ジリアン・マクドナルドとビル・ラムズデン【後半/全2回】

文:ピーター・ランスコム
グレンモーレンジィのチームは少数精鋭で、メンバーは5〜6人しかいない。だが社内で香味を分析するチームからのサポートも得られる。グレンモーレンジィとアードベッグのマスターディスティラー、蒸溜ディレクター、ウイスキー製造、原酒管理を担当するビル・ラムズデンが、マスターブレンダー兼ウイスキー開発部長のジリアン・マクドナルドに問いかける。
「あなたが今やっている仕事は、規模が拡大したとはいえ入社当初とほとんど同じですよね。以前より対外的に発言する仕事が増えてきたと思いますけど」
こうした対外的な役割には、限定商品「物語シリーズ」の販売促進も含まれている。「アイスクリームの物語」を2024年秋に発売したとき、アイスクリームの特大メニューを手にするラムズデンとマクドナルドの写真が公開された(メイン写真)。この「アイスクリームの物語」は、トーストを施したバニリン含有量の高いオーク樽で追熟を加えたウイスキーである。
マクドナルドいわく、ラムズデンとは直感的に理解しあえる間柄である。一方のラムズデンも、「ずっと一緒に仕事をしてきたので、段取りを計画するための長時間ミーティングは必要ない」と言う。細かく話し合わなくても、お互いの考えを推測できるようになったのだ。だが2人はお互いからどのようなことを学んできたのだろうか。ビルが微笑みながら語りだす。

「ジリアンからは、締め切りに間に合わせるために規律正しく行動することを学びましたよ。ジリアンは私よりもずっと几帳面です。私は新しい実験が好きなので、いろいろスケジュール通りにいかない流動的な人間なんです。でも逆にジリアンは、僕から『悪徳警官』みたいな振る舞いを学んだんじゃないかな」
この冗談に2人はまた大笑いし、マクドナルドがあらたまって言う。
「ビルからは、物事をもっと派手に見せる方法を学びました。ストーリーを語るとき、そこに説得力を持たせる方法です」
ラムズデンの天才的なストーリーテリングは、最初の師である伝説のジェフ・パーマーから学んだのだという。パーマーは、エディンバラのヘリオットワット大学の博士課程で生化学の研究を指導してくれた教授の一人である。その姿を見ながら、ラムズデンは聴衆を惹きつける話術も身につけた。パーマーは、ラムズデンに話術を教えただけでなくウイスキー業界の人々も紹介してくれたのだという。
ラムズデンにとってもう一人の恩師が、ディスティラーズ・カンパニー・リミテッド(現ディアジオ)でラムズデンを指導したジム・ビバレッジだ。ラムズデンは、その後パーマーとビバレッジの足跡をたどり、同じように英国王の新年叙勲リストに名を連ね、大英帝国勲章(MBE)も受章している。
ビル・ラムズデンの軽妙な語り口は、蒸溜所から20分の距離にあるグレンモーレンジィハウスでゲストを楽しませている。このグレンモーレンジィハウスは、17世紀の農家を改装した蒸溜所ツアーの新名所だ。企業向けのおもてなしだけでなく、有料のゲストをもてなす会もここで催される。
この建物はグレンモーレンジィ蒸溜所が1987年に購入したもので、伝統的なツイードやタータンチェックの調度品が美しく飾られている。インテリアデザインを担当したラッセル・セイジは、ブラーマーズのファイフ・アームズ・ホテルやロンドンのゴリング・ホテルを手がけた人気デザイナーだ。このセイジの提案で、グレンモーレンジィハウスは2021年に派手なオレンジ色に塗り替えられた。
マクドナルドとラムスデンは、アイラ島にある「アードベッグハウス」でもゲストを迎える準備が整いつつある。グレンモーレンジィは2022年にポートエレンの旧アイラ・ホテルを買収し、今秋アードベッグの施設として再オープンする予定である。
新しい香味と革新を追求する2人の情熱は、2021年にグレンモーレンジィ蒸溜所の敷地内にオープンした「ザ・ライトハウス」に集約されている。これは高さ20メートルのガラス張り建築で、実験用の蒸溜室ではグレンモーレンジィ蒸溜所の象徴であるキリンのように首の長いポットスティルも再現された。本番さながらに蒸溜時の蒸気を還流させ、さまざまな実験をおこなうための施設である。
名匠の後継者と業界のメンターを兼任
近い将来に引退を考えているのかと問われ、ラムズデンは即座に否定する。だが正式な後継者がマクドナルドになるのかと尋ねると「それはあり得ない話ではない」と答える。
グレンモーレンジィは、ラムズデンの後継者について公言することを避けている。その理由は、マクドナルドの前にもラムズデンの後継者と目された人物がいたからだ。
その人物とは、ブレンダン・マキャロンである。ビル・ラムズデンの後継者として、3年間のリクルーティングを経て2014年にグレンモーレンジィのウイスキー原酒熟成管理部長となった。グレンモーレンジィでの将来を嘱望されていたが、2021年に退社してブナハーブン蒸溜所のオーナーであるディステルでマスターディスティラーを務めた。その後はコンサルタントとなり、最近ではベンベキュラ蒸溜所の立ち上げに関わっている。
ラムズデンはブレンダン・マキャロンとの関係について語ってくれた。
「ブレンダンは、今でも私を父親のように慕ってくれています。何かにつけて意見を求めてきますよ。つい2週間ほど前にも、夕食を一緒に食べたばかりです」
ブレンダン・マキャロンがグレンモーレンジィを去った理由について、ビル・ラムズデン自身は次のように推測している。
「ブレンダンは、私がすぐに引退することはないだろうと考え、ジリアンがチームに加わったこともあって、自活する道を選んだのだと思います。その結果、大きな成功を収めています。今でもよく会っていますよ。まあブレンダンがセルティックファンで僕がレンジャーズファンだから、ときどき議論が白熱しますけどね(笑)」
ジム・スワンやビル・ラムスデンといった名匠からウイスキー製造の技術を学んだジリアン・マクドナルドは、とっくに弟子の立場を抜け出して一人前のマスターとなった。現在はウイスキーメーカーや愛飲家の間でダイバーシティとインクルージョンを推進する役割も担っている。ドリンクジャーナリストのベッキー・パスキンが2018年に立ち上げた世界的なムーブメント「OurWhisky」を通じて、数十年にわたる業界での経験を発信しているのだ。
この運動は2022年に「OurWhisky財団」へと発展し、メンターシッププログラム「アントニア」の運営にもつながっている。マクドナルド自身もこのプログラムのメンターを務める一人だ。
昨年は「デミーター・コレクション」のオークションを通じてプロジェクトの資金を集め、そのために限定ボトルの「アードベッグ トゥエンティ」を1本だけ制作した。これは20年前にマクドナルドがアードベッグと出会うきっかけとなった「アードベッグ ウーガダール」と同じくオロロソシェリー樽とバーボン樽の原酒を組み合わせたウイスキーである。
業界内で後進の指導にあたるマクドナルドは、自分の役割にも満足しているようだ。
「今までに4人のメンターとなって相談に乗りました。今でも全員と連絡を取り合っています。ウイスキー業界のいろんな場所で、起こっていることを垣間見るのはとても興味深いものがあります。私自身も、若い人たちから多くのことを学んできました。リスクを恐れず、もっと積極的に行動しなければと刺激を受けています」