シングルカスクのブローカーが活躍中【後半/全2回】
文:クリスティアン・シェリー
ザ・シングルカスクが、英国の企業として法人化されたのは2016年の夏のこと。それ以降も組織はかなり有機的に成長してきた。パートナーの面々は創業者のベン・カーティスに雇用されているわけでなく、みな個人としての協働関係を選択している。グローバル・セールス・マネージャーのトーステン・ツィマーマンも、そうやってザ・シングルカスクに関わってきた。
「もともとウイスキーが好きで、自分でコレクションを始めていたんです」
そう語るツィマーマンだが、コレクションが増えるにつれて失望も大きくなった。大金を投じているのに、思うような成果が実感できない。そこで、自分でウイスキーをボトリングすることにしたのだという。
「ウイスキー業界は、かなり閉鎖的な世界です。初心者からスタートする場合は、すべてが暗中模索。最初の樽を買うときも、どれくらいの価格が相場なのかよく分かりませんでした。値段が高すぎるのか、安すぎるのかさえ見当もつかない。だから、いろいろな人に声をかけ、聞いて回りました。その中の一人がベンだったんです」
同業者の誰もがビジネスライクに感じたウイスキー業界で、カーティスだけは肩肘張らずに話を聞いてくれたのだという。そしてカーティスは、ツィマーマンに樽ごと原酒を売った。ツィマーマンは当時を振り返る。
「今でも感謝していますよ。私たちはバーミンガムで開催されたウイスキーショーで出会い、初対面なのに意気投合しました。それ以来、ずっと一緒にいるんです」
ツィマーマンの仕事は、自身が設立に関わったトーステン・ポール・ウィスキーが発売する「スコッチ&タトゥー」シリーズの企画である。ウイスキーが樽の中で熟成していくメカニズムを紹介し、独自のボトリングをリリースするのがシリーズの理念。ラベルのデザインには、オレゴン州を拠点とするレイン&フォレスト・タトゥーズのネイサン・チ・フンミンが描いたタトゥースタイルのイラストがあしらわれている。
ツィマーマンとカーティスのパートナーシップは、ザ・シングルカスクの最新コレクション「ファミリーシリーズ」にも活かされている。パートナーが共に歩んできた道のりを称え、幅広いセレクションのボトリングからなるシリーズだ。スコッチ&タトゥーの他にも、ザ・シングルカスクのバーや日本に本拠地を置くチームなども参画して、ザ・シングルカスクのネットワーク全体から特別なウイスキーがリリースされる。中身は伝統あるスコットランドの蒸溜所(ブレアアソール、リンクウッド、ブナハーブン、ストラスアイラなど)のウイスキーで、ラベルアートはシングルカスクを愛好する独立系ボトラーズ業界の仲間意識を表現しているのだとカーティスは説明する。
「どうすれば、僕らの家族的なつながりをひとつに表現できるのだろう。そう考えたのがファミリーシリーズの始まりです。ウイスキーの調達、ストーリーテリング、それらをひっくるめて、みんながひとつになるという理想を追っているんです」
ツィマーマンも同意見だ。
「ザ・シングルカスクの中の人たちにまつわる物語を伝えようと考えたんです。それはきっと、私たちのウイスキーを飲む人にとっても重要なことですから」
新しいボトラーを育てるのが事業の目的
ザ・シングルカスクに関わる人々は、みなウイスキーおたくを自認している。自分たちと同じような観客のために良質なウイスキーを手に入れて、リーズナブルな価格でボトリングするチームだ。その中には、ツィマーマンのように自分のブランドを立ち上げたいと考えている人々もいる。
「自分のウイスキーブランドを立ち上げたい。そんな動機を持つ人たちを助けるのがザ・シングルカスクの仕事だと思っています。まずは一緒に大好きなウイスキーをボトリングして、それを分かちあって味わう。そこからウイスキーへの愛をさらに探求する手助けをするのです」
今後も「ファミリーシリーズ」ではさまざまなリリースが予定されている。大きな理念の導きによって、きっとファミリーは成長していくことだろう。
