WMJ的酒場放浪記・5 【丸の内編】
東京・丸の内のバカラショップの地下に、バカラのバー、B barがあることをご存知だろうか?このB bar Marunouchiではグラスに限らずグラス、シャンデリアも全てバカラなのだ。
皇居のお堀にほど近いところにあるバカラショップ 丸の内。入口を入ってすぐ右手に、地下へ続く階段がある。
この階段を下り、扉を開けてまず目に飛び込んでくるのは、洗練されたバーカウンター。通常ならボトルが並んでいるであろうこのバックバーの奥に控えているのは、バカラのグラスだ。
このお店には普段バーに来ないような方も多く来られるという。バカラを愉しむ空間として、お酒が飲めなくても来店されるのだそうだ。東京駅から近いこともあり利便が良く、また全国にあるバカラショップでB barの存在を知る人も多いので、各地からビジターが訪れる。バカラファンにとっては聖地のようなものだろう。ショップで見ただけでは分からない良さが、実際に使ってみることで実感できる。そしてそれを丁寧にナビゲートしてくれるバーマンがいるのだ。
チーフバーテンダーの髙木 章成さんは、お酒だけではなく様々なグラスの使い方も提案してくれる。
「いい意味でお客様の期待を裏切りたいですね。このお酒にこのタイプのグラスを使うの?ですとか。中身さえ良ければグラスなんてなんでもいいじゃないかという方もいらっしゃると思います。でもせっかく当店に足を運んで下さったのでしたら、ぜひ色々なグラスを試していただいて、その違いを感じていただきたいです」と語る。
もちろんこのお店のよさはグラスだけではない。
ボトルこそ表には出ていないが、スタンダードからボトラーズまで厳選したウイスキーが揃っている。またホスピタリティ溢れるバーマンとの会話とお酒を求めて足を運ぶ常連客も少なくない。
丸の内という場所柄、ビジネスマンがゆったりと1日の締めにグラスを傾けるのにも最適だ。また女性客も多く、この非日常的なほど美しい空間でひとときを過ごせるのだから、「バーで飲む」敷居の高さなど関係なくなってしまうことは想像に難くない。
まず「せっかくだから珍しいものを」と1杯目に選んでもらったウイスキーは、BBRのアイル・オブ・ジュラ 1976。これをバカラのアイコン「アルクール」のグラスでいただく。
じんわりとナッティなあたたかみが広がる。落ち葉の道、焼き栗。秋の情景が目に浮かぶ。
普段ならテイスティンググラスで飲むようなシングルモルトではあるが
「美味しく飲むっていうのを違う形で表現したいですし、見た目の美しさで愉しむというのもお酒には重要じゃないかなと思います」と髙木さん。
その言葉通り、光の当たり方で表情の変わるウイスキーとグラスについ見とれてしまい、より贅沢な気分になってくる。
そしてこのジュラを形状の異なるグラスで試させてもらった。シンプルなスニフタータイプのものと、ワインの香りや味わいを引き出すグラスコレクション「シャトーバカラ」のワイングラスに注ぎ分けて香りの立ち方を比べてみると、面白いほど違う。
「シャトーバカラはアルコールの刺激を抑えながらアロマだけをギュッと集めて舌に滑り込ませます。普段ストレートでは飲めない方も、このグラスなら大丈夫ということもあります」
確かに香りが開きつつもアルコールのカドがない印象を受ける。同じウイスキーを違うグラスで飲み比べるというのはなかなかない経験だ。
華奢なグラスほど繊細な味わいを引き立て、重量感があり美しいカットが施されたグラスほど奥行きを感じる。グラスの見た目と味の展開は比例するのだろうか?ウイスキーのタイプによってグラスを変えるという方法は、もっとウイスキーの楽しみを広げてくれる。
こうなるともっとグラスの個性が見たくなり、ストレートやロックだけではなくウイスキーカクテルもお願いしてみた。
スイートベルモットのアンティカフォーミュラでリンスしたミキシンググラスに、再びベルモットを少量注ぎ、ビターズを落とす。カナディアンクラブ・クラシック12年をベースにしたドライなマンハッタンだ。
こちらも「アルクール」のグラスでいただく。
グラスはキンキンにチルドせず、軽く冷やす程度にするのだそうだ。クリスタルの程良い厚みが冷涼感を引き立て、唇に触れてからすんなりとカクテルの味を受け入れやすい。
「液体が入ってこそのグラスです。グラスとして生まれてきたからには、飾るだけじゃなく、ぜひ使って欲しい。液体を入れて使ってこそ100%、時には120%の美しさを見せてくれます」
赤味がかった琥珀色のカクテルを丁寧にサーブしながら、髙木さんは言う。
髙木さんがお酒とグラスの関係を説明する言葉には、バカラに対する愛情が溢れている。信頼を裏切らない品質の確かさと250年の歴史に裏打ちされた美の哲学、そのなかにちょうどマンハッタンのビターズのように、1滴2滴と落とし込まれている「新しさ」のエッセンス。バカラの持つ世界観もお酒をより美味しく、楽しく飲むための要素として重要だということが伝わってくる。
記者が何故そう強く感じたのかといえば、ウイスキーも同じだからだ。「酔えればいい」「何でこんな高いの」良いウイスキーには必ずついて回る言葉だ。それに対して、その液体に込められた職人の想いや熟成の年月…説明する言葉は山ほどあれど、人に理解してもらうのはなかなか難しい。ただ、好きなウイスキーが傍にあることで豊かになる気持ち。良いグラスを使うことで心が潤っていく感覚。「もっとたくさんの人に知ってもらえたらいいのに」…とても似ているような気がしたのだ。
グラスの煌めきとウイスキーの魔法に時間を忘れそうになる前に席を立つ。
外は雨の湿気をはらんだまとわりつくような熱気で、思わず気分が重くなる。それでも自分にとって最高のウイスキーとグラスの組み合わせを考えて思わず頬を緩め、丸の内の石畳の道を駅へと向かった。
「いつか普段使いのバカラを持って、秘蔵のボトルをためらいなく開けられるようになりたい」―そんなささやかな夢をひとつ思い描きながら。
B bar Marunouchi
東京都千代田区丸の内3-1-1 国際ビルヂング
TEL:03-5223-8871
営業時間:16:00~4:00
定休日:日・祝