豊穣なメキシコの大地で、シングルモルトウイスキーをつくり始めたテキーラメーカー。話題のコラレホ蒸溜所を訪ねる2回シリーズ。

文:ヤーコポ・マッツェオ

 
アシエンダ・コラレホといえば、メキシコを代表する独立系テキーラメーカーのひとつだ。その生産拠点は、グアナフアト州の州都レオンから車で1時間半ほどの場所にある。

都会を抜け出すと、道はメキシコ中央部の田園地帯へと深く分け入っていく。道の両脇にはアガベの畑が整然と並び、そのギザギザの列が地平線にまで伸びている。緑がかったブルーが大地をすっかりと覆い、空の青と彼方で溶け合っている。

ここは紛れもなくテキーラの故郷である。しかし多くのメキシコ人にとっては、国の歴史を想起させる場所でもある。ここはメキシコ独立の父として知られるミゲル・イダルゴ(本名はミゲル・イダルゴ・イ・ビジャセニョール・マンダルテ・イ・コスタジャガ)の生まれ故郷だ。メキシコ建国運動が始まった場所として、メキシコ人たちの精神に深く結びついた場所なのである。

テキーラ製造で知られたコラレホは、この建国の父とも密接なつながりがある。なぜならイダルゴの生家は、大地に広がるコラレホの大農園を所有していたからだ。そのためコラレホ周辺には小学生たちが社会科の授業で訪れ、国内外からやってくるスピリッツ愛好家たちと出くわす。小学生とお酒好きの組み合わせは、なかなか珍しくて面白い。

テキーラ業界を代表するメーカーとあって、ウイスキー蒸溜所とは異なる風景が出迎える。だが高品質のスピリッツ蒸溜にかける情熱と技量は本物だ。メイン写真は、いかにもメキシコらしいグアナフアト州の風景。

課外授業の先生と生徒たちは、主にイダルゴの旧邸宅と遺産を称えるコラレホの小さな博物館を目指してやってくる。一方のスピリッツ愛好家は、テキーラ生産の歴史を説明した展示がお目当てだ。この蒸溜所にはリュウゼツランの処理に適した伝統的な窯があり、コニャック用として開発された魅力的なシャラント式蒸溜器も備えている。

つまりコラレホ蒸溜所は、それ自体がスピリッツ愛好家たちの目的地であり、スピリッツ蒸溜に関する知識の宝庫なのだ。ここではテキーラだけでなく、ラムの「エル・ロン・プロイビード」も製造している。そのためアシエンダ・コラレホは、大勢のラム愛好家たちも引き寄せるようになった。

そして最近では、ウィスキー愛好家にとっても興味深いメキシコの目的地となりつつある。

蒸溜所のマーケティング活動を統括するノエミ・ムリージョが、近年の多彩なスピリッツづくりについて説明してくれた。

「数年前にラムとテキーラの輸出量が増え、それにあわせて国内販売も上向きになりました。コロナ禍になって減収を心配しましたが、売り上げは減速するどころか増加したんです。ポートフォリオに、新しい製品を加える時期が来たと考えました。それがウイスキーづくりにも参入した理由です」

そして2022年に発売されたウイスキーは「レイセカ(Ley Seca)」と名付けられた。英語にすると「Dry Law」。つまり禁酒法を示す言葉だ。アメリカ国内の厳しい規制を回避するため、アメリカンウイスキーのメーカーがこぞってメキシコに生産拠点を移転させた禁酒法時代へのオマージュである。

しかし実をいうと、コラレホがこのブランド名を選択した理由は他にもある。それは、このウイスキーがコロナ禍に開発された経緯とも関係しているのだとムリージョが説明する。

「メキシコ全土の地方自治体が、コロナ禍の間にさまざまなレイセカ(禁酒法)を制定しました。お酒さえなければウイルスの蔓延を抑制できると考えて、アルコールの販売と消費を制限したんです。これはまさに現代版の禁酒法を思わせる規制だったので、今こそレイセカの名前がふさわしいと考えました」
 

テキーラの知見を活かしたモルトウイスキー製造

 
テキーラ王国で、新しいウイスキーをつくる。その手法や工程には、さまざまな可能性があった。ヘッドディスティラーのレイナルド・バルガスは、自由な発想でそのアプローチについて思考した。

そしてたどり着いたのが、シングルモルトウイスキーだ。スコッチの伝統をしっかりと踏まえながらも、現代のクラフトスピリッツからインスピレーションを得たスタイル。もちろんアガベを原料とする蒸溜酒製造が専門なので、テキーラの工程や設備からも影響を受ける。さらには隣国のアメリカンバーボンに対するさりげないオマージュも込められているのだとバルガスが説明する。

ヘッドディスティラーのレイナルド・バルガスは、テキーラづくりの技術をベースにラムやウイスキーへと地平を広げた野心家でもある。コーン原料のバーボンスタイルではなく、スコッチスタイルのモルトウイスキーを模範とした。

「ここはメキシコなので、原料にコーンを使うという選択肢もありました。でも当時の私が読み漁っていたさまざまな情報から、最高品質のウイスキーをつくりたいならシングルモルトが近道だと考えるに至ったんです。コーン原料のウイスキーにはシングルモルトに匹敵するような高級イメージがありません。だから原料は大麦モルト100%でいこうと決めました」

原材料の大麦は、すべてメキシコ国内で調達している。大部分は蒸溜所が所有する畑で収穫されたものだとバルガスは言う。

「6年ほど前から、高品質の大麦を供給してくれるサプライヤーを探し始めました。しかし、同時に自分たちで栽培するという選択肢も模索し始めたのです」

バルガスは原料を大麦のみに絞り、シングルモルトのアプローチを貫いている。だがそこに複数の種類のモルトを組み込むことで、独自のひねりも加えた。小型の焙煎機を2台用意して、従来のペールモルトだけでなく焙煎の深さを変えているのだ。

キャラメルモルトとチョコレートモルトという2種類の原料を加えることで、麦汁には独特な風味が加わる。この方針について、バルガスは説明する。

「ペールモルトだけを使用するとアルコール度数を上げやすくなりますが、風味の複雑性という点ではあまり多くを望めません。でも3種類のモルトを使用することで、幅広いアロマが生まれるんです」

完璧なブレンドを決定するために、蒸溜所ではかなり型破りなアプローチを採用している。製造から管理まで、コラレホのスタッフ全員が参加する試飲会を実施したのだ。

「みんなの好みを反映させるために、人気投票を実施しました。その結果、最上位に選ばれたのが現在採用しているレシピなんです」
(つづく)