登山とウイスキーを愛する人々が、スイスの山岳地帯の宿泊施設をはしごする絶景ルート。今年で10周年となるアッペンツェル・ウイスキー・トレックを訪ねた。

文:ティス・クラバースティン

アルプスの山々に囲まれたスイスのアッペンツェル地方は、オーストリアとドイツの国境にも近い鄙びた地域だ。スイス屈指の小さな自治体で、多くの地元住民が古くから家族の絆を大切にしている。今でも農業と宗教の伝統が町の日常を形作り、穏やかで生き生きとした暮らしが旅人の心を癒やしてくれる。

この美しい山国に、ウイスキー愛好家たちが他では味わえない体験を求めてやってくるのだという。

山小屋ごとに異なるウイスキーが登山者を出迎える。ミニボトルのコレクションは、アルプス登山の素敵な記念品だ。

アッペンツェル・ウイスキー・トレックは、26軒の山小屋を繋ぐ登山ルートのプロジェクトだ。道中には、アルプシュタイン山群の著名な峰々がある。登山者はエーベンアルプ、クロンベルク、ホーアー・カステン、サンティスなどの雄大な景色を堪能できるコースだ。

典型的なルートは、谷あいのゼーアルプ湖をスタートし、エーベンアルプの有名なエーシャー小屋を通って最高地点の海抜2,502メートルに到達する。ここ10年間、ルートの途中にある山小屋が、それぞれ独自にサンティスのモルトウイスキー樽を所有してウイスキーが大好きな登山客を出迎えている。

山小屋の経営者たちが1942年に設立したアルプシュタイン山小屋協会は、アルプシュタイン山群の登山道を維持管理するルール作りが主な仕事だった。複雑な山道を管理する主な責任は、それぞれの自治体にある。だが協会員たちは、年間数百時間におよぶボランティア活動で登山道の維持と魅力の発信に取り組んできた。

協会メンバーたちは広告キャンペーン、教育活動、マーケティングにも協力しており、アッペンツェル・ウイスキー・トレックはそんな協会が主導したプロジェクトの成果である。
 

旅を急がない登山者たちのウイスキー愛

 
シャイデック小屋の4代目主人であるルエディ・ツュルヒャーは、山小屋協会の会長としてウイスキー愛好家の登山者たちを迎え入れてきた。その過程で、山小屋ごとに置かれたウイスキーを全種類集めようとしている登山者が大勢いることに気付いたのだという。

そのような登山者たちの大半は、計画を急いだりはせずに、独自の「スロートラベル」を実践している。周囲の風景を味わい、地域コミュニティと交流し、目的地を深く体験しているのだとツュルヒャーは語る。

「ウイスキーの収集をしている登山客は、ここに来る人たちの中でもかなりの割合を占めています。みんな食事やドリンクをゆったりと楽しみ、時間に追われている様子はほとんど見せません。長期滞在する人もいれば、数年に分けてルートを踏破しようとしている人もいます」

トレックの踏破賞は、純銀製バックルが付いた手造りの「アッペンツェラーベルト」。これを手にするまでの過程すべてが宝物だ。

険しいアルプスを縦走するアッペンツェル・ウイスキー・トレックは、スイスのウイスキーブランド「サンティス」との共同企画だ。山小屋を訪れる登山者たちはグラス単位でウイスキーを味わったり、小さなボトル入りのウイスキーをお土産に持ち帰ったりできる。

そして全長約86kmにもおよぶ山道を踏破した者には、記念品が贈呈される。現在の記念品は、純銀製バックルが付いた手造りの「アッペンツェラーベルト」だ。

サンティスおよび親会社ブラウエライ・ロッハーの代表取締役を務めるオーレル・マイヤー社長は、このルートの魅力について次のように語ってくれた。

「踏破するルートは、1種類だけではありません。選択肢は実に多様です。これまで24時間以内に踏破した健脚の登山者も数名いますが、彼らは例外中の例外です」

ルートはほとんどが山道なので、それなりの困難も伴う。登山者は十分な装備を整え、尾根歩きや岩登りの基本的な経験が必要だ。道のりは険しくとも、山上の風景には驚くほどの見返りがある。首に鈴をぶらさげたアルプス牛があちこちで草をはみ、周囲にはヒースや高山植物が咲き乱れている。

エリアには有名なアッペンツェラーチーズを製造する酪農場が75軒もあるので、そのどれかを訪ねるチャンスもあるだろう。

そしてもちろん、ウイスキーも待っている。登山者たちは、各休憩所ごとに異なるサンティスのウイスキーが味わえる。標高、気温、湿度、樽の種類などがそれぞれに異なるため、毎回ユニークな体験が保証されている。
(つづく)