コニャックと白酒が育んだ注目のチャイニーズウイスキー【前半/全2回】
ウイスキー消費が拡大中の中国で、本格的なモルトウイスキーの製造が始まっている。安徽省の古井貢酒を訪ねた2回シリーズ。文:ジャンヌ・ペイシアン・チアオ
新型コロナウイルスの流行から2025年にかけて、世界のウイスキーの取引量はわずか4.13%の増加に留まった。だがその一方で、同時期のウイスキーの取引額は15.47%も急増している。
この数字の違いには、「飲む量は減らすが、品質にはこだわる」という世界的な消費傾向が明確に表れている。
シングルモルトウイスキーが、多くの市場でブレンデッドウイスキーの売上を上回っている。消費量がほぼ横ばいでありながら、近年のウイスキー市場はプレミアム化の傾向によって成長を成し遂げてきた。このような変化がもっとも顕著なのはアジア太平洋地域で、特に中国市場が注目を集めている。
中国の消費者は、ますますウイスキーの品質を理解するようになった。ブランドの知名度や伝統より、ウイスキー自体の価値や個性を重視する傾向もある。
また流行に敏感な中国市場では、新しいトレンドも観察されている。そのひとつが、2024年に入ってから日本産およびスコットランド産シングルモルトウイスキーの売上が顕著に減少したことだ。
このような市場の変化をもたらしているのは、消費者層の世代交代だと想像できる。中国のウイスキー消費者は、ほぼ半数がZ世代である。好奇心旺盛で、新たな味の世界を探求することに熱心な若い世代だ。
コニャックで名高いカミュ家6代目当主のライアン・カミュは、中国のウイスキー市場について次のように語っている。
「独創的なウイスキースタイルを世に出したいと考えているなら、中国でウイスキーをつくるのが最適解でしょう。今の中国市場には、まったく新しいカテゴリーを切り拓く可能性が秘められていますから」
カミュは1863年に創業したコニャックメーカーで、家族経営のコニャックメゾンとしては最大の規模を誇る。当代のライアン・カミュは、父シリル・カミュ氏からブランドの経営を受け継いだ。現在は中国でウイスキーブランド「古奇(グーチー)」の総経理(社長)も務めている。
カミュ家は中国に進出してから30年以上の実績があり、貴州茅台酒とも20年にわたる協業の実績がある。中国伝統の白酒(パイチュウ)と深いつながりを築いてきたのだ。だから中国でのウイスキーづくりも一過性のプロジェクトではなく、長年の歩みが新たな風味のフロンティアへと導いたものといえる。
それがコニャックでも白酒でもなく、ウイスキーという選択だったのは画期的だ。約2500万ポンド(約45億円)の投資を投じた古奇蒸溜所は、2023年11月21日に着工して翌年12月8日からスピリッツの蒸溜を開始した。
中国とコニャックの30年にわたる関係
カミュは、なぜ中国でウイスキーをつくろうと考えたのだろうか。
それは穀物原料のスピリッツ製造が、白酒をはじめとする中国酒類のDNAに刻まれているからだ。また厳格な規制に縛られるコニャックとは異なり、ウイスキーは類まれな創造的自由を許容する。
このような条件が、古奇蒸溜所のように大胆なプロジェクトへの挑戦を可能にしたのである。ライアンの父であるシリル・カミュは、白酒との関わりについて次のように語っている。
「最高レベルに強烈な香りの表現を実現するため、我々カミュはコニャックの枠を超えて、水分含有量の低い個体発酵から極めてリッチな香味を生み出す白酒に着目しました」
中国第4位の白酒メーカーである古井貢酒は、まさにシリルが望んだ技量を提供した。漢方薬発祥の地としても知られる安徽省亳州市で創業した古井貢酒は、漢方薬の抽出技術と長期発酵の専門知識によってカミュの理想的なパートナーとなった。この抜群の相性というべき2社の絆について、ライアンも説明する。
「古井貢酒が個体発酵と薬草由来の複雑な香味技術をもたらし、カミュが蒸溜と樽熟成技術を提供しました。まさに理想の協業です」
目標はスコッチウイスキーやジャパニーズウイスキーを模倣するのではなく、独自の香味を介して東西の文化を繋ぐこと。新しいウイスキーによって、確固たる中国らしさを共創することだった。
「この協業は、中国とフランスの文化的アイデンティティの融合なのです」
そう語るのは、古井貢酒(正式名称は古井貢酒投資成立酒業銷售新公司)の梁金輝社長だ。梁社長は、10年前に亳州市とコニャック町の姉妹都市関係を正式に確立した功労者である。
この異文化融合のビジョンを実現するため、中仏の文化が交錯する古奇蒸溜所のチームが製造工程について熟考した。そのひとつが、三段階の糖化工程だ。投入するお湯の温度を段階的に上昇させ、重層的で複雑な大麦モルトの香味を引き出す。
糖化の後は、168時間もの発酵工程が待っている。現在は液体発酵だが、将来的には白酒スタイルの個体発酵を視野に入れた設計となっている。
技術的な側面を統括するのは、かつてカミュに勤務していたヨナエル・ベルナールだ。現在、ヨナエルは古奇蒸溜所のセラーマスターを務めている。
もう一人のキーパーソンが、安徽省個体発酵工程技術センターおよび古井グループのイノベーション子会社に所属する発酵研究者の曹潤潔だ。発酵や糖化をつかさどる中国伝統の「大麹(ダーチュー)」から、酵母株を選定する一連の実験を主導している。古奇蒸溜所は、段階的に個体発酵を工程へ組み込む準備を進めている。
ライアンは、個体発酵をはじめとする白酒特有の技術に敬意を払っている。
「この中国の技法が秘める神秘を、長年にわたって目の当たりにしてきました。その神秘は、大地に直接掘られた地下の「窖(ジャオ)」の中で展開されます。亳州はこの技法にぴったりのテロワールがあり、酒造に適したアルカリ性の天然水にも恵まれた場所。私たちの目標は、コニャックの厳格な技術と中国の職人技の伝統の両方を尊重し、独自のウイスキーを創造することです」
(つづく)











