ユニークな細部へのこだわりが、真似のできない個性を生み出す。モファット蒸溜所は、クラフト蒸溜所の面白さをとことん体現した存在だ。

文:ガヴィン・スミス

 

糖化も発酵もユニークなモファット蒸溜所だが、真骨頂は蒸溜にある。発酵で仕上がったもろみは、メインの生産棟からスチール製の蒸溜室へとポンプで送られる。ここに置かれているのが、薪を燃料とする蒸溜器だ。この蒸溜器はウイスキーとジンのスピリッツ製造に使用されている。

蒸溜器はスチール製の物置に入れてある。独立した建物に隔離した理由は何だろう。ニックに尋ねると、そうすることで健康、安全、保険に関するあらゆる問題が解決するのだという。

「できるだけ環境に優しいスピリッツ製造を目指すため、燃料は石油やガスを使用しないようにしました。初溜器(ウォッシュスチル)は薪を炊いて熱源にします。そして可能な限り、この熱を再利用できるようにしています」

これから7年以内に、敷地内に柳を植林して管理できるようにしる計画だ。蒸溜所で使う木材を自給自足にするためだとニックは言う。

直火式なので、安全のために小さな蒸溜スペースを独立させている。もともとは大きめの蒸溜器を使用する予定だったが、スピリッツの香味に惚れ込んでさらなる追加導入を予定している。

「でも当面はある木工職人のピートとその息子さんから、地元の木工業で廃材になったラーチの端材を提供してもらいます。強風で倒れたアッシュやオークの木も有効活用されています」

ニックは従業員1人と共に、ウイスキー製造のほとんどの工程を担当している。

「薪の火力が毎回異なるので、それがバッチごとのスピリッツに個性を与えます。小さな蒸溜所が、薪でウイスキーをつくると必然的にこうなるんです」

直火焚きを採用することで、ウイスキーづくりはさらに労働集約的な作業になる。しかも高度な技術が必要だ。だが温度管理について尋ねると、ニックは「ただカマドの扉を開け閉めするだけですよ」と答えた。

この初溜器は「アメリア」と名付けられている。女性として初めて大西洋横断飛行を成し遂げたアメリア・イアハートにちなんだ愛称だ。

「アメリアは、私たちのパイロットスチルなんです。容量は小さく、一度の蒸溜で生産できるスピリッツは300リットル。蒸溜には約8時間をかけ、毎日50キロの薪が燃料として使用されます。

薪を使った直火式加熱は、風味にこそ特徴が現れるのだとニックは説明する。

「温度がやや低い釜の底のほうで、発酵しきれなかった糖分がカラメル化するんです。これによってポットエールに濃い色が付いて、ローワインにカラメル風味が持ち越されます」

この物置のような蒸溜棟には、アメリアの相棒もいる。「エイニット」(ゲール語で「小さな炎」の意味)と名付けられた蒸溜器は、アメリアと同様の構造だがジン用のスピリッツを蒸溜している。現在、世界で唯一の薪を燃料とするジン蒸溜器だと考えられている。

小さな蒸溜棟を離れ、メインの生産エリアに戻ろう。薪の火が燃えたぎるアメリアとエイニットから離れた安全な場所に、「レナ」と名付けられた再溜器がある。こちらはエリン・バラードの曽祖母にちなんだ愛称だ。人間のレナは、1892年に14 歳で母国ドイツから米国のオハイオ州シンシナティに移住した。蒸溜器のレナは「ベンマリー式」あるいは「湯煎式」とも呼ばれる原始的なポットスチルで、容量は200リットルだ。ワンバッチの蒸溜に6時間ほどかかる。
 

新しい家族経営のスタイル

 
これらの蒸溜設備は、すべてセルビアのDESというメーカーが供給している。このDESは、1960年代から薪を燃料にした蒸溜器メーカーの老舗だ。スコットランドのメーカーに断られたモファット蒸溜所のために、ニックたちが望んでいた蒸溜器を製造してくれたのだとニック・バラードは説明する。

「当初の計画では、容量1,850リットルの初溜器で1日1バレルの生産を目指す予定でした。でもアメリアで蒸溜したニューメイクスピリッツを試飲したところ、とても満足できる風味だったんです。だから同じサイズの蒸溜器を2基に増やし、将来的にはさらに倍増させていく予定です。現在の生産量は、週に1バレルちょっとのペース。小さな蒸溜器は、銅と液体の接触がとても多くなるのが気に入っています。今年中にさらに1基を追加する予定です」

高温の糖化工程と直火加熱の効果に加え、マッシュビルにチョコレートモルトも混ぜている。そのためニューメイクスピリッツには、キャラメルとバターを思わせる豊かな香りがある。

「とても繊細な香味のスピリッツです。最終的にはクリーム、キャラメル、モルト、フルーツ、チョコレートの風味を特徴とするシングルモルトを目指しています」

もともと温泉街だった風光明媚なモファットは、ウイスキー観光のビジターも引き寄せる。モファット蒸溜所は、家族経営ならではの面白さが満載だ。

ほとんどのニューメイクスピリッツは、ジャックダニエル蒸溜所から調達したアメリカンスタンダードバレル(ASB)に樽詰めされる。メインの生産棟の隣には、約100本の樽を保管できるダンネージ式の貯蔵庫があり、ここで蒸溜所の中心的な原酒が熟成されている。

ジャックダニエル以外では、テキサスのギャリソンブラザーズからもバーボン樽を仕入れている。そのシェリーバットにも試験的に樽入れされ、7~10年熟成のウイスキーとして製品化する可能性を模索中だ。

モファット蒸溜所は、「ARISE」と題したプログラムでウイスキーファンにアピールしている。このプログラムの参加者は、予算や興味に応じて多様なパッケージを選択できる。なかでも目玉は、6ヶ月ごとに20clのスピリッツがボトル入りで届けられるサービスだ。つまり法的にスコッチモルトウイスキーと名乗れる状態になるまで、熟成の過程をたどるようにスピリッツの変化が味わえる。

モファット蒸溜所のスピリッツを若々しい状態で味わいたい。そんな人々のためにも、「モファット ムーンシャイン」と名付けた商品を販売している。これは7ヶ月間だけオロロソシェリー樽で熟成させたシングルモルトスピリッツだ(熟成期間が短いのでウイスキーではない)。

蒸溜所以前から続けているブレンデッドモルトは「ローカルドラムズ」のブランド名で販売されている。ブレンド、ボトリング、ラベル貼りの全工程が現地でおこなわれるコンパクトな製造拠点だ。ニック・バラードは今後の予定も教えてくれた。

「当社のスピリッツは樽売りもしていますが、その数はごく限られているので、総計で100樽を超えることは決してありません。うまくいけば、モファットのシングルモルトは2028年から販売できるかも知れません。おそらく開業直後に蒸溜されたスピリッツをファーストフィルのバーボン樽で熟成したものです」

ビジターがもたらす収入も、蒸溜所の財政にとって大切な要素だ。多様なツアーオプションや体験プログラムが用意されている。カフェ、バー、ショップ、イベントスペースも備えたモファット蒸溜所は、地域住民との交流の場にもなっている。

家族経営で取り組むモファット蒸溜所のウイスキーづくりついて、ニックは次のように語ってくれた。

「ここは本当に素晴らしい場所で、子供を育てるのに最高の環境です。アメリカに住んでいた頃は、金銭的には余裕があっても家族との時間はほとんど皆無でした。出張が多く、2週間連続で不在のときもありましたから。財産はすべて蒸溜所に注ぎ込んだので、今はお金はありません。でも素晴らしい家族生活を送れています」