日本初の本格的なボトラーがシングルカスク商品を発売
国内クラフト蒸溜所の原酒を独自に樽熟成するT&T TOYAMAが、待望のシングルカスク商品2種類をリリース。ボトラーズ事業がジャパニーズウイスキーの未来に与える影響とは?
文:WMJ
ジャパニーズウイスキーの輸出額は、2022年に560億円を超えて日本産の農水産物(食品)を代表するカテゴリーのひとつになった。国内の蒸溜所も過去10年で10倍以上に急増し、2024年の時点で124箇所を数えている。
このような急成長のさなか、2021年に創設されたボトラーズ事業者がT&T TOYAMAである。創業者の下野孔明氏(モルトヤマ)と稲垣貴彦氏(三郎丸蒸留所)は、日本のウイスキー業界の継続的な発展にボトラーズの存在が不可欠だと確信していた。
ボトラーズとは、ウイスキー蒸溜所から原酒を買い取って熟成と商品化をおこなう事業者の総称である。スコッチウイスキー業界ではおなじみだが、ジャパニーズウイスキー対象の本格的なボトラーズ事業はT&T TOYAMA以前に存在しなかった。

自身も蒸溜所を経営する稲垣氏が、ボトラーズ事業の意義についてあらためて語る。
「ウイスキーづくりは、スピリッツを製造してから熟成に何年もかかるビジネス。黎明期からボトラーズがスピリッツを購入することで、熟成が完了するまでのキャッシュフローを助けられます。熟成庫や販路の不足にも対応して、新しいノウハウを共有しながら業界全体を発展させるためにT&T TOYAMAを設立しました」
立ち上げ時のクラウドファンディングでは、国内外のウイスキーファンから目標額をはるかに超える4,000万円以上の支援が集まった。ジャパニーズウイスキー初の本格的なボトラーズ事業に、それだけ大きな期待が寄せられていたということだ。
下野氏と稲垣氏がまず着手したのは、2022年4月に完成した「T&T TOYAMA 井波熟成庫」の建設だった。これは壁面全体を高強度のCLT(直交集成板)で覆った木造建築で、樽5000本の収納能力がある。内部は年間を通して温度と湿度の変化が少なく、天井付近と地面付近の環境もほぼ均一に保たれる。エネルギーを浪費せず、安定的な長期熟成によって蒸溜所ごとの特性を引き出せる設計だ。
現在この熟成庫では、日本各地のウイスキー蒸溜所10箇所から購入したスピリッツが静かに時を重ねている。使用する樽の種類は、スピリッツの特性にあわせてT&T TOYAMAが選定する。三郎丸蒸留所の樽工房「Re:COOPERAGE」や地元の三四郎樽工房で、樽の再活性化や補修ができるのも強みである。
製造元の責任者たちが初リリースをテイスティング
T&T TOYAMAが創設直後に購入したスピリッツの熟成は3年を超え、このたび2種類のウイスキーがボトリングされることになった。いずれもファーストフィルのバーボンバレル熟成で、ボトリング時に加水しないカスクストレングスの商品である。原酒の提供元は、兵庫県の江井ヶ嶋蒸留所と鹿児島県と御岳蒸留所だ。どちらの製造元もT&T TOYAMAの理念に共感し、2021年からスピリッツを提供していた。
兵庫県明石市にある江井ヶ嶋蒸留所は、ブレンデッドウイスキー「あかし」などで知られる。ウイスキーは1984年からつくり続けているが、2019年に製造設備を一新して酒質がさらに向上した。また鹿児島県鹿児島市の御岳蒸留所は、芋焼酎の「宝山」ブランドが有名な西酒造の蒸溜所。ウイスキーの熟成は、シェリーバットを主体にしている。
江井ヶ嶋蒸留所で製造部醸造課長を務める中村裕司氏が、T&T TOYAMAの新商品をテイスティングしてオフィシャルボトルとの違いを説明してくれた。
「立ち上がりがとてもウッディで、シャープな切れ味になっています。江井ヶ嶋の貯蔵庫は海のそばにあるので、オフィシャル品は独特な潮風の湿気を受けながら熟成されます。それが井波の涼しい山風を浴びて熟成されたことで、シャープな切れ味が加わりました。ちょっとよそ行きのおしゃれな香味で、非常にいい仕上がりだと思います」
また御岳蒸留所のマスターディスティラーを務める真喜志康晃氏も、熟成地の違いによる影響の大きさに驚いた。
「同じバーボン樽の3年熟成でも、鹿児島なら井波の倍ぐらい色が濃くなります。これは夏の暑さと湿度によって、樽の個性が強く引き出されるからです。井波で熟成されたウイスキーは、スパイシーな香りが印象的。口に含むとトロピカルな味わいに変わり、余韻には華やかさが残ります。熟成地が違うだけで、ここまで変わるのかと驚きました」
