アードナホー蒸溜所とアイラモルトの未来【後半/全2回】
文:ベサニー・ブラウン
アードナホー蒸溜所には、ダグラスファー材でできた容量25,500リットルの木製ウォッシュバックが4槽ある。製造したのは、ダフタウンのジョセフ・ブラウン・ヴァッツ社だ。
冷却水の使用量を最小限に抑えるため、熱エネルギーの無駄を極限まで省いている。ウォッシュバック投入前の澄んだ麦汁から熱交換器で熱をもらい、次回バッチの糖化で最初に使うお湯を温める。
発酵時間は約75時間で、適度な2次発酵を促している。これはアードナホーのスピリッツが目指すフルーティーなエステル香を生み出すためだ。スイッチャーや攪拌機は使わず、その代わりに発泡防止剤を惜しみなく利用する。
蒸溜所長のフレイザー・ヒューズいわく、ウォッシュバックは必ず木製にしようと決めていたそうだ。
「アードナホーはとても伝統的な手法を重視しています。私にとって、伝統の踏襲がウイスキーをつくる唯一の方法なのです。蒸溜所の製造工程は半自動化されていますが、随所に手作業を介入させています。これは五感をフル稼働して、品質の変化を予測しながら生産するためです」
スペイサイド・コッパーワークス社製の蒸溜器は、ラインアームがスコットランドで最も長いらしい。ウォッシュスチルとスピリットスチルの両方に、やや下向きのパイプが取り付けられている。長さはそれぞれ約7.5メートルだ。
さらにアードナホー蒸溜所は、アイラ島で唯一の蛇管式(ウォームタブ式)コンデンサーを備えている。銅管の長さは、それぞれ77メートルにも及ぶ。ヒューズによると、蒸溜器の内部でもさまざまな形で銅とスピリッツを接触させる構造になっているのだという。フェノールの個性を保ちつつ、クリーンなフルーツ香を前面に押し出したスピリッツを追求するためだ。
蒸溜時のカットポイントは、スピリッツのスタイルによって異なる。例えば、ピート香の強いスピリッツを目指す場合は、長期熟成を経てもピート香が保持できるようにテールを遅めに取る。ヒューズによれば、ピーテッドモルトを使用したスピリッツの中には、すでに大満足の原酒もあるようだ。
熟成樽にはバーボン樽、オロロソシェリー樽、ペドロヒメネスシェリー樽、その他のリフィル樽などさまざまな種類の樽が使用される。リフィル樽は、主に長期熟成を念頭に置いたスピリッツに使用されている。
ハンターレインの商務部長を務めるロレイン・ギレンが、原酒の多様性について意気込みを語ってくれた。さまざまな種類の樽とモルト原酒を組み合わせることで、味覚の分布を示す「フレーバーホイール」全体を網羅できるほどバラエティ豊かな生産体制が確立できるのではないかと考えているのだ。
つまり蒸溜所チームは、スピリッツと樽のさまざまな組み合わせを試している。ヒューズはこのように豊富な選択肢を歓迎しているが、その一方で「アードナホーらしさ」の核となる識別可能な香味のプロフィールも確立したいと考えている。
「いかにもアイラらしいウイスキーでありながら、同時にアードナホー独自のユニークなアイラモルトと呼ばれるような個性を発揮するのが目標です」
アイラらしく、しかもユニークに。この矛盾をはらんだバランスへの志向は、まさにアードナホーだからこそ生まれた考え方だということもできるだろう。それはスピリッツのスタイルに留まらず、アイラモルトの歴史を踏まえた理想なのだ。
伝統を重んじる新人として
ウイスキーの伝統が色濃く残るアイラ島で、創業者のアンドリュー・レインとスコット・レインはアードナホーが伝統のない新参の蒸溜所であることを自覚している。そもそもハンターレインは、これまで自前の蒸溜所を建設したことも、既存の蒸留所を買収したこともないのだ。アンドリューは率直に言う。
「私たちにはまったく経験がありません。だからこそ、ゼロからベストを尽くしていこうという意欲を大切にしたんです」
