デービッド・スチュワートがウイスキー業界での勤務56周年を祝った特別な宴。ウイスキーを愛する人々とテームズ川に漕ぎ出し、バルヴェニーの世代交代を予告した。

文:フィービー・カルバー

 

初めてのテイスティング体験は、生涯忘れないものだという。ウイスキーマガジンで働き始めたばかりの私自身にとっても、それは印象深い経験だった。バルヴェニーのモルトマスターであるデービッド・スチュワートが、ウイスキーの愛好家やエキスパートを集めて開催したテイスティング会。しかも後継者にケルシー・マッケニーを指名するというサプライズがあり、人生最高の瞬間を祝う特別な夜になったからだ。

その宴は、ロンドンのセントジェームズにあるスタフォードホテルで始まった。この日の催しにぴったりのロケーションである。なぜなら一同は、まずボートに乗ってテームズ川に漕ぎ出すことになっているからだ。行き先は誰にも告げられていない。

夕暮れの日差しを浴びながら「バルヴェニー カリビアンカスク」を飲んで身体を温める。1時間後、船はグリニッジ天文台に到着した。思いもよらない展開だが、バルヴェニーの新時代を祝うのには完璧なセッティングだ。25年熟成のダブルウッドコレクションを味わいながら、遠くダフタウンの蒸溜所を想いながら夜空を見上げた。

こんな場所まで連れられてきた理由を、私たちはまだ知らされていない。それでも何か公式な発表がありそうなムードはひしひしと高まっていた。

この日でウイスキー業界56周年を迎えるデービッド・スチュワートが、ついに一同に向かって告げる。それはバルヴェニーの世代交代にまつわる大きな決断だった。部下であるケルシー・マッケニーを、モルトマスターの見習いに任命したのだ。

 

ノウハウの継承はすでにスタート

 

一時代を築いた師匠と若き弟子。2人の深い信頼関係は、周囲からもはっきりと感じ取れた。翌朝、スタフォードホテルのアメリカンバーで今回のいきさつについて2人に訪ねた。ケルシー・マッケニーが語り始める。

「ここ数週間、今回の話は社内でも秘密にしていたんです。社員食堂でデービッドを見かけても、まるで他人のように無視したり(笑)。やっとリラックスできるので嬉しいです」

デービッドも経緯を説明する。

「難しい決断ではありませんでした。私とマスターブレンダーのブライアン・キンズマンは、ケルシーと密接に連携しながら働いてきました。会社のなかで完璧なトレーニングと経験も積んでいるケルシーを見て、ずっとモルトマスターの最有力候補であると考えていましたから」

ウイスキー業界で働き始めたいきさつはそれぞれに異なる。それでも2人はバルヴェニーの将来についてほとんど同じ見解を持っているのだとケルシーは語る。

「私はもともと生物医科学を学んでいましたが、もっと自分がやりたいことをしようと考えて大学院では蒸溜と醸造を学びました。モルトマスターはずっと憧れていた夢のような仕事。ブレンディングのチームと一緒に、ノージングやテイスティングをするのが大好きだからです。蒸溜所とウィリアム・グラント&サンズの仲間たちには、仕事に対する本物の誇りがあります。だから今後のことを考えると、喜びだけでなく大きな責任も感じています」

ここ8年の間、デービッドはバルヴェニーブランドだけに専念して商品レンジ全般の変革に取り組んできた。今後は第一線からも徐々に退いていくことになるだろう。デービッドが静かに語る。

「素晴らしいファミリーに囲まれながら、これまでモルトマスターを務められたのは本当に光栄なこと。これからケルシーの船出をサポートしていく過程も楽しみにしています」


ロンドンのホテルで、バルヴェニーの世代交代が予告された夜。勤続56年のデービッド・スチュワートから、若きケルシー・マッケニーにモルトマスターの役割が移譲される。

世代交代の際に、師匠から弟子に膨大な知識の継承がおこなわれるのは言うまでもない。バルヴェニーの伝統をしっかりと守るため、2人にとってはここからが真剣勝負となるだろう。ケルシーが抱負を語る。

「学ぶべきことがたくさんあります。でも自分が幸運な立場にいることは疑いようもありません。デービッドは気付いていないかもしれませんが、横で一緒に働いているだけでたくさんの専門知識を学ぶことができるのですから。これは本当に素晴らしい環境です」

今後も2人は一緒に働きながら、数年間にわたって革新的なスピリッツづくりのノウハウを共有していく。そして引き継ぎが完了したと双方が納得できた時点で、正式に新しいモルトマスターが誕生するのだとデービッドが説明する。

「徐々にケルシーの仕事を増やし、自分はいずれゆっくり休めるような体制に移行させていきます。これから数年内に発売が予定されている商品を一緒に準備するのが楽しみです。ケルシーも私も、3〜4件のプロジェクトを同時進行するのが好きなタイプ。時間のかかるプロジェクトばかりなので、しっかりとした準備も必要です」

昨夜のテイスティングでも、2人の革新的な能力を垣間見る機会はあった。今回の決断が正しかったかどうかは、将来に味わうウイスキーの品質で証明されることだろう。

ただひとつだけ確かなのは、バルヴェニーのダブルウッドが新しい時代に一歩を踏み出したということだ。モルトマスター見習いがスポットライトを浴びる日まで、たくさんのドラマが用意されているはずである。未来を担うケルシー・マッケニーが意気込みを語ってくれた。

「ここまでの経験も素晴らしいものばかり。興味の赴くままに小さな試みをたくさん積み重ねながら、舞台裏でウイスキーの可能性を模索し続けています。これからどんなウイスキーが生まれてくるのか、私も本当に楽しみにしています」