アメリカンウイスキーの革新は、伝統的な生産地以外の場所で始まっている。コロラド州デンバーで、ローズ・ウイスキー・ハウスを訪ねた2回シリーズ。

文:ライザ・ワイスタック

 

ローズ・ウイスキー・ハウスは、コロラド州デンバーの工業地帯にある。お世辞にもエキゾチックとはいえない、ありふれた住宅や倉庫の向かい側だ。反対側の通りの先には、鉄道の線路がある。

だがひとたびコンクリートの建物にに足を踏み入れると、そんな印象も一変する。この街で最もクールなリバーノースアート地区(RiNo)で、おしゃれなブティックホテルに紛れ込んだような気分だ。

まず目に飛び込んでくるのは、幻想的に弧を描く鉄の柱である。ロビーエリアのソファを包み込むように、螺旋階段の手すりに沿って伸びていく。そのソファに座って広い円筒形の構造を見上げると、自分が小人になって樽の中に放り込まれたような錯覚に迷い込んでしまう。

ローズ・ウイスキー・ハウスを創業したアル・ローズ。ウォール街のキャリアを捨て、コロラドの地で理想のウイスキーづくりに着手した。メイン写真は、原料を供給する契約農場でロッキー山脈を望む風景。

階段は広大なテイスティングルームへと続いていく。だがその階段を上がる前に、右に曲がって「ウイスキー・チャーチ」と呼ばれる小さな空間に入ってみる。ここはダークウッドと開放的な高い天井が心地よい空間で、重厚な木製のベンチが並んでいる。このベンチは蒸溜所の創設者兼社長であるアル・ローズと彼の義父が組み立てたものだ。

今年2月にここを訪ねたとき、アルは窓の外に置かれた6つのサイロ(穀物貯蔵庫)を誇らしげに指差した。サイロは巨大な杭のように大地から立ち上がり、まるで蒸溜所の領土を宣言するかのように勇ましく佇んでいる。そしてアルは、ベンチを制作した際に苦労したという、精密な接合部についても細かく案内してくれたのだ。

まずアルが話してくれたのは、デンバーの気候についてだ。

「ここは二つの山脈に挟まれた谷の中です。標高は海抜1,600メートルほどで、穀物は海抜2,300メートルの農地で栽培されています。西からの風が山々を駆け抜け、降り積もる雪が気圧に影響を与えます」

この気圧の変化は、ウイスキーの製造工程にも違いをもたらすのだとアルは言う。

「気圧の急激な変動は、通過する気象システムによるものです。この寒暖の差は激しく、短期間に大きな気候の変動があります」
 

穀物4種類でコロラドを表現

 
アメリカ西部では、気圧が重要な役割を果たす。すなわちポットスチルで蒸溜したウイスキーの熟成に影響を与えるのだ。気圧の変動はアルコール度数にも深く関わり、香味のプロファイルを強化してくれる。その結果、アルが製造する「フォー・グレーン・バーボン」に深いオーク香とジンジャーブレッドのようなスパイス香を付与するのだ。

蒸溜自体にもコロラドの自然環境が影響する。海抜1,600メートルという高度では空気も薄く、大気圧も少ないので沸点も異なってくる。しかし空気や気圧だけがこの地域に影響を与えているわけではない。ウイスキーの製造に使用されるすべての天然資源が、この地域に固有の特性をもたらしてくれるのだ。

コーンを主体に、4種類の穀物でウイスキーをつくる。個性を引き出すために、独創的な樽熟成も採用している。

仕込みに使用する水は、リオグランデ川から得られる。原料のコーンは、車を東に3時間走らせた場所にある家族経営の農場「ウイスキー・シスター・サプライ」で栽培される。マッシュビルの一角を占める小麦、大麦、ライ麦は「コロラド・モルティング・カンパニー」から調達する。製麦業社なので、一部はモルトの状態で入荷される。度数調整に使用する水は、「エル・ドラド・スプリングス」の湧き水だ。

「すべてのウイスキーには出自があります。原料の産地が、そのウイスキーを定義するんです。ウイスキーをつくる以上、産地らしさを表現した味わいでなければいけません」

そう語るアルの腕には、たくさんのタトゥーが刻まれている。図案はロックバンドのパール・ジャム、ポセイドンの三叉の槍、ウイスキー樽のガーゴイルなど。ガーゴイルは夢見心地で物思いにふけるような目をしている。

「私たちのウイスキーは、地元の穀物から得られた風味を特徴にしています。その穀物の品種は、ワイン生産におけるブドウのようなもの。つまりテロワールが風味に大きな影響を与えます。ここでなされるすべての営みが、コロラドという場所の産物なのです」

もちろん原料だけでなく、香味の特徴は製造工程からも生まれている。蒸溜所には容量1,000ガロン(約3,800リッター)の糖化槽があり、増産に備えてもう1槽分のスペースも確保されている。発酵槽は1,000ガロン(約3,800リッター)で、容器を密閉しない3〜4日間のオープン発酵を基本としている。

蒸溜器は容量2,000ガロン(約7,600リッター)のストリップスチル(初溜器)と容量500ガロン(約1,900リッター)のスピリットスチル(再溜器)を使用する。貯蔵庫は2棟あり、いずれも空気の流れを制御したコンクリートの建造物だ。貯蔵庫のひとつには約2,200本、もうひとつは約3,800本の樽が収納されている。
(つづく)