かといって、アンドリューとスコットが新参者のイメージを意識しすぎている訳ではない。ことさらに他の蒸溜所との違いを追求するのではなく、アイラ島の伝統を尊重することを望んでいる。初回リリースのシングルモルトに使用したピーテッドモルトや、クラシックな形状のボトルなどもそんな伝統尊重のあらわれだ。
ハンターレインのマーケティング部長を務めるジェニファー・テイトは、ボトルのデザインについて次のように語っている。
「アードナホーのボトルデザインについては、明確な方向性を思い描いていました。ハンターレインでは、独立系ボトラーとして手がけたシングルモルトのアイラウイスキー『スカラバス』や、さまざまな産地を巡る『ジャーニーシリーズ』などで独創的な冒険心に溢れるパッケージを使用してきました。でもアードナホーには、それとは対照的にクラシック路線を求めていたんです」
ボトラーとしては遊び心を重視してきたが、アードナホーではアイラ島の伝統を重視した。その結果として、クラシックなイメージがしっくり来たのだとテイトは語る。
「初めての蒸溜所であっても、ここアイラという場所には何世代にもわたるウイスキーづくりの経験があります。そういう意味でも、ウイスキーの歴史に真剣に向き合いたかったのです」
アードナホーは現地の伝統に敬意を表し、毎年開催されるアイラフェスティバルの祝賀行事にも開業当初から参加している。今年は初のフェスティバル限定ボトリングをリリースする予定だ。アンドリューによると、この限定ボトルはバーボン樽で熟成させたカスクストレングスのウイスキーで、約900本強くらいの数量限定商品になるようだ。
ヒューズが2018年に充填した樽から原酒のサンプルを取り出し、テイスティングさせてくれた。バーボン樽で熟成されたアードナホーのスピリッツが、どのような香味を育てているのかが理解できた。桃やバニラの香りを伴い、フローラルでハチミツのような風味も強い。そして口いっぱいに広がる穏やかなスモーク香も特徴だ。フェスティバル限定ボトルも、このような特徴を備えている可能性は高いだろう。
アードナホー蒸溜所では、今も拡張工事が進行中だ。新しい貯蔵庫が完成すれば、最大2万本の樽を収納できるようになる。アンドリューによると、シングルカスクのセレクションが容易なラック式の貯蔵庫になるらしい。これはスコットランド本土でハンターレインが所有するダンネージ式の貯蔵庫を補完するものとなる。さらに同規模の貯蔵庫3棟を建設中で、増え続ける原酒の数に合わせて数年後に完成させる予定だ。
独立系ボトラーとして出発し、自前の蒸溜所でウイスキーの生産に乗り出すのはハンターレインが初めてではない。ハンターレインの前身でもあるダグラスレインは、2019年にハイランドのストラスアーン蒸溜所を買収し、初めてのシングルモルトを最近リリースしたばかりだ。ゴードン&マクファイルは、2022年10月にスペイサイドで真新しいケアン蒸溜所をオープンした。これは同社が所有するベンロマック蒸溜所に次いで2番目の蒸溜所となる。そして2024年には独立形ボトラー用の原酒はもうつくらないと発表して業界関係者を驚かせた。このような流れについて、スコットが説明する。
「独立系ボトラーの競争は激化しています。でも幸いにして、私たちは良いコネクションに恵まれています。ハンターレインは2013年創業ですが、完全な新人としてウイスキー業界に参入したわけではありません。それまでの経験や先人の努力がなければ会社の運営も蒸溜所の建設も容易ではなかったでしょう」
スコッチウイスキー業界におけるルーツを踏まえ、ウイスキーづくりの拠点に選んだアイラという土地を意識する。それがレイン兄弟を成功へと導いているようだ。スコットが、ウイスキーづくりのプロセスを船旅に例えてこう言った。
「独立系ボトラーが軽快なスピードボートのような事業なら、蒸溜所の運営はタンカー船のように重厚で気の長い事業ですよ」
アードナホー蒸溜所の運営は、経験豊富な者たちの手で安全に進められている。未来への道のりは、きっと象徴的でユニークな航路を描いていくことになるだろう。