気象条件に耐え、収量を増やすために試行錯誤を繰り返す育種家たち。風味豊かなウイスキーをつくる上で、現代のメーカーにはさまざまな大麦品種の選択肢がある。

文:イアン・ウィズニウスキ

 

スピリッツの蒸溜工程も、各蒸溜所のハウススタイルに重要な役割を果たしている。たとえばニューメイクスピリッツにはさまざまな特徴のフルーツ香があり、それぞれの香味の強度もまちまちだ。

このフルーツ香には、大麦品種に直接起因する特徴もある。 代表的な要素にはバニラ香も含まれるが、オーク樽での熟成から得られるバニラ香とは異なるものだ。だからこそ、大麦由来のバニラ香は、より古典的な風味として個性が引き立つ。

サウスエアシャーのロッホリー蒸溜所で製造責任者を務めるジョン・キャンベルは、大麦品種とウイスキー香味について次のように語っている。

「私たちの大麦品種は、ウイスキーの香味に控えめなエレガンスと個性を加えてくれます。これがウイスキーに深みとボディを与え、他の風味と絡み合って本当に重要な香味要素となるのです」

家族経営のロッホリー蒸溜所は、100%自社栽培の大麦をフロアモルティングで製麦している。メイン写真はロッホリー蒸溜所の外観。スコットランドの国民的詩人ロバート・バーンズが、農業と詩の創作に励んだ由緒ある大地だ。

キャンベルいわく、大麦はモルト香と甘味をもたらす。モルト香はロッホリーの風味全体を支えてくれる要素なのだと言う。

「このモルト香には他の香味を輝かせる働きがあり、味わっている途中でふっと前に出てきます。モルト香はフィニッシュの回香としても現れます」

大麦モルトには、一般的な穀物の香りと甘さを超えた個性的な風味があると言われている。そのような個性を提供してくれる大麦の品種については、もう長い間さまざまな話題が語られてきた。

だが実際のところ、品種だけでなく蒸溜所のアプローチ次第で香味の表現はさまざまに異なってくる。クリスプモルト社のセールス&マーケティング部長を務めるコリン・ジョンストンは説明する。

「異なる品種からつくられたニューメークスピリッツ同士の違いは、アイロンでシワを消すようにして均一にすることもできます。でも今では、多くの蒸溜所が品種ごとの違いを受け入れてむしろ強調するようにもなりました。品種の違いは、その気になればウイスキーの魅力にも変えられるのです」

多くのウイスキー蒸溜所は絶えずポートフォリオを拡大しており、香味の構成について2つの異なったアプローチが用いられるようになった。通年販売のコアレンジには、香味の一貫性が求められる。だが数量限定ボトルなどの特別なウイスキーには、大麦品種の個性を追求する自由も与えられる。

イングランドのピーク地区でワイヤーワークスを共同設立したマックス・ヴォーンも、原料の違いをポジティブに表現したいタイプだ。

「大麦品種の特徴を追求しています。原料ごとの特徴を最大限に引き出すため、より濁った麦汁が得られるような糖化工程に変えました。地元産の大麦を原料にする時は、カットポイントも変えています。これも穀物の香りを最大限に引き出すためです」

ヴォーンいわく、穀物らしい香味は蒸溜工程の後半にかけて出てくる。

「通常の工程は度数67%で蒸溜を終了しますが、地元産の大麦を原料にした時だけ度数が63%に落ちるまで蒸溜を続けます。すべては出来上がったモルトウイスキーにテロワールを表現することが目標なのです」
 

品種の使い分けで香味を豊かに

 
このような事件の結果から、品種ごとの興味深い比較も明らかになるとヴォーンは言う。

「シュヴァリエはビスケットとバターの香りがします。 地元で栽培された大麦はサッシーかローレイトですが、どちらもシュヴァリエよりさらにモルトとビスケットの風味が強く、さらにチョコレートの香りも感じます」

イングランドのダービーシャーで、妻のクレアとホワイトピーク蒸溜所を設立したマックス・ヴォーン。蒸溜の方法も変えながら、大麦品種ごとに最善のテロワールを表現している。

大麦品種ごとの特性に注目が高まるにつれて、過去の代表的な品種たちにも再び脚光が当たるようになってきた。いわばコンサートのアンコールのような盛り上がりだ。

「ゴールデンプロミスやベアのような歴史ある品種は、風味の違いがはっきりと表現できる象徴的な存在です。これを説明し始めると、面白くてちょっと長い話になるのですが」

ジョンストンいわく、たとえばゴールデンプロミスはオイリーな感触をもたらし、それが飲み口にしっかりとした骨格を与えてくれる。その一方で、シュヴァリエは口当たりを良くしてくれるのがわかったのだという。

「様々な国の様々な蒸溜器で作られたシュヴァリエのニューメイクスピリッツを試飲してきましたが、口中をコーティングするような効果は間違いなくシュヴァリエという品種から来る固有の特徴です」

モルトウイスキーにとって、大麦は多様な香味を生み出せるマルチタスクな要素であることは間違いない。そして蒸溜所に運び込まれるまでの間に、農家や製麦業者の要求をすべて満たすほどの進化を遂げている。

だがその一方で、新品種に求められる特性の基準もまた進化しているようだ。たとえば気候変動が常態化する世界では、大雨だけでなく干ばつにも対応できる新品種が評価される。そしてもうひとつの重要なコンセプトが「サステナビリティ」というキーワードだ。

農業園芸開発局のシニア作物生産システム科学者(穀物・油糧種子推奨リスト担当)を務めるポール・ゴスリングは説明する。

「サステナビリティはますます重要な課題となっており、私たちにも頻繁に問い合わせが寄せられます。でもこのサステナビリティという概念は、オーガニックのように明確な定義がある訳でもありません」

サステナビリティにはさまざまな原則があり、これらの原則の評価基準を検討する必要があるとゴスリングは言う。

大麦品種の開発競争は激化の一途をたどり、成功への道はより厳しくなっている。特定の大麦品種を「究極の理想」と断定することはできず、大麦を使う人や達成したい目標によって評価基準が異なるからだ。気候変動が進む現在において、育種の状況はかつてないほどに複雑化している。