ウイスキーの聖地に誕生した新星が、初めてのシングルモルトを発売した。アイラらしく、しかもユニークな味わいに出会う2回シリーズ。

文:ベサニー・ブラウン

 

どんなアーティストや生産者も、初めて自分の作品を世に問う瞬間には相応の緊張が走るはずだ。

理想の追求に費やした時間、努力、エネルギーが、ついに具体的な形を伴って現れる時。まるで自分の子供に育てた作品や商品を手放し、人々の自由な評価や批評に晒すことは、どんなに気の強い人でも怖気付くほどの不安をもたらすことがある。

アードナホー蒸溜所を設立したハンターレインのアンドリュー・レインとスコット・レイン。独立形ボトラーによる聖地アイラでの挑戦は大きな注目を集めている。

スコッチウイスキーの独立系ボトラーとして名高いハンターレインが、今年の4月30日にそんな瞬間を迎えていた。アイラ島のアードナホー蒸溜所で、初めてのシングルモルトウイスキーを発表する日。現場に居合わせた私は、崖っぷちに立たされた彼らの様子を目の当たりにしたのだ。そこには興奮もあったが、明らかに緊張も高まっていた。

霧に包まれたジュラ湾を見下ろす蒸溜室で、ボトルがお披露目される。開封すると、中から5年熟成のシングルモルトが香る。穏やかなピートのスモーク香。ウイスキーを注がれたグラスが回ってくる。

アードナホー蒸溜所長のフレイザー・ヒューズが挨拶する。経営者のスコット・レインとアンドリュー・レインの兄弟も同席している。レイン兄弟は2013年に父スチュワート・レインとともにハンターレインを立ち上げた創設者でもある。

チームの緊張と不安は、すべて杞憂だったとわかる瞬間が訪れる。過去5年半にわたって、誰もがウイスキーづくりに心血を注いできた。その細心の注意と努力が、遂に実を結んだのだ。真新しいアイラモルトは、見事な出来栄えだった。

アードナホーの初リリースは、6ヶ月以上をかけて準備された。蒸溜所チームは2023年8月から厳守のブレンドに取り組み、どのような香味に結実するのかをオープンな形で議論していた。目指したのは、アイラ特有のピート香があり、複雑で親しみやすい味わい。熟成原酒は、バーボン樽(75%)とオロロソシェリー樽(25%)の2種類をブレンドすることに決まった。

ハンターレインの事業開発ディレクターを務めるスコット・レインが、チームを代表して最初のボトリングについて説明する。

「ウイスキーの出来栄えには、とても満足しています。2種類の樽で熟成した原酒をうまくブレンドできました。ピートの効いたアイラモルト愛好家たちをがっかりさせることはないでしょう。ただしピートをストレートに表現した他のアイラモルトよりは、少し複雑な印象になっていると思います」
 

最高の舞台で夢を追う

 
アイラで最も新しいモルトウイスキーの生産者にとっては、幸先の良いデビューである。アイラ島の東海岸、カリラ蒸溜所とブナハーブン蒸溜所のちょうど中間あたりに位置するアードナホーの場所は、偶然見つかるような建設地ではない。蒸溜所の建設は、1年半に及ぶ入念な場所選びを経て2017年5月に始まった。スピリッツの生産は2018年10月に始まり、2019年4月にビジターの受け入れもスタートした。

アイラ島で最も深いアードナホー湖の水質は、ミネラルの少ない軟水。ウイスキーの香味にも影響を与える。

現在、アードナホー蒸溜所は年間約65万リットルのスピリッツを生産している。フル稼働させれば、おそらく100万リットルの大台に乗せることもできるだろう。だがそのためには製造工程の根本的な見直しも必要となるため、まだチームとしては増産を急いでいない。

だからといって、蒸溜所のチームが手を抜いているわけではない。生産は2交代制で年中無休。シフトごとに2人のオペレーターが担当する。蒸溜所長のフレイザー・ヒューズの他に、アイル・オブ・アラン・ディティラーズのロックランザ蒸溜所で蒸溜所長を務めたデビッド・リビングストンが副蒸溜所長として補佐する。現在の主な目標は、原酒のストックを増やすこと。最終的には、敷地内に最大8万樽を貯蔵するスペースが設けられる予定だ。

蒸溜所で使用する水は、アイラ島で最も深いアードナホー湖から供給されている。周囲の丘から降雨が直接流れ落ちるため、岩で濾過された硬水のようにミネラルをあまり含まない。そのため驚くほど軟らかい水質になる。

アードナホーは、この湖から1日に汲み上げられる水量には制限を設けている。だがヒューズによれば、現在の取水量で十分にウイスキーの生産をまかなうことができるという。

原料の大麦モルトは、ディアジオのポートエレン製麦工場から運ばれてくる。ワンバッチは28トンで、104年前に製造された4本ローラーのボビーミルで粉砕される。アードナホーはピーテッドとノンピーテッドのスピリッツを生産しているが、最初のリリースではアイラの伝統を意識したフェノール値40ppmのピーテッドモルトを使用した。これまでに調達した大麦モルトの中には、150~170ppmというヘビリーピーテッドも含まれている。

蒸溜所チームは、アイラ産の大麦を使った実験も始めたばかりだ。最初のバッチは2024年4月に到着しているが、およそ10,000~12,000リットルのスピリッツをつくるのに十分な量である。 さらにはチョコレートモルトを使ったスピリッツも蒸溜しており、その第1弾は3年熟成のウイスキーとしてリリースされる予定だ。
(つづく)