新しいウイスキー熟成【後半/全2回】

文:マーク・ジェニングス
ウイスキーの熟成において、最も実験的でかつ議論の多い技術のひとつに「ソニックエイジング」がある。低周波の音波を樽内に照射することで、ウイスキーが頻繁に振動して樽材との接触を活発にしようというものだ。このような相互作用でオーク由来の風味の抽出が加速され、伝統的な熟成よりも短期間で熟成が完了できるものと考えられている。
ソニックエイジングを試しているウイスキー蒸溜所はいくつかある。米国のロストスピリッツ蒸溜所は、光波と音波を用いて木材のリグニン分解を促進する。理論的には、数日で長期熟成の効果を再現する「リアクター熟成」のウイスキーによって注目を集めている。またニューヨークのタットヒルタウン・スピリッツ蒸溜所(「ハドソンウイスキー」を製造)も、貯蔵庫で音振動の影響を取り入れている。特定の周波数の音楽を樽に流し、スピリッツと樽材の相互作用を高める実験だ。
ソニックエイジングを採用している一部の蒸溜所には、有望な結果を示しているものがある。だがウイスキー業界では、さまざまな意見の分断があるのも事実だ。ソニックエイジングは、伝統的な樽熟成による深みと複雑さを本当に再現できるのか。それとも単に木香が強く、香味の統合が不足しているスピリッツを生み出しているだけなのか。
ウイスキーの熟成における現代的なアプローチに、「ウェイブステイブ樽」というものもある。日本語に訳すなら「波状板樽」だろうか。これはインディペンデント・ステイブ・カンパニー(ISC)という樽製造会社が、「スモールバッチコレクション」の一部として製造している新型の樽である。
ウェイブステイブ樽は、一枚ごとの樽板全面に加工を施し、表面に波状の凹凸を付与するという独自の樽板加工を経て製造される。この波形によってスピリッツに接触するオーク材の表面積が増加し、熟成に重要なタンニン、バニリン、リグニンなどの成分が早く抽出されるという理論があるのだ。樽板の加工は樽の組み立て前におこなわれ、蒸溜所の仕様に応じたトーストやチャーが施される。
ケンタッキー・バーボン・バレル・アイルランド(ISC の子会社)の営業部長兼社長を務めるマーク・クイックは、ISC がウェイブステイブ樽の効果を評価したデータについて次のように説明している。
「標準的な樽とウェイブステイブ樽に同じニューメイクスピリッツを充填し、同じ条件で熟成させました。その後、品質を検証するためにブラインドテイスティングをおこない、GCMS(ガスクロマトグラフィー質量分析)で成分も分析しました。その結果を比較することで、表面積の増加による効果を検証しています。ウェイブステイブ樽は、同じ熟成期間のスピリッツでもオーク材の抽出成分をより多く含有していることが確認されています」
ウェイブステイブ樽は、どんな蒸溜所でも使用できる。だがクイックが知る限り、まだウェイブステイブ樽で熟成されたスコッチウイスキーが発売された例はない。
木材との接触面積を増やすことで、より多くの成分を引き出して熟成を早める。この因果は理論上有効に思われるものの、一部のウイスキーメーカーが実践したところ、その効果が限定的だという指摘もある。アジテーター蒸溜所のヘッドディスティラーを務めるオスカー・ブルーノが、自身の経験を教えてくれた。
「ウェイブステイブ樽からは、本当に濃厚な風味を引き出せました。でも熟成原酒をテイスティングした際に、香味が最も華やかに際立っていたのは通常のアメリカンオーク樽。ウェイブステイブ樽は抽出成分の量がやや多すぎて、それがウイスキーとして優れた香味かといえば疑問が残ったんです」
