テロワールを主張するには、どんな条件を守る必要があるのか。出自を最大の魅力にするための具体策を考える。

文:ハリー・ブレナン

 

単なる生産地の地名だけでは、ウイスキーの具体的な特徴を伝えることはできない。しかし「テロワール」という言葉も、単純な形容詞のようには機能しない。ウイスキーの味を数値や割合などで客観的に要約できないのと同様に、テロワールの実態も正確に定量化できないからだ。

独自のテロワールを表現するウイスキーが、そうではないウイスキーよりも美味しいとは限らない。この「テロワール」という言葉が、すぐにマーケティング資料で必須の用語となる可能性は低いだろう。

そしていくら生産者がテロワールの優位性を主張しても、ウイスキーの味はあくまで主観的なものだ。既存の人気ウイスキーブランドを思い起こしてみても、テロワールを一切考慮せずに美味しいウイスキーをつくることは十分に可能であるということはわかる。

テロワールの伝道師であるマーク・レイニエは、創業したウォーターフォード蒸溜所でもバイオダイナミック農法などを採用して土地との深い結び付きを強調している。メイン写真は、フレンチアルプスの麓でウイスキーを製造するフレデリック・レヴォル(ドメーヌ・デ・オート・グラス)と大麦畑。

それでも「テロワール」は、いずれウイスキーにとって有用な概念になる可能性があると信じている。ウイスキー製造は、生産地の環境や文化を反映している。その反映の詳細について評価する際には、客観的な事実について学ばなければならない。

ブルックラディ蒸溜所の再興とウォーターフォード蒸溜所の創設を通してテロワールを追求してきたマーク・レイニエは、産地ごとの穀物に含まれる化学的な要素にこだわっている。このこだわりは、ベッキー・パスキン(ウイスキー評論家)が提唱する「スピリッツの社会的テロワール」と組み合わせることもできる。これはゆるぎない原料の特性に、ウイスキーをつくる人々の影響をプラスした概念だ。

つまり大麦の収穫だけでなく、その後のすべての人的な判断も「社会的テロワール」に含まれることになる。そしてここでは、ワインとウイスキーの根本的な違いを考慮する必要もあるだろう。ウイスキーはワインよりも多くの作為と選択を必要とするため、ワインのように原料の特性をもっとも素朴な形で表現することが困難であるからだ。

地理的な条件と人為を包括するような定義として語れるならば、「テロワール」という言葉によってディスティラーが従うべき地理的な基準を明確に定められるようになるかもしれない。これは実質的に「生産地域」を「テロワール」と同義になるまで格上げすることも意味する。

ウイスキー愛好家に有用な情報を提供するには、それぞれのテロワールが一貫した風味の範囲を生産し続ける信頼性も必要だ(ただしバッチ間の合理的な差異は許容される)。この点を踏まえ、ウイスキー製造の工程でテロワールがどのように表現されるのか検討してみよう。
 

ジャーマンウイスキーが多種多様な理由

 
ジャーマンウイスキーにおける地域区分といえば、ざっくりとドイツを南北に分けた程度のあいまいなものだ。北ドイツの伝統的な蒸溜酒といえば穀物原料の「コルン」で、まずは中心的な原料である穀物の選択が重要だ。特定のテロワールに忠実なウイスキーを名乗るなら、その地域産の穀物を使用する必要がある。さまざまな解釈の余地はあるものの、「地元産」の穀物は土壌や気候条件が一定である地域から調達しなければならない。

ワインのテロワールと同様に、ウイスキー業界の関係者たちは、各テロワール(地域の定義)について正確な境界を設定する必要がある。また地域の指定テロワールに、どんな穀物を含められるのかも決めておかなければならない。

ウイスキー製造の場合、この穀物には大麦が含まれることが多くなる。さまざまな気候に適応し、風味が豊かで、強力な分解酵素を含む大麦は、「シングルモルト」というカテゴリーに代表される蒸溜所ごとの比較基準として最適だ。

