米国コロラドで花開くアイリッシュの伝統【後半/全2回】
![Patrick and Meagan Miller-photo credit Joni Schrantz[22] (1)](http://whiskymag.jp/wp-content/uploads/2025/07/Patrick-and-Meagan-Miller-photo-credit-Joni-Schrantz22-1.jpeg)
文:ジェイ・マッキニー
写真:ジョニ・シュランツ
アイルランド以外で、初めてシングルポットスチルウイスキーの製造に専念する蒸溜所。そんなタルヌア蒸溜所は、2019年に一般公開された。タルヌアという名前は、アイルランドのゲール語で「新しい大地」を意味する。
パトリック・ミラーとミーガン・ミラーの夫妻は、歴史的なアイルランドのスタイルを新しい土地に持ち込み、アメリカのテロワールを受け入れながらウイスキーをつくっている。しかもアイルランド本国が規定するシングルポットスチルウイスキーの技術文書に従っているのだという。妻のミーガンが、その理由について語ってくれた。
「アイルランドの規定に従っているのは、本国と同じ品質基準でつくりたいから。そしてシングルポットスチルウイスキーというスタイルをより多くの人に味わってもらいたいからです。このムーブメントは、世界中に広がり始めました。日本産のシングルポットスチル、カナダ産のシングルポットスチル、オーストラリア産のシングルポットスチルも登場しています。この新しいゲームに、私たちも参加したいと思っています」
本国でアイリッシュシングルポットスチルウイスキーを名乗るには、まずマッシュビルの細かな基準を満たさなければならない。大麦モルト30%以上、未製麦の大麦30%以上を使用し、その他に使用するオート麦、小麦、ライ麦などの原料はそれぞれ5%以下に抑えるというルールがある。
タルヌアのマッシュビルは、大麦モルト50%と未製麦の大麦50%を組み合わせた配合だ。パトリックによると、アイルランド本国のウイスキー業界では、現在の規制を変更しようという提案もなされているのだという。新ルールは大麦モルト30%以上、未製麦の大麦30%以上であるところまで同じだが、オート麦、小麦、ライ麦を30%まで使用できるようにする。いわゆる「30・30・30」と呼ばれるアイデアだ。
米国に拠点を置くタルヌア蒸溜所は、もちろんアイルランドの規則や規制に従う義務はない。それでも本国より早く新しいルールを先取りし、コロラド州産ライ麦30%とホワイトウィンター小麦30%を使用したシングルポットスチルウイスキー「ハイライ」を発売した。シングルバレルシリーズの一部として、ミラーズ夫妻はファンからの反応を楽しみにしている。
シングルポットスチルウイスキーには、もうひとつ重要なルールがある。それは大麦モルトと他の穀物を別々に蒸溜しなければならないという点だ。バーボンのようにすべての穀物を混ぜたマッシュビルから麦汁を得て発酵させるのではなく、シングルポットスチルウイスキーは大麦モルト原料のみの蒸溜液と他の穀物原料の蒸溜液を分けて発酵および蒸溜の工程を進める。
シングルポットスチルウイスキーという名の通り、このスタイルを貫くには必ず銅製のポットスチルでウォッシュを蒸溜しなければならない。ハイブリッドスチルのような設備で蒸溜されたウイスキーは、この条件を満たさないのだ。またほとんどの場合、シングルポットスチルウイスキーは3回蒸溜である。パトリックがその理由を語る。
「未製麦の大麦は、とても油分が多いので伝統的に3回蒸溜が採用されるんです。スコッチのような2回蒸溜では、とても土くさくて重たい蒸溜液になります。アイルランドでは3回目の蒸溜を加えることで、このオイリーな質感を大幅に軽減して、ウィスキーに心地よいベルベットのような口当たりを与えてきました。一部のニューメイクスピリッツに感じる刺々しさもやわらいで、まろやかな飲み心地になるのです」
アメリカンシングルポットスチルの新境地
シングルポットスチルウイスキーの面白さは、熟成に使用できる樽の幅広さにもある。オーク樽に限らず、木樽なら何でもいい。そのためウイスキーメーカーは、栗、アンブラナ、チェリーなどのエキゾチックな木材から熟成用の樽を組み上げることもできる。
木樽の自由は、独創性を発揮したいウイスキーメーカーの可能性を無限に広げてくれる。パトリックは、シングルポットスチルウイスキーの熟成にエキゾチックな木材を頻繁に使用している模範的なメーカーとして、ミドルトン蒸溜所のブランド「メソッド&マッドネス」を挙げている。
まだ創業から間もないタルヌア蒸溜所は、アメリカンホワイトオークがもたらす安定した美味しい風味にこだわっている。タルヌア蒸溜所のフラッグシップ商品は、ファーストフィルのアメリカンホワイトオーク樽にリチャーを施した樽で熟成されている。
しかしその一方で、タルヌア蒸溜所は「バーボンカスク&ステイブ」シリーズや「コンティニュアムカスク」シリーズなどで変わり種のフィニッシュを採用している。「コンティニュアムカスク」は、最低3年間にわたってホワイトオーク新樽で熟成させ、その後はソレラ方式の継ぎ足しによるコンティニュアムカスクの後熟工程を設けている。
またタルヌア蒸溜所の「ヘリテージセレクション」は、アイルランドのクーリー蒸溜所で蒸溜されたグレーンウイスキーをブレンドした唯一のウイスキーである。アイルランド本国の技術基準の厳格なシングルポットスチルウイスキーの仕様には準拠していない。
シングルポットスチルウイスキーを主力製品とするタルヌア蒸溜所だが、ミラー夫妻はジンにも誇りを持っている。これはウイスキーと同じような製造工程を辿るが、ギネス酵母の代わりにシャンパン酵母を使用するのが特徴だ。ジンの3回目の蒸溜ではジュニパーベリー、コリアンダー、カルダモン、アイルランド産のヒース、オリスルートをポットでスピリッツに24時間漬け込むマセラシオン工程を加え、その蒸気をレモンピールとオレンジピールを入れたバスケットに通してボタニカルの香味を仕上げる。
ミラー夫妻の真摯な姿勢によって、タルヌアはシングルポットスチルウイスキーの伝統復活をリードするブランドとして高く評価されるようになった。アイリッシュウイスキー業界がこの伝統的なスタイルを発明した立役者なら、タルヌア蒸溜所はそのアイルランドの伝統を踏襲しながら新しいアメリカンシングルポットスチルウイスキーを確立させた功労者だ。今後の目標について、パトリックは語る。
「私たち米国人は、ウイスキーといえばバーボンについて語りたがります。ほとんどの米国人にとって、ウイスキーの主流はバーボンかスコッチです。アイルランドならジェムソンくらいしか知らない人が一般的です。だからこそ、私たちがこのシングルポットスチルウイスキーの復興を担えるのは楽しいこと。米国のファンがウイスキーの知識を深めるほど、私たちのウイスキーに出会う確率も上がっていきます。そうやってゆっくりと見出される時を待つのも楽しいことです」