蒸溜所からボトラーズへの原酒販売は、スコッチウイスキー業界では長い歴史のある商習慣だ。だが同様の実績がなかった日本で、オフィシャル品とは異なるウイスキーが出自を明かしつつ他社ブランドで販売されることに抵抗はないのだろうか。中村裕司氏の見解は明快だ。
「ボトラーズへの原酒販売は、海外では当たり前のこと。つくり手としても、熟成の条件を変えた結果に興味があります。会社としては、原酒を売った段階で利益が出ているから問題ありません。これまでも原酒を捌くために、百貨店やスーパーマーケット向けのプライベートボトル用カスクを用意してきました。ボトラーズへの原酒提供も、これらと同様に大切な販売の一環として捉えています」
また真喜志康晃氏は、原酒の提供によってT&T TOYAMAの情熱に応えたかったという率直な想いを口にした。
「我々が製造したスピリッツに、情熱あふれるT&T TOYAMAの2人がさらなる美味しさを乗せてくれました。いつかまた『いい原酒をつくりましたね』と言ってもらえるように、我々もしっかり品質を高めていかなければなりません。引き継いだバトンを世界に広げてもらえたら、こんなありがたいことはないと思っています」
高まる国内ボトラーズへの期待
ジャパニーズウイスキーのボトラーズ商品を楽しみに待っていたのは、原酒を提供した蒸溜所だけではない。国内外のさまざまなウイスキー関係者たちが、今回のボトリングに注目している。
世界各地の蒸溜所やボトラーと取引があるディストリビューターの謝博文氏(台湾在住)もその一人だ。先日台北で開催されたウイスキーイベントでは、今回発売されるボトルのテイスティングを通して大きな手応えを感じたのだという。
「御岳蒸留所はシェリー樽での熟成が有名なので、バーボンバレル熟成が新鮮に受け止められました。英国でもダンカンテイラーなどのボトラーには独自の熟成庫があり、オフィシャルとは違うマッカランなどのボトリングを売りにしています。台湾のウイスキーファンは、そんな実験精神や細かな違いが大好き。T&T TOYAMAが熟成中の原酒は、どれも楽しみなものばかりです」
またスコッチのボトラーズや日本の小規模生産者にも注目する「ハリーズ金沢」の田島一彦店長は、日本のボトラーズがもたらす影響について次のように予測している。
「近年のウイスキーファンには、小規模な蒸溜所を見学したり、イベントで生産者と直接話したりするような楽しみ方も広がっています。T&T TOYAMAには、熟成の知見を活かし、ジャパニーズウイスキーの発展に寄与してほしい。ボトラーズ商品を気に入ったみなさんが、オフィシャルの一般流通品も楽しむことで日本のウイスキー業界全体を支えることにもつながるでしょう」
東京池袋のジェイズバーで国内外のウイスキーファンを迎える黒良京子氏も、現在のジャパニーズウイスキーをめぐる問題を踏まえながら期待を語ってくれた。
「南北に伸びる日本列島には、さまざまな気候や造り手の個性を反映したジャパニーズウイスキーが生まれています。安定した環境で穏やかに呼吸したウイスキーは、各蒸溜所の新たな魅力に気付かせてくれるはず。ウイスキーとは名ばかりの商品が観光地などで売られている状況もあるなかで、T&T TOYAMAがボトリングしている蒸溜所なら信頼に足る誠実な生産者だというひとつの指標にもなります」
黒良氏が指摘するように、日本洋酒酒造組合の自主基準に満たないウイスキーは今でも国内外で販売されている。ジャパニーズウイスキーというカテゴリー全体の評判を守るためにも、早急な対応が必要な問題である。
そこでT&T TOYAMAが着手したのは、漫画による自発的な情報発信だ。漫画家のヒミコ氏による連載漫画『樽ねこ』は、蒸溜所を守護するウイスキーキャットの化身が主人公。ヒミコ氏自身が各地の蒸溜所に足を運び、それぞれの特徴を表現したストーリーに仕上げている。このシリーズが他言語に翻訳されることで、本当に注目されるべき日本産ウイスキーに光が当たることになるだろう。
このような取り組みを通して、T&T TOYAMAはジャパニーズウイスキーの隆盛を目指している。ボトラーズ事業の最終的な目標は、日本をスコットランドと同等の産地に引き上げることだと稲垣氏は語る。
「日本のウイスキー輸出金額は、現在およそ500億円。これをすごいと考える人もいますが、スコッチの1兆円と比べたらまだ20分の1に過ぎません。いずれはスコッチウイスキーに比肩しうる産業を築くため、ジャパニーズウイスキー業界全体を安定的に成長させるパーツのひとつになれたらと願っています」
日本で初めての本格的なボトラーズ事業を展開するT&T TOYAMA。その活動の詳細はこちらから。
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