世界最高のポットスチル【後半/全2回】
日本を含む世界中のメーカーに蒸溜設備を納入しているフォーサイス社。現在のところ、新規の設備は注文してから約3年待ちだ。リチャード・フォーサイス会長との対話から、新しい世界のウイスキー地図が浮かび上がってくる。
文:ガヴィン・スミス
フォーサイス社にとって近年の上客といえば、アイルランドのウイスキー業界も挙げられる。ダンドークにあるグレートノーザン蒸溜所、カーロウにあるウォルシュ蒸溜所、 アイルランド南西部の港町にあるウォーターフォード蒸溜所などの新しい蒸溜所に、次々とスチルを納入してきたからだ。だがアイルランドで最大のプロジェクトはアイリッシュ・ディスティラーズからの依頼によるものだった。リチャード・フォーサイスが詳細を説明する。
「つい最近、コーク州のミドルトン蒸溜所内にあるガーデンスチルハウスのために、新しいスチルを3基製造したばかり。現在も追加の3基を製造中です。このスチルというのが、世界でいちばん大きなスチルなんですよ。バッキーハーバーにある大きなスペースで造って、コークまで船で送る予定です」
もちろん近年の取引は他にもたくさんある。メキシコにはテキーラ用のスチルを81基も納入した。カリブ海のラム蒸溜所との取引も大きな利益を上げているという。
「南アフリカのウェリントンにあるジェームズ・セジウィック蒸溜所の建て直しを手伝いました。ロシアとブラジルでも仕事をしました。スウェーデンで5軒、フィンランドで2軒の蒸溜所建設に関わっています。モルトウイスキー用のスチルの納入先には、中国、台湾、タイもあります。極東地域のウイスキービジネスは急成長を続けていて、スコットランドと肩を並べるくらいになるのではないかと見ていますよ」
そしてリチャード・フォーサイスは、注目度の高いアメリカのウイスキー業界についても言及する。
「アメリカではそんなにたくさんの仕事を請け負っているわけではありませんが、テキサスにあるバルコネス蒸溜所のスチルを造りました。アメリカ国内では毎年2〜3軒のブティックディスティラリーに設備を納入しています。20年前には、ウッドフォードリザーブが再興されたときに3基のポットスチルを造りました」
最高の技能を維持する秘訣
1974年以来、フォーサイス社は現在の場所で操業している。新しいスチルや関連設備の製造はもちろんだが、実際の仕事の多くは、現在稼働中の蒸溜所のメンテナンスと部品の交換を含む。
約50人いるスタッフは、まずウイスキー関連のビジネスを目的として雇用された人たちだ。リチャード・フォーサイスによると、スチル職人には4年間の見習い期間があり、現在の労働力の10〜15%が見習工であるという。
フォーサイスのスタッフが相手にするのは、巨大なシート状の銅である。これは採掘された銅の鉱石を溶解させて精錬したものだ。銅の生産で世界一の地域といえば南北アメリカ大陸である。銅は紀元前約8000年に人間によって加工されはじめ、紀元前約8000年頃に鉱石から精錬される技術ができた。熱伝導性が極めて高いため、ウイスキー蒸溜のような加熱用の容器に使用することで生産効率が上がる。
ハンマーで銅を打ちつけながら形を整える作業は、何といっても若者の力が頼りだ。特に大型スチルの部品を加工するのは、今でも体力勝負のところがある。
「すべてのポットスチルは、今でも手で打っていますよ。仕上げには機械じかけのハンマーも使いますけど。艶出し用と呼んでいる仕上げ用のハンマーが、会社に6つあります。銅は極めて柔らかい金属で、熱を加えると、冷めるまで柔らかい状態を保ちます。ハンマーで打つことによって銅は硬度を増し、表面に皮膜を纏っているような状態になるんです。溶接はすべて伝統的な技法でおこなっています。シート状の銅板を断裁するのに、以前はハンドカッターを使っていましたが、今はウォータージェットカッターで切れるようになりました」たまの休日に、リチャード・フォーサイスは大好きなゴルフを楽しんでいる。さらに近年はホテル経営者という新しい横顔も持つようになった。ロセスの目抜き通りにあるステーションホテルが休業したのを機に、買収してすっかり改装を済ませたのだ。
「このホテルは、フィッシングを楽しむ人々たちに有名なホテルだったんです。私が小さい頃は、ホテルの前の路上にロールスロイスがずらりと並んだものですよ。まあ理性よりも感情が上回って購入を決めたんですが、ゴルフを1ラウンドやってから食事をするには最高の場所ですね」
もちろん呼び物はフィッシングやゴルフばかりではない。ステーションホテルには見事なウイスキーのセレクションが常備されており、ウイスキーファンがスペイサイドで滞在したり、食事をとったりするのに最適な場所のひとつとなっている。
食事の際に楽しむドリンクについて尋ねると、リチャード・フォーサイスははっきりと答えた。
「もう年を取ったので、モルトウイスキーはたくさん飲めなくなりました。最近はソーヴィニヨンブランのワインがお気に入りですね。それでもウイスキーについていえば、アベラワー10年は大好物のひとつ。だいたいにおいて、ザ・マッカランやグレンファークラスのようにややヘビーなスペイサイドモルトが好みです」
将来の夢について尋ねると、自分たちがスチルを納入した世界中の蒸溜所を巡る「グランドツアー」をいつか敢行してみたいと語るリチャード・フォーサイス。同社のグローバルな展開を考えるに、実現するとしても相当に時間のかかる旅となるだろう。
すぐに旅立てたらいいのだが、2018年半ばまではザ・マッカランの仕事が入っている。他にもたくさんの蒸溜酒メーカーが、フォーサイス社のスチルを予約待ちで依頼してくる。ここスペイサイドの小村で、リチャード・フォーサイスに本当の休息が訪れるのはまだまだ先のことになりそうだ。