アードナムルッカン蒸溜所が守る3つの原則【後半/全2回】
文:ジャスティン・ヘーゼルハースト
自社のアードナムルッカン蒸溜所から、シングルモルトウイスキーを発売したばかりのアデルフィ社。アレックス・ブルース社長は、蒸溜所建設の際にもウイスキー業界の重要人物から貴重なアドバイスを得た。アレックスが恩人と呼ぶ人々はたくさんいる。
新しい蒸溜所の建設について言えば、あのジム・スワン博士から受けた影響は計り知れない。「信じられないほど素晴らしい技能と判断力で、物事を正しく機能させる」というアレックスの資質も、ジム・スワン博士から直々に学んだものだと本人は語っている。
蒸溜所を設立する過程では、スコッチウイスキー業界内の助け合い精神が垣間見られるエピソードもあった。
「キルホーマンのアントニー・ウィルズとキャシー・ウィルズの夫妻が、蒸溜所内に招いてくれました。蒸溜所建設の先輩として、会計簿を含むほとんどすべての内幕を教えてくれたんです。彼らの失敗体験から、やってはいけないこともアドバイスされました。蒸溜所がオープンするまで、ずっと素晴らしいサポートをいただきました」
この協力関係は、最近になって再び強化された。キルホーマン蒸溜所とアードナムルッカン蒸溜所から樽を1本ずつ持ち寄り、ユニークなブレンデッドモルトウイスキーをつくったのだ。ブランド名の「キルハード(KilchArd)」は、双方の蒸溜所名を組み合わせたもの。このいきさつについてアレックスは説明する。
「ウイスキーのコンセプト自体は、ちょっと曖昧なんですけどね。実はアデルフィ社でキルホーマンの樽を買ってボトリングしたかったのですが、アントニーに断られたんです。その代わりに、2つの蒸溜所のウイスキーをヴァッティングしようじゃないかという話になりました。私たちの姓であるブルースとウィルズを並べると、俳優のブルース・ウィリスを連想させます。そしてブルース・ウィリスといえば『ダイ・ハード』。それをちょっと変えて、ウイスキーの名前は『キルハード』にしたんです」
そしてアードナムルッカン蒸溜所が初めてのシングルモルト商品をリリースしたとき、ウイスキーファンたちは『ダイ・ハード』のクライマックスのような興奮に包まれた。アレックスは、ウイスキー業界の中で「誠実で、公正で、限界に挑むことを恐れず、とりわけ透明性の向上に力を入れている人物」というイメージを大切にしている。
そして最初のシングルモルトウイスキーには、まさに誠実で、公正で、隠し事のない品質が溢れ出ているのだ。だがアレックス自身は、今回発売されたのが記念すべき第1号のシングルモルトであることを殊更に強調している訳でもない。その理由をアレックスが説明してくれた。
「私たちのシングルモルトウイスキーが発売を開始しただけ。それが第1号であろうが、第3号や第5号であろうが、第10号であろうが大差はありません。ウイスキーの品質が、多かれ少なかれ似たようなものになることを私たちは望んでいます。つまり一貫性が大切なのです。第1号であることが特別だからといって、価格を100ポンドに吊り上げたりはしません」
誠実なウイスキーメーカーの大半がそうであるように、ウイスキーは人々が飲んで楽しむためにつくられるべきだ。それがアレックスの強い信念なのである。
「転売の対象には本当になりたくないんです。アードナムルッカンのボトルがオークションに出されているのを目にするたび、心をえぐられたような気持ちになりますよ」
シングルモルトウイスキー「アードナムルッカン」の初回リリースは45ポンド(約6,500円)というリーズナブルな価格設定だ。販売数量も16,000本と頑張っている。この戦略によって、第1回や第2回リリース分の転売価値を高めないようにしたいとアレックスは願っている。
スコッチの常識を打ち破るシリーズ企画
待ちに待った「アードナムルッカン」の発売開始だけでなく、アレックスは最近アデルフィ社が発売したいくつかの商品にも大きな自信を覗かせている。
「2種類発売した1965年のロッホサイドのうち、第1回リリース分のボトルは実に見事な出来栄えでした。これはウイリアム・ハンバートのオリジナル輸送用シェリー樽で熟成されたもの。糖蜜のようにダークで、ジューシーなドライフルーツ風味とランシオ香に満ちています。シングルブレンド(単一蒸溜所内でつくったモルト原酒とグレーン原酒をブレンド)なので、特有の複雑さを持っています。私好みの本当に心地よいクラシックなスタイルなんです」
さらにアレックスの嗜好を満足させているのは、最近リリースされた「ブレス・オブ・アイラ」だ。
「トロピカルフルーツ、リッチな風味の軽食、海辺の匂い、煤けたスモーク香。グラスに『旨味』が満ち溢れたウイスキーです。本当に飲みやすくて、これぞスコッチウイスキーといえる品格もあります」
また「これぞスコッチ」とはいえないかもしれないが、アレックスの手掛けた「フュージョンウイスキー」シリーズもまた誇るべき成果といっていいだろう。これは日本、インド、オーストラリア、オランダなどのウイスキーとスコッチウイスキーをブレンドした野心的な試みである。
「このシリーズを訝しげに見る向きも確かにありましたが、なんとか自分を曲げずに初志を貫徹しました。スコッチウイスキーの立場から世界を見渡し、長年にわたって他国のウイスキー業界の隆盛にも貢献してきた無名のスコットランド人たちに感謝の気持ちを捧げたい。そんなコンセプトを具現化する絶好の機会となりました。スコッチウイスキーを薄めて売る訳ではなく、スコットランドとスコットランド人を世界にプロモーションする意図を持ったシリーズなのです」
蒸溜所を保有するウイスキーメーカーでありながら、独立系ボトラーでもあるアデルフィ・ディスティラリー社のアレックス・ブルース。当面はアデルフィ社の方針を大きく変える計画もないようだ。
「まず大切なのはウイスキーの味わい。そして消費者の皆様に誠実な製品を今後もつくっていきます。残念ながら各商品の価格は自社でコントロールできない部分もありますが、本当に欲しいウイスキーを、欲しいタイミングで購入していただくという方針は今後も変えることがないでしょう」
アデルフィ社が世界中で提携する「姉妹蒸溜所」からシングルカスクを調達し、アードナムルッカンとのブレンドを軸にした「フュージョンウイスキー」の未来を切り開いていく。そんな戦略は、大きな将来性を感じさせるものだ。「アードナムルッカンが成長するに従って、ますます自前でウイスキーをつくる強みがアデルフィ社を支えてくれるでしょう」とアレックスは予想する。
そしてウイスキーブランドとしての「アードナムルッカン」は、まだその長い旅を始めたばかりだ。
「世界がこんな状況なので、第1号のリリースは思うようにできませんでした。ちょっと傲慢に聞こえるかも知れませんが、アードナムルッカンのボトルが酒屋の棚に並んでいることろを見たいのです。店頭に並び、バーのラインナップに加わり、レストランや個人宅で飲まれているのも見てみたい。空港の免税店に並ぶような未来も夢見ています。みんながこのウイスキーを楽しんで、話題にしてくれるように頑張っていきます」