ブリュードッグとモルトウイスキー【前半/全2回】
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文:ピーター・ランスコム
写真:コナー・ゴールト
ブリュードッグ・ディスティリング・カンパニーの社長を務めるスティーブン・カースリーは、しばらく前から難題に直面している。それはみずからが運営するブランド名の悩みだ。
ビール界では有名なブリュードッグだが、ウイスキー蒸溜所の名前として相応しいものなのか。蒸溜所名だけでなく、ウイスキーブランドにも新しい名前が必要ではないのか。ビール醸造を意味する「ブリュー」が、ウイスキーに似つかわしくないという意見は当然ある。
![BrewDog_Distillery_May_20245559_©conorgaultphotography_WebRes 1](http://whiskymag.jp/wp-content/uploads/2025/02/BrewDog_Distillery_May_20245559_©conorgaultphotography_WebRes-11.jpg)
ブリュードッグ・ディスティリング・カンパニーの親会社は、いうまでもなくブリュードッグだ。世界最大級のビール会社に成長し、従業員2,600人を雇用している。年間3億5,300万ポンド(約670億円)を売り上げ、直営のバーは100店以上にものぼる。
ブリュードッグは、これまでも「パンク活動」と呼ばれる大胆なマーケティングでさまざまな話題をさらってきた。ロンドン市内を戦車で走行したり、イングランド銀行の上空からヘリコプターで「太った猫」の剥製を降らせたり、剥製にしたリスやイタチの中で瓶詰めされた度数の高いビールを販売したり。ビール業界の革命児として、その型破りな実績には事欠かない。
アバディーンから北に車を30分ほど走らせる。エロンの町には巨大なブリュードッグの醸造所があり、本社に隣接した蒸溜所をスティーブン・カースリーが案内してくれている。
ブリュードッグがビール界の異端児として成り上がったように、ここでつくられるウイスキーも既存の愛飲家たちに新鮮さをアピールできるのだろうか。そんな質問を投げかけると、カースリーはしばし考え込む。
「おそらく、同じようにはいかないでしょうね。ウイスキーブランドの名称についてもまだ考え中です。蒸溜所の名称にも、我々の革新的な性質を反映させたいと思っていますから」
蒸溜室に入ると、壁一面にカラフルな巨大な壁画が描かれている。リスやシカなどの動物が、樹間で戯れている絵画だ。だが本当に目を引くのは、もちろん壁画の前に並ぶさまざまな蒸溜器のコレクションである。
ウイスキーづくりが盛んなスコットランドでも、このように多彩な蒸溜器を備えた蒸溜所は他にないだろう。カースリーは、この設備を使ってウイスキー、ラム、テキーラ、ジン、ウォッカなどあらゆる種類の蒸溜酒を製造できる。
同じような事業を展開している小規模なクラフト蒸溜所もあるが、ブリュードッグはスケールが段違いだ。蒸溜室の隣にはタワー状の建物があり、高さ20メートルの精溜機が収められている。
クラフトビールを象徴する親会社のもとで
ビールメーカーとしてのブリュードッグは、学生時代の友人同士であるマーティン・ディッキーとジェームズ・ワットが2007年に創業した。
エロンからさらに北へ40分ほど車を走らせると、漁港の町フレーザーバーグがある。そのフレーザーバーグの工業団地で、スコットランド産のクラフトビール醸造所としてスタートしたのがブリュードッグの起源だ。
マーティン・ディッキーは、事業を立ち上げる前にエディンバラのヘリオットワット大学で学んだ。世界的に有名な醸造蒸溜コースを卒業し、醸造所や蒸溜所で働いた経験もある。一方のワットは、司法修習生として働いていた法律事務所を辞めて漁船の船長になった変わり種だ。
余暇に自家製ビールを造り始めた2人は、やがて出来上がったビールをロンドンに持ち込むようになる。そこで著名なビールライターのマイケル・ジャクソンに認められ、本業を辞めてビール造りに専念するよう助言されたのだ。
私はザ・スコッツマン紙の記者として、ビジネス欄でブリュードッグを担当してきた。初めてブリュードッグを扱った記事では、銀行との融資取引から輸出市場における初期の成長譚などを紹介した。小規模なスタートアップ企業として、何度も語られている話題だ。大胆なマーケティングについては、報道欄に紙面を割いて報道していた。
ブリュードックは、黎明期から画期的だった。ユニークな「パンク株」の仕組みで株式を販売し、クラウドファンディングのモデルを世界に先駆けて確立した。ビール醸造所は2012年に現在のエロンに移転し、同じ敷地内で3回もの拡張工事によって生産量を増大している。今や敷地内には素晴らしいタップルームも併設され、世界中から熱心なブリュードックファンが集まっている。
そんなブリュードッグが、プライベート・エクイティ企業のTSGコンシューマー・パートナーズに株式の22%を2億1300万ポンド約410億円)で売却したのは2017年のことだ。これはブリュードッグのさらなる急成長を確約した。
プライベート・エクイティが関与したということは、株式市場に上場する道筋ができるということ。つまり究極のクラウドファンディングというべき新規株式公開(IPO)の噂が持ち上がったのだ。
卓越した品質のクラフトビールで有名になったブリュードッグだが、創業当初からウイスキーへの情熱も失うことはなかった。カースリーはそう証言する。
「マーティン・ディッキーが築いたビールブランドは、近年の英国でも指折りの成功を収めました。でもその情熱は、常にウイスキーにも向けられていたんです。そもそもマーティンは、ビールの醸造よりもウイスキーの蒸溜を志してヘリオットワット大学に進学した人。たまたまビール造りも上手くできたということに過ぎなかったのです」
(つづく)