沃林の方基胜は、世界が注目する製樽のイノベーター。新しいウイスキーづくりが、中国大陸で始まっている。

文:ジャンヌ・ペイシアン・チアオ

 

方基胜(ファン・ジシャン)の沃林橡木桶公司(ウォリン・クーパレッジ)は、2018年にペルノ・リカール社が出資する叠川蒸溜所(ザ・チュアン)の創業チームと協力し、厳選した樽材によるテスト熟成をおこなった。

このテストで最終的に選ばれたのが、長白山産のモンゴリナラ材で造った樽だった。

さらに2021年になると、沃林は雲南省産の「シャングリラオーク」をディアジオ傘下の雲拓(ユントゥオ)蒸溜所に供給しはじめる。

このような動きは、方基胜のビジョンがウイスキーの未来に根付きはじめた証左だ。中国固有のオーク種が、樽材として大きな可能性を持っていることを全世界に示している。

方基胜は、中国産ウイスキーを支える事業の将来性について自信を持っている。

「欧米には広大なオーク林が豊富にあり、何世紀にもわたる専門の製樽技術があります。そんな強い競合相手と正面から競争するのは無意味だとわかっていました。沃林は自国のテロワールに根ざしており、その特徴で勝負しているのですから」

広大な中国の国土には、樽材の素質をまだ確認していないオーク樹種もある。ここは新しい香味のフロンティアだ。

そして実際に、中国におけるオーク品種の多様さは明らかに沃林の強みとなっている。

「欧米で使用されるオーク種のバリエーションは限られています。トーストやチャーを施した効果や、ピートとの作用から生じる香味の発展について業界内で知識が共有されています。しかしアジアに自生するオーク材の香味については、その可能性すらほとんど未確認の状態です。樹種の多様性においても、欧米とは顕著な対照を示しているのです」

中国だけでも、100種以上のオークが存在する。それぞれを検証すれば、類まれな風味の多様性を表現できるかもしれない。

ここ数十年間にわたり、方基胜は広範な調査を続けてきた。オーク(クエルクス属)亜種の分布(200種以上)、風味特性、持続可能な収穫法も研究対象となった。中国産における製樽業の基盤となる実証データを地道に構築してきたのである。

そんな方基胜が、特に強調したいという重要はミズナラに関するものだ。

「ミズナラとモンゴリナラは、同一の樹種ではありません。両者ともブナ科コナラ属(クエルクス)に属しますが、まったく別種の樹木であり、亜種というよりも別系統の樹種に属します。ミズナラがモンゴリナラの同種または亜種であるという一般的な誤解は、誤った認識を招くおそれがあります」

亜種という分類は、同一種内の微小な変異にのみ適用さる。たとえば中国各地のモンゴリナラは、互いにわずかな差異が見られる場合でも遺伝子検査によって同一種であることが確認されているのだと方基胜は言う。

「それに対してミズナラは、独自の特性を有する別の樹種です。ドングリの形状や、香味プロフィールも異なった独立種だと考えてください。沃林では日常的にさまざまな実験から科学研究を進め、両者の差異を分析しています。どちらも豊かな木香がありますが、モンゴリナラはしばしばナッツのような古い木製家具や寺院のような香りを連想させます。一方のミズナラは、もっと繊細で甘みのある香りがあります」

 

中国独自の製樽イノベーション

 
沃林橡木桶公司の製樽所では、毎年数百本もの樽を試作して、さまざまなトーストやチャーのレベルを施しながら熟成との関係を試している。木片をスピリッツに浸けてみたり、ガラス製の蓋付きクォーター樽やフルサイズ樽を比較してみたり。実験の対象は、日を追うごとに増えている。

方基胜の口癖は、「実験と研究こそが沃林の原動力」というもの。実験の結果は記録され、テイスティングされ、カタログ化され、風味データベースとなって顧客と沃林の革新を後押ししている。

アジア産のオーク材には、共通の特性もある。それは木質組織の気孔がやや開き気味のため、液体が木目を通って移動しやすい点だ。気孔の細かいアメリカンホワイトオークと比べると、液体が漏れやすい「リーキーな樽」として知られている。

この問題に対する沃林の解決策は、いわゆる「ピアノスティック」または「ピアノ樽」と呼ばれる独自の設計だ。

チャーやトーストの効能も、樹種によって異なる。極細の樽材を用いた「ピアノ樽」などのイノベーションにも注目だ。

このピアノ樽は、幾何学的な構造で漏れの問題に対処した技術である。樽はピアノの鍵盤ほどの幅しかない非常に細い板材で組み立てられる。各板材の外側面は小さく、両側面は隣接する板材と圧縮された状態で接合する。

樽の内面から樽材に液体が浸入した場合、液体は木質導管に沿って横方向に広がっていく傾向がある。幅広の板材なら液体は漏れ出すまで移動するが、ピアノ鍵盤型の板材ではすぐ継ぎ目に到達し、隣接する板材からの圧力によって隙間が閉ざされるという理屈である。

継ぎ目を増やして外側面が小さくなることで、連続した流出経路が大幅に減少する。そのため、同じ木材でも浸透量が劇的に低下するのもピアノ樽の特長だ。さらなる利点として、樽職人は年輪の少ない木材を選んで理想の風味を追求できる。つまり希少な巨木を伐採しなくても、樽材に必要な木材が得られるということだ。

つまり核心となる考え方は単純だ。樽材の幅と接合方法を工夫することで、物理的な漏出のメカニズムもコントロールできるという画期的なイノベーションなのである。

さらに沃林は、第二の技術でも特許を取得している。こちらは短い木材を接合する手法で、40〜60センチの長さの材を組み合わせで1メートルの樽材とし、本来は製樽に不向きな木材でも樽に活用するという技術だ。

沃林橡木桶公司は、伝統的な西洋流の製樽技術を習得している。だがアジアのウイスキーメーカーにとっての新しい課題は、他国の同業者たちが見向きもしない木材で製樽に革新を起こすことだ。

この分野でも、方基胜は自分の見解を証明しようと決意を固めている。中国産オークが、最高品質のオークと比肩できるほどのポテンシャルがあることを世界のウイスキーファンに示すのだ。