのホール・オブ・フェイムに選出。オルトモアをはじめとするバカルディ傘下のモルトウイスキー生産が高く評価され、このたび晴れて殿堂入りを果たした。
バルヴェニー
昨年のバルヴェニーは、いくつかの注目すべき商品を発売した。希少な熟成年数のウイスキーと革新的な樽熟成によって、ポートフォリオの魅力を拡大している。
最も重要なリリースのひとつは、50年にわたるウイスキー製造を記念した3部構成のシリーズ「フィフティコレクション」である。ファーストエディションは、ヨーロピアンオークのリフィル樽(シェリーバット)で1973年から熟成してきたウイスキーだ。この第1弾が2024年8月に発売され、さらに2本の樽から特別なウイスキー(樽入れは1973年と1974年)が登場する予定である。このシリーズはバルヴェニー蒸溜所が得意とする長期熟成ウイスキーの系譜を受け継いでいる。
そして新たに登場したのが、「キュリオスカスクコレクション」だ。モルトマスターのケルシー・マッケニーと貯蔵庫サンプルコーディネーターのジョージ・パターソンが、シングルカスクウイスキー4種類を厳選して数量限定で発売した。
このコレクションでは、貯蔵庫で発見された変わり種の熟成樽が紹介されている。具体的には11年熟成のハンガリー産赤ワイン樽原酒、14年熟成のアメリカンバーボンバレル原酒、17年熟成のスパニッシュオーク新樽原酒、18年熟成のフランス産ピノー樽原酒という顔ぶれである。これらのウイスキーは、バルヴェニーのスピリッツに多様なカスクの影響を加えた複雑な香味が印象的だ。第1弾の11年熟成は、世界的な免税店のみの限定商品としてで発売された。
さらに発売された「バルヴェニー 12年 ゴールデンカスク」は、カリビアンラム樽で熟成させ、伝統的なオーク樽でフィニッシュした免税店限定商品である。トロピカルな感触とスペイサイドらしい香味の対比を鮮やかに示したウイスキーだ。
このような限定商品の発売だけでなく、バルヴェニーのコアレンジとなる定番の商品群も引き続き高く評価されている。
カードゥ
創業200周年を記念して、カードゥ蒸溜所では限定版の記念ボトルを発売した。これはカードゥとして初めて赤ワイン樽のみでフルタイム熟成したウイスキーである。ディアジオのウイスキー専門家とカードゥ蒸溜所のチームが開発した商品で、赤いベリー系果実、シナモンのスパイス、ダークチョコレートなどの香味と、シルキーで温かみのある余韻が特徴である。
この節目となるアニバーサリーに、蒸溜所では特別な国際女性デーのイベントが開催された。記念ボトル(12年熟成)のガイド付きテイスティング、カードゥ蒸溜所の創設に関わった女性たちを紹介するパネルディスカッション、ウイスキーを使用したカクテルのマスタークラス、ライブ音楽などが披露されるイベントとなった。
この記念ボトルの発売について、ウイスキー専門家のイヴ・マーフィーは次のように述べた。
「カードゥ蒸溜所のチームは、創業チームのヘレンとエリザベスが2世紀前に示した素晴らしい模範を体現するボトルを創り出すために努力を重ねてきました。限界を恐れず、カードゥの歴史を築き、今なお重要な役割を果たしている女性たちが、再び特別な成果を達成できたと自負しています」
(つづく)