シングルカスク用の樽を調達するという話題は、そのような原酒への投資という側面も顕在化させる。ザ・シングルカスクのウェブサイトでも、実際に「カスク・インベストメント」という言葉で表現されている。だがカーティスは、投資がビジネスの目的ではないと断言し、投資という言葉が生み出す誤解を避けようとしているようだ。
「投資目的でシングルカスクを売っている人だと見下げてもらっては困ります。そもそも僕はウイスキー業界での仕事を始めた当初から、良質な原酒を売ってもらえなかったり、法外な値段で売りつけられたりといった苦労を重ねてきました。だからこそ、独立系ボトラーたちに原酒を供給するときは相手をしっかり選んでいます。買ってもらうのは、その原酒をしっかりシングルカスク商品として販売する人に限られます。お金を稼ぐために原酒を買いたいという人はお断り。そういうビジネスには興味がありませんから」
このようなビジネス哲学には、バーの運営を統括するブレンダン・アシャー・ピライも同意見のようだ。
「樽入りの原酒を購入する人には、最終的な所有者はあなたなのだと明確に伝えています。ウイスキーの種類も、販売するタイミングも、ブランドのアイデアも、すべて購入者が形作るということです。そんな事実を認識すれば、ウイスキーがロマンチックな仕事であると実感してもらえますから」
ピライが期待しているのは、カスクを購入する人々がボトリングまでの計画を持ってくれることだ。
「人生の大切な節目にあわせて、自分のブランドでウイスキーをボトリングする。そんな計画によって、購入者と蒸溜所の間に築かれた愛情関係がより深まっていくはずです」
投機的なビジネスを慎重に回避
カーティスによると、ザ・シングルカスクのビジネスは大部分が独立系ボトラーに樽入り原酒を販売すること。あるいは売り主である蒸溜所に利益を還元することであるともいえる。だがもっぱら事業にまつわる喜びの声は、ウイスキーを購入した個人から届いているのだという。
カーティスは、かなりの金額をかけてファイフ州のグレンロセス村に自社倉庫を建設している。広さ約1,300坪の敷地には約4,000本のカスクが貯蔵され、ボトリングや流通に使用する独自の設備も間もなくフル稼働する予定だ。
世界的なウイスキーブームで、シングルカスク商品となりそうなさまざまな原酒に関係者の注目が集まっている。カーティスは、ザ・シングルカスクという事業が投資バブルから恩恵を受ける可能性をどう見ているのだろうか。そんな問いを投げかけると、カーティスはため息まじりに答えた。
「現在は投資ブームですが、誰も出口戦略を持っていません。だから正直に言うと、これから3〜5年くらいで大混乱が起こると思っています。これまで10社ほどと取引をして、それぞれ独立系ボトラーズとしてのブランドを開設するところまでお手伝いしました。その中の誰かが投機を煽るような広告を出したら、その会社には原酒を販売しないことに決めていました」
ウイスキー業界への貢献という観点から、投資家なりの役割があることもカーティスは承知している。だがカーティスには、ビジネスに関わるすべての人が恩恵を受けなければならないという確信がある。以前にカーティス自身が火傷を負ったこともあり、そんなことは自分の世代で終わらせたいと強く思っているからだ。
「自分の夢を実現するためだけでなく、人々の夢を実現するための手助けをすることが重要なのです。ザ・シングルカスクは、まさにそのための手段。だからとても楽しいんです。ウイスキー業界で同好の士たちと出会って、自分たちがやっていることを本当に楽しんでいる人たちの輪ができる。そんな輪を広めるのが大好きですから」
ウイスキーを楽しみ、分かち合うこと。ちょうどグラスゴーのパブ「ザ・ポットスチル」で出会った兄弟のように、アイデアを出し合うのだ。ピライは、シンガポールのバーでファミリーシリーズを中心とした記念テイスティングの開催を計画している。自宅で楽しむように、おしゃべりを楽しみながら、「とてもゆったりとした時間」にしたいのだという。
もしかしたら、その日にも運命の出会いがあるかもしれない。新しいザ・シングルカスクのパートナーが、翌日からボトリングを始める可能性もある。ザ・シングルカスクは、そんな未知の仲間たちを今でも求めているのだ。