地元出身のプロフェッショナルを呼び戻し、理想的な体制でスピリッツの生産を開始した蒸溜所。カブラックの新しい歴史は始まったばかりだ。

文:ピーター・ランスコム
写真:ピーター・ジョリー

 

完成した蒸溜所の蒸溜室では、2基の銅製ポットスチル(単式蒸溜器)が柔らかな日差しを浴びて輝いている。そのスチルから、屋外にある蛇管式コンデンサーに蒸気が送り込まれて液化される。蒸溜室から見て建物の裏側にある一角では、木製の発酵槽が6槽並んでいる。隣にある小さなダンネージ式倉庫では、スピリッツの樽詰めがおこなわれている。

カブラックの年間生産量は、約15万リットルになると見込まれている。ダフタウンの巨人であるグレンリベット蒸溜所は2100万リットルなので、そのささやかな生産規模がわかるだろう。ウイスキーの香味を形作るのは、72時間から96時間に及ぶ長い発酵期間だ。そしてスピリッツを小型の樽で熟成することにより、ウイスキーの一部は5年ほどで熟成完了となる。最初に5年熟成の商品を発売してから、より熟成期間の長い商品をリリースする計画だ。

蒸溜所でとても印象的なのが、建物内部の明るさだ。発酵槽を収容するために屋根を高くしたことで、追加の窓を設置することができた。もう一つの先進性は、生産施設の設計を車椅子対応にしたこと。地面に溝を掘ることで設備の高さを調整し、誰でも日々の作業を楽にできるようにした。

蒸溜所の奥に隠れた蒸溜器は、「ザ・バック」と名付けられたガス直火式のポットスチルだ。カブラックで18世紀に密造酒の製造に使用されていたスタイルは、アイリッシュでもおなじみのシングルポットスチルウイスキーなのだという。以前はスコッチウイスキーの規制でシングルポットスチルが禁止されていたこともあったが、現在その規制は解かれている。

近所のインバーハロックの農場から、蒸溜所に大麦を供給するデレク・マクベイン(右)と妻のロレイン(左)。ウイスキーの原料をすべて地元産でまかなうため、近隣の農家と協同組合を結成した。©Peter Jolly

ウィンチェスターは、この地域の歴史と文化の継承に細心の注意を払いながら、古き良きウイスキーの味わいを本質的に再現しようと努めている。レシピにピーテッドモルトを少量だけ使用しているのは、そんな文化継承の一環だ。石炭、石油、ガスなどの熱源が存在しなかった時代、スペイサイドでは大麦の製麦にピート(泥炭)が使用されていた。バルヴェニー蒸溜所とベンリアック蒸溜所は、その歴史を尊重して現在もピートの香りがするウイスキーを製造している。

原料となる大麦は、過去3年間にわたって地元インバーハロックで栽培されたものを使用されている。当初は高収量が見込める春大麦のローリエト種を使用していたが、今シーズンから製麦業者に人気のあるファイアフォックス種に変更された。海抜300メートルのカブラックは、他地域よりも生育期間が短い。この気候風土にも、ファイアフォックス種は適しているのだという。

今年の春は例年よりも気温が高く、例年よりも1か月ほど早くから種まきができた。カブラック・トラストがこの土地を購入してから、インバーハロックで農業を営むデレク・マクベインが大麦を蒸溜所に供給してくれる。今年はインバーハロックにある20エーカーの農場から、約40トンの大麦が届けられた。

この他に100トンほどの大麦が、近くのライニー村から供給されている。マクベインは他の何軒かの農家と一緒に地元の協同組合を結成し、蒸溜所の需要をすべてカバーできるだけの大麦を供給しようと頑張っている。

地元産の大麦を使用していることについて、ジョナサン・クリスティ(カブラック・トラスト最高経営責任者)が誇らしげに語っていた。

「蒸溜所のすぐそばで原料の大麦を栽培している蒸溜所が、スコットランドで何軒あるでしょうか。あそこに見えるのが大麦畑です。この蒸溜所から石を投げたら、届きそうなほど近いですよね」

クリスティは堂々たる長身の体躯で、スポーツ科学の学位を持っている。思い切り石を投げたら、本当に畑に届くかもしれない。
 

小さな蒸溜所は地域の希望

 
暖かい春の日には、カブラックに雪が積もる様子など想像もできない。だが冬の気候は厳しく、道路がしばしば通行止めになる。昨年2024年の10月25日に蒸溜器で最初のスピリッツを蒸溜した後、カブラック蒸溜所が最初の冬を乗り切ったことをクリスティは喜んでいる。

「蒸溜所で最初の蒸溜を見届けられたのは、生涯忘れられない体験でした」

そう語るのは、カブラックのヘッドディスティラーを務めるユアン・クリスティだ。ジョナサン・クリスティと同じ苗字だが、2人に姻戚関係はない。ユアンはトンプソン兄弟が運営するドーノッホ蒸溜所で働いた後、ここでやりがいのある職を得たのだという。

農家のマーティン・シードは、蒸溜所で毎週シフト勤務をしている。合法的な酒造を副業としながら、ウイスキーの密造に手を染めた先祖に想いを馳せる。©Peter Jolly

「グラント・ゴードンとデレク・マクベインが、最初の樽にスピリッツを注ぐ瞬間にも立ち会いました。本当に感動的な光景でしたよ」

カブラックの寒冷な気候は、ある予期外の結果ももたらしている。それは984時間もの長時間発酵を経たもろみから生まれたスピリッツだ。塗装作業と悪天候が長引いたため、もろみがウォッシュバックに予定より長く放置されたことから生まれた偶然である。ほぼ1,000時間に及ぶ発酵を経たことで、スピリッツにはフェンネルやペパーミントの香りが備わったのだという。このスピリッツは特別に用意された樽3本に詰められ、ボトリングされた日にはカブラック蒸溜所の公式クラブ「ザ・カブラック・コレクティブ」の会員に提供される予定だ。

今春のカブラック蒸溜所は、ラズベリージャム、ビスケット、マンダリンなどの豊かな香味が印象的なスピリッツを生み出した。昨年秋からスコットランド産オーク樽で熟されている最初期の原酒は、すでに樽材からキャラメルや全粒粉ビスケットのような香りを獲得している。

蒸溜所の今後の計画も盛りだくさんだ。今夏からはビジター向けの蒸溜所ツアーが始まり、ビストロとヘリテージセンターもオープンする。このヘリテージセンターでは、興味深い密造時代の歴史も語られる予定だ。かつて税務当局によって押収された古い密造蒸溜器が、グレンファークラス蒸溜所から目玉の展示物として寄贈される。

地域再生を目指す社会的事業として運営される蒸溜所なので、配当金はカブラック・トラストを通してさまざまな社会活動にも使われる。地域コミュニティの再生、雇用創出、そして最終的には手頃な価格の住宅建設などのプロジェクトに充てられる予定だ。

昨年秋に蒸溜器から最初のスピリッツが流れたとき、式典では地域住民も招待された。地域の住民たちは、すでにその恩恵を享受している。蒸溜所で毎週シフト勤務をしている一人が、アッパーカブラック地域のアルドゥニーで9世代にわたって農業を営むマーティン・シードだ。彼は冗談めかして言う。

「長い年月を経て、ついにシード家から密造酒ではなく公式な酒造免許でウイスキーを製造する子孫が現れました。創業イベントの後、カブラック・トラストには大きな支援が次々と寄せられています。最初の話し合いから長い停滞期が続き、正直言って関心が薄れたこともありました。でも今では突然すべてが動き出し、地域にも明るい希望の光が差しています」