テロワールの実践【第1回/全3回】

文:ハリー・ブレナン
もともとワインの特性を説明するのに用いられたテロワールという概念は、かなり以前からウイスキーの世界にも浸透してきた。だがその定義については、まだ確固たるコンセンサスが得られていない。
テロワールに関する多くの議論は曖昧であり、「これからどうなるのか様子を見よう」という段階に留まっている。具体的な詳細を明らかにしようとする試みは、ほとんど見られていないといってもいいだろう。また「産地」「場所」「バイオリージョナリズム」「シングルファーム」「シングルエステート」など、テロワールに代わる概念や類似した用語も乱立している。

このような概念を実際のコミュニケーションで通用させるには、ウイスキー業界が公式な合意を形成する必要がある。テロワールとは、つまり何を意味するのか。そもそもウイスキーにとって有用な概念なのか。新しい概念に名前をつける際は、何らかの歪みが必ず生じるものだ。
ひょっとしたら、テロワール以外に相応しい別の言葉があるかもしれない。既存のアイデアを検証することで、テロワールの意味や有用性を明らかにする。ひとたび意味が明確化されれば、ウイスキー製造の各工程でどのように適用できるかも明らかになってくる。
スコッチウイスキー協会は、テロワールという語彙を公式な文書で一度も使っていない。だがスコットランドのウイスキー産地を「テロワール」と呼ぶ人はいる。このようなギャップは、理解できる範囲のものだ。また「シングルエステート」や「シングルファーム」は、ドイツのヒンリッヒセン蒸溜所のように極めてローカルな地元産穀物を強調する用語として登場した。テロワールと同様に、これらの用語もウイスキー関連の法律などで公式に保護されている訳ではない。
テロワールの牽引者に聞く
ウイスキーの文脈でテロワールを語るとき、よく引き合いに出される人物はマーク・レイニエだ。アイラ島でブルックラディ蒸溜所の再興を担い、現在はアイルランドでウォーターフォード蒸溜所の創設者としてウイスキーの「出自」にこだわっている。大麦の栽培地がウイスキーに与える影響を実証するため、多額の資金と労力を投じてきた先駆者だ。
レイニエにとって、テロワールの意義は穀物から始まって穀物で終わる。昨年(2024年)にパリで開催されたWhisky Live Parisで、本人にテロワールの定義について詳しく尋ねる機会があった。レイニエの説明は、気候、土壌、大麦に焦点を当てたものだった。
「たとえばアイラのテロワールは、感覚的な『アイラらしさ』のことでは決してありません。もっと生化学的に説明できるものなのです」
仕掛け人が同一なのだから当然だが、ブルックラディとウォーターフォードはテロワールについて同様の見解を示している。つまりテロワールとは「土壌、日光、気候などの自然要因」によって生み出される「その土地ならではの特徴」であり、モルトウイスキーの風味が何よりも大麦の風味に由来するとする主張だ。
この見解に従うと、大麦が収穫された時点でテロワールの仕事は終わりとなる。生産地よりも広範な地域性は「産地」の概念で取り扱われ、製造工程の地域的な特性も産地の概念に吸収される。ここでいう狭義のテロワールは、あくまで原材料のみに存在する概念だ。
レイニエによるテロワールの認識は、ワイン造りで用いられる概念に近いものだ。しかし同じテロワールという言葉を別の見解から用いている人もいる。フレンチアルプスの麓でウイスキーを製造するドメーヌ・デ・オート・グラスのフレデリック・レヴォルもWhisky Live Parisに出展していた。そこでレヴォルにもテロワールの定義について疑問をぶつけると、次のような答えが返ってきた。
「テロワールは、自然の力と時間による変化の総和によって表現されるものです。そのような自然の要素が、人間の知識と相互に作用することでテロワールはウイスキーを味わう人たちに伝わります」
レヴォルの説明を聞くと、最初は曖昧な印象を覚えるかもしれない。それでもウイスキーのテロワールが、作物だけでなく人間の作為や選択も反映すべきであるという主張は明確で具体的だ。
この考え方は、ある意味でデイヴ・ブルーム(ウイスキー評論家)の主張と一致しています。ブルームはウイスキー界における「テロワール」を「バイオリージョナリズム(生物地域主義)」や「プレイス(場所)」のような用語で言い換えるべきだと主張している。ブルームいわく、現在ウイスキー業界で語られている「テロワール」は、穀物の品種や個々の畑に焦点を当てすぎている。その点で「バイオリージョナリズム」なら、地元の文化や人的要因も包含できるという主張だ。
このような議論は、最終的に単一の用語に集約される必要がある。先行例である「シングルエステート」「シングルファーム」は、明確で自己説明的な用語だ。しかしその意味する範囲が限定的で、法的にも定義されていない。同様に「バイオリージョナリズム」や「プレイス」は、「テロワール」よりも明確な定義として使える可能性がある一方で、ボトルにどう表記するのかが問題となる。
たとえば「バイオリージョナルシングルモルト」というラベルは、具体的に何を意味するのだろうか。そして「プレイス」という概念は、一部のウイスキーが独占できるものでもない。つまり「プレイス」を語れるウイスキーと語れないウイスキーに、厳密な線を引くことは難しいのだ。差別化要因として、「プレイス」は中途半端な概念である。
(つづく)