この議論は、熟成加速の実験における重要な懸念点を浮き彫りにしている。つまり樽材との接触を増やすことで抽出は速まるかもしれないが、必ずしもバランスの取れた香味のウイスキーにつながるわけではないという指摘だ。タンニンなどのオーク材由来成分をあまりにも早く吸収しすぎると、スピリッツの風味をオーク材の香りが圧倒して調和が失われてしまうのである。
貯蔵環境を人工的に制御
ウイスキーの熟成環境は、熟成の進行に大きな影響を与える。スコットランド、アイルランド、日本といった伝統的なウイスキーの貯蔵庫は、おおむね涼しくて穏やかな環境なので熟成はゆっくり着実に進む。しかしケンタッキーやテキサスなど夏が極めて暑い地域では、一年を通して気温の変動も大きい。そのためウイスキーの熟成も早くなるのだ。
このような効果を再現するため、貯蔵庫内の気温を制御することで熟成を促進させようと考えている蒸溜所もある。室内の微気候とも呼ばれる気温と湿度を調整することで、スピリッツと樽材の相互作用を加速させるのだ。
ケンタッキーで熱サイクル方式を先駆けて採用したのが、有名なミクターズ蒸溜所だ。貯蔵庫内の温度を人工的に上下させることで、ウイスキーが樽内で膨張と収縮を頻繁に繰り返す。そうやって香味成分の抽出を促進し、香味プロフィールを加速的に変化させるのだ。
温度だけでなく、湿度の制御も熟成を操るツールとして注目されている。高湿度熟成を実験し、蒸発によるスピリッツの損失(いわゆる「天使の分け前」)を減らしつつ、ウイスキーと樽の化学反応の速度を調整している蒸溜所もある。
一部の生産者は、貯蔵庫内の空気の流れと酸素の供給についても研究している。換気システムを制御することで、酸化速度に影響を与えるようなアプローチだ。複雑さを損なうことなく、より予測可能な熟成プロセスを確立するのが目標となる。
貯蔵庫内の熱サイクルと微気候を制御することで、熟成にまつわる特定の側面を加速できる。だがその結果として得られるウイスキーの香味が、伝統的な熟成方法と同等の複雑さを備えているかどうかには疑問の声も上がっている。
ウイスキー業界の専門家の一部には、長い時間をかけてゆっくりと熟成させることで、酸化がより緩やかに進み、風味がより滑らかに融合すると主張する者がいる。その他方で、風味の進化に必要な化学反応が起こるのは樽内に違いないのだから、ウイスキーの最終的なプロフィールは伝統的な熟成と変わらないはずだという主張もある。
ウイスキーメーカーが新しい熟成技術を模索する中で、業界は革新と伝統の岐路に立っている。スコッチウイスキー協会などの規制機関がスコッチウイスキーの真正性を確保する一方で、スコットランド以外の生産者はテクノロジーがウイスキーに面白い刺激的な影響を与えることを証明しつつある。
だがウイスキーの品質は、依然として「時間」という概念と密接に結びついている。この要素を技術のみによって完全に置き換えることはできない。ダブリンのローアンドコー蒸溜所でヘッドディスティラーを務めるローラ・ヘミーは、このバランスについて次のように述べている。
「ウイスキーの価値を支える根本的な要素は時間であり、これは今後も変わることはないと思っています。でも長い時間がかかるウイスキー製造のプロセスを深く理解することで、新しいアプローチをうまく活用できる可能性もあるでしょう。ウイスキー製造は、常にその時代における技術や素材を反映して進化してきましたから」
大きな疑問は依然として残っている。新しい熟成方法のアプローチは、伝統的な熟成の効果をそのまま再現しながら時短したり、さらに熟成効果をさらに改善したりできるのか。
ウイスキー愛好家にとっては、エキサイティングな時代である。数百年にわたる伝統を守りながら、最先端の科学と共存させる道を見出さなければならない。これらのイノベーションがウイスキー製造を劇的に変えていくのか、それとも単なる実験的な例外として記憶されるのか。その答えは、時間と実際の香味だけが教えてくれるだずだ。