だからといって、大麦を唯一の穀物として指定すべきではない。たとえばライ麦も、地元の食文化に長い歴史があり、最近ではフィンランドからカナダまで広くウイスキーの原料として使用されている。ライ麦は特定地域での栽培に適しているだけでなく、その地域特有の風味をウイスキーに与えてくれる。したがって、ライ麦もウイスキーのテロワールの一部であるべきだ。

ウォーターフォード蒸溜所に大麦を供給するアラン・ムーニー。原料を生産する農家もウイスキーのテロワールの中心にある。

同様の理由から、在来の穀物品種もテロワールに含めることができる。他地域で同じ品種を使用しても、産地によって味が異なることはある。たとえばグラレット・ドゥピック蒸溜所(ロレーヌ地方)で製造されるフレンチウイスキー「ロゼリュー」では、単一の畑で栽培した大麦が特有の香味を表現している。またその土地に伝わる古い品種を使用すれば、さらに生産地の特徴を引き立てることができる。

スコットランドの島々で、長い歴史を持つ古い大麦品種のひとつがベア種だ。酸性の土壌や夏の短い北国の風土にも適しており、ベア種を原料としたスピリッツは極めて滑らかで丸みのある甘さを備えている。このスピリッツの風味は、ブラインドテイスティングでもはっきりと識別できるものだ。

だからこのベア種をテロワールとして取り入れることは、蒸溜所の戦略としても理にかなっている。フランスのブルターニュ地方にあるメンヒル蒸溜所では、このアプローチがウイスキー「エデュー」で成果を上げている。このウイスキーは、伝統的なブルターニュの穀物である蕎麦から製造されるものだ。紛れもなく独特な風味で、まさにブルターニュらしい味わいが楽しめる。

地元産の穀物を調達できたら、蒸溜所は発酵を通じてテロワールをどのように維持するかを検討する必要がある。レイニエのアプローチは、酵母に重点を置いていない。レイニエは酵母によって生じる違いは、穀物によって生じる精緻な違いに比べてぼんやりした違いに過ぎないと表現している。

風味形成における酵母の役割は、長年にわたって軽視されてきた向きもある。だが現在ではドーノック蒸溜所やニッカウヰスキーなどで、個性的な酵母が香味の創出に活用されている。酵母文化が、地域によって大きく異なるのは事実だ。サワードゥを使うパン職人やランビックビールの専門家に聞けば、酵母の重要性がわかるだろう。

フランスのドメーヌ・デ・オート・グラスは、自社農場で培養した地元産の酵母を使用している。イタリアのワインスティラリーは、トスカーナの空気中に常在する酵母を自然発酵に使用している。どちらの蒸溜所もウォッシュを 1 週間以上発酵させ、その土地に根ざした乳酸菌によってさらに複雑な香りを生み出している。

このような発酵工程は、ウイスキーの製造工程にその土地特有の要素を加えてくれる。環境との相互作用は極めて重要だ。そのため発酵に要する時間も、テロワールの基準の一部として十分に考慮すべきであろう。

ウイスキーの原料を調達し、糖化から発酵まで完了した後に、ウイスキー製造においてもっとも人為的な工程のひとつである蒸溜がおこなわれる。もろみを数時間にわたって加熱することで、蒸溜後のスピリッツにどんな要素を残るのかを選択しなければならない。

そしてそのスピリッツは、さらに数年をかけて木樽の中で熟成することで最終製品となる。蒸溜の方法には多くの選択肢がある。直接加熱か、関節加熱か。加熱の度合いによる蒸溜速度はどの程度か。

テロワールを重視するウイスキーにとって、その名に相応しくない唯一の方法は連続蒸溜だ。コラム式スチルによる連続蒸溜は、テロワールを定義してくれるスピリッツの個性を過剰に除去し、生産地の特徴を表現できなくなる。
(つづく)