ジリアン・マクドナルドとビル・ラムズデン【前半/全2回】

文:ピーター・ランスコム
昔から「憧れの人には会わない方がいい」という警句がある。 だがハリソン・フォードと対面したばかりのジリアン・マクドナルドは、そんな古い諺など意に介さずといったところだ。
「映画界でも大好きな俳優の一人に会えるなんて、本当に最高の体験でしたよ。私は80年代に青春時代を過ごしたので、スター・ウォーズのハン・ソロじゃなくてインディ・ジョーンズのシリーズを観て育った世代なんです」
ジリアン・マクドナルドは、グレンモーレンジィとアードベッグのマスターブレンダー兼ウイスキー開発部長だ。名匠ビル・ラムズデンの跡を継ぎ、スコッチを代表する人気銘柄のマスターブレンダーを2022年に拝命した。着任して数年のマクドナルドが、グレンモーレンジィのプロモーションという形で世界的な名優をホストとして迎えることになったのだ。
スコットランドのハイランド地方に降り立ったハリソン・フォードは、インバネスから北に45分ほどの距離にあるテインを訪れた。ここはグレンモーレンジィ蒸溜所の本拠地であり、スコットランドを舞台にしたテレビシリーズ『The Traitors』のロケ地としても有名なアードロス城もある。
名優がテインにやってきたのは、グレンモーレンジィの広告シリーズを撮影するためだ。コマーシャルのあらすじは、気難しい老俳優を演じるハリソン・フォードが、脚本どおりに演じることを拒否する場面から始まる。だがウイスキーを一口飲んで、脚本のアイデアに賛成するというストーリーだ。
ジリアン・マクドナルドは、撮影に立ち会った時間を振り返って語る。
「撮影が始まる前から、ハリソンはウイスキー製造に関わるすべての人々に会いにいきたいと希望を伝えてきました。、蒸溜所のオペレーターたちと一緒に撮影する前から、彼らのことを少しでも知っておきたいと考えたのです。ウイスキーの製造工程やウイスキー全般に興味を持ち、働く人のことを心から大切に考えていました」
ジリアン・マクドナルドにマスターブレンダーの座を譲ったビル・ラムズデンは、現在グレンモーレンジィとアードベッグのマスターディスティラー、蒸溜ディレクター、ウイスキー製造、原酒管理を担当している。このウイスキー界の名匠も、名優のハリソン・フォードのふるまいに感動した一人だ。
「まさに最高の演出でしたよ。ハリソンは、撮影前からシングルモルトスコッチウイスキーとグレンモーレンジィの愛好家だったのです。間違いなく世界で最も有名な俳優の一人なのに、とても謙虚で魅力的な方でした」
ジム・スワンの直弟子として出発
ジリアン・マクドナルドは、ウイスキー業界で25年にわたるキャリアがある。映画界のスターだけでなく、これまでウイスキー業界の大物たちとも肩を並べてきた。グレンモーレンジィでラムスデンに師事する前は、高品質なウイスキー製造の大家である故ジム・スワンからも薫陶を受けた。ウェールズのブレコンビーコンズでペンダーリン蒸溜所の立ち上げを手伝い、製造現場を指揮したスワンのもとでさまざまな知見を学んだのだ。
ジリアン・マクドナルドはカーディフ大学で化学を専攻し、10週間の見習い期間を経てペンダーリン蒸溜所に入社した。スワンとの思い出を振り返って語る。
「ジムは本当にかけがえのない人です。素晴らしい紳士で、思いやりがあり、誰にでも分け隔てなく接してくれる人でした。私にとっては第2の父親みたいな存在で、多くのことを学びました。ウイスキーの香味について、私の深い関心を引き出してくれた恩人です」
ジム・スワンとの仕事をきっかけに、さらなる道が開けた。ビル・ラムズデンが、ジリアン・マクドナルドとの出会いを思い出して語る。
「あるとき、私のチームに新しい科学者とブレンダーを採用する必要が生じました。それで親しかったジムに誰かいい人はいないかと聞いてみたんです。ジムが推薦してくれたのが、いまここにいらっしゃる女性です。ジムからの推薦に間違いなどありえません。即決で採用しました」
ジリアン・マクドナルドは、2012年にペンダーリンからグレンモーレンジィに移籍し、当初は品質の分析やウイスキー製造部長として勤務した。そして10年後の2022年に、マスターブレンダー兼ウイスキー製造部長に任命されたのである。
ジリアン・マクドナルドは現在もペンダーリンの株主であり、スウォンジーの工場で2024年に発生した生産休止などの状況も把握している。また蒸溜所長のローラ・デイヴィスが、クリスマス前にインバークライドのスタートアップ企業であるアードゴーワンに移籍したことも喜んで教えてくれた。
第2の師であるビル・ラムズデンとの出会いについて、マクドナルドが振り返る。
「ビルとはとても気が合ったので、ウイスキー製造の実験的な側面にワクワクしていました。もう一つの魅力は、まったく対照的な2種類のウイスキーに関われること。ピートの効いたウイスキーは扱ったことがありませんでしたから」
ビル・ラムズデンが口をはさむ。
「それほど魅力的な仕事だったから、僕のように鼻持ちならない人間でも我慢できたんじゃない?」
マクドナルドとラムズデンの会話には笑いが絶えない。この2人は明らかに息の合ったチームだ。実際の仕事は、どんなバランスで分担されているのだろうか。ビル・ラムズデンがすぐに冗談を飛ばす。
「その話題については、私が席を外したほうが話しやすかもしれませんね(笑)。過去には、一人がアードベッグ、もう一人がグレンモーレンジィを担当するということを考えたこともありました。でも2人ともこの会社全体に関心を持っているので、結局それでは面白くないだろうということになったのです」
ジリアン・マクドナルドの同意して答える。
「入社した時から、ずっと両方のブランドに関わってきました。コアな商品ラインナップも、限定発売の特別ボトルもすべて担当してきましたから」
